俺が俺であるために必要な要素は一体何だろうか。
他人の中に浸み込んでいく自分も自分として必要な要素なんだろう。
誰かが俺のことを憎んでくれたらどんなに楽なんだろうと感じたのは初めての経験で、だけどその反面そうなることを恐れている自分がいることも事実。皮肉なパラドックス。
自分を唯一見せる事の出来た人に嫌われることは、今の自分にとってはとても楽な状況であって、同時に自分自身の存在を全否定されるようでもある。
やはり自分の選択は間違っていたのだろうか。過去を振り返ることを嫌い、過去に執着している人を蔑み、自分だけはそうなりたくないと強く思っていた自分はどこへ行ったのだろうか。こんなにも一人の人に想いを寄せている自分は、一体、どこから来たのだろうか。
これから自分はどこへ向かっていけばいいのだろう。
あなたに最後に会ったのはどれくらい前のことだろう。
いつも笑っていたあなたのことを好きになるのには、そんなに時間はかからなかった。いつも一緒だった。毎日がかがやいていた。距離を隔ててからもそれは変わらないものだと信じていた。
お互いがそれぞれの時間を生き、別々の世界を歩いた。自然と会話がかみ合わなくなっていった。当然会話が減った。お互いが勝手に相手の心理を推測して、二人とも同じ恐怖を胸の中に抱いていた。
一度は愛し合った二人に訪れた結末はありきたりなものだった。遠距離。
たった300キロ程度。別れ際に女は言った。もしこの距離がなかったら、今でも一緒にいられたかな。男は答えた。もしもなんて今となっては何の意味もないことだよ。強がっていることは明らかだった。
二人は別れた。男は眠れない夜を何度も過ごした。何度も携帯電話を確認して、女からの連絡が来ていないかという身勝手な期待と、いっそのこと自分から連絡してしまおうかという誘惑に駆られた。来ているはずもないし、出来るはずもない。
男はちっぽけな人間だった。自分の都合のいい解釈ばかりをし、女がどれ程の決意をもって臨んだことだったのか考えもつかなかった。
男は強欲な人間だった。別れた女をまた自分が独占できると思っていた。
男は無茶をした。300キロを移動した。止まった時間をもう一度動かすために。
男は知らなかった。男が止まったと思っていた時間が動いていることを。しかし、その時間が刻んでいたのは男と女のものではなくなっていた。
男はその時初めて自分の愚かさに気づいた。もう昔には戻ることはできない。
女と会わなくなってから、男はどれ程の時間を生きたのだろうか。