結婚指輪を無理やり取って捨てられた日から
私はどこかで、もう覚悟を決めていたのかもしれない。

泣きながら謝罪する彼を目の前に
もう次は無いと、
どこか上の空で項垂れる彼をただ眺めていた。


しかし不運にも、“次“が訪れてしまった。

私が原因で訪れてしまったのだとすると
不運ではないのだろうが。

そこを突いて責め出すと
私は居ても立っても居られなくなるので
ここでは割愛したい。

決して、反省していないわけではない。

築40年の畳のある部屋で
彼との生活を反芻した日々。

まさか、こんな展開を迎えるとは
夢にも思わず、あまりも悲劇的で
笑ってしまうぐらいである。

こんなことを彼の目の前で言えば
『被害者ヅラすんなよ』と
お得意の台詞が飛んでくるに違いない。

しかし、今は少し笑えるぐらいに
こうして文章にまで書き起こせるまでに
なってきた自分をまずは褒めたいまでである。

こういう部分が露呈して
こうなったのであろう。

決して反省していないわけではない。

ただ、彼に救われた日があったのも事実で
彼に幸せにしてもらえた日があったのも事実で
彼に傷付けられた日があったのも事実で

こうやって、夫婦というものはもしかしたら
時間をかけて形成されていくものなのかも
しれないが、無念にも私はリタイアしてしまった。

側から見れば敗北者であろうが、
悲しい妄言であると信じ事の発端は割愛する。

地面に這いつくばったら
この世には結婚指輪が一体いくつ
落ちているのか、
彼に責められている中、私は考えていた。


決して反省していないわけではない。


反省していないわけではない。