仏教は、インドでの誕生以降、2500年という時の経過や遠方地域への伝道等による影響を受けたことで、絶え間ない変化を続け、結果として「八万四千の法門」などと言われるほど多様な教えとなっています。

 そのため、これから仏教を学ぼうとする人々にとっては、「何を実践したらよいのかがわからず困る…」ということになります。特に日本仏教では、禅がいいのか、念仏がいいのか、題目がいいのか…、はたまた、親鸞聖人や日蓮聖人など偉大な祖師の教えを聞くだけでいいのか…?私自身、そういう質問を受けることが多いです。

 そこで、今回は、仏教をこれから始める人が何を意識したらよいかについて、私見を述べたいと思います。

 

 そもそも、仏教の教義を遡って見てみると、開祖である釈迦が修行の基本として提示していた教えがあります。その代表的なものは、三学(さんがく)です。三学とは、戒(かい)・定(じょう)・慧(え)の三種類のことを言うのですが、私としては、この三学こそが仏教者にとって最も押さえておくべき大切な教えであると考えています。

 三学が仏教における修行の基本であるという根拠は、原始経典長阿含経における「私がブッダとなってすでに50年がたった。戒・定・慧の行を実践し、ひとり、深く考えてきた」といった釈迦の発言が挙げられます。原始経典の中でも特に古層と呼ばれるスッタニパータやダンマパダなどでも、戒・定・慧それぞれに対する釈迦の発言が非常に多く見られ、仏教が多様になった現在でも、この三学を否定する仏教徒はいないでしょう(「否定はしないけど重視しません」という方々はいるのですが…)。

 

 三学の具体的な説明について、まず、第一の「戒」ですが、これは戒律を守ることです。基本は五戒といって、「生き物を殺さない」「浮気をしない」「盗まない」「嘘をつかない」「酒を飲まない」です。これらの戒律を守ることで、悪いことが起きにくくなります(つまり、戒律とは仏道修行の環境を整えるためのものなのです)。次に、第二の「定」では、戒律の遵守によって整った環境で正しい坐禅・瞑想を行います。そうすると意識の変容が起きます。そして、最後に「慧」ですが、「定」によって意識の変容が起きたところで世界を観察します。こうすることで、縁起や空といった仏教の正しい考え方「智慧」を得ることができます。

 

 仏道修行の基本となる三学ですが、悟りを得るための方法論として、ロジックが極めて明快です。しかし、日本仏教では、戒律が重視されていないためか、この三学をあまり取り上げないようなイメージがあります。テレビや雑誌などで禅を見て興味を持ったのであれば、曹洞宗や臨済宗の各寺院で開催されている座禅会に参加すればよいですし、般若心経の内容を聞いて「空思想」を深く知りたいとなれば、関連の解説書籍やインターネット動画を見ればよいでしょう。しかし、仏教全体を理解したい、何から始めたらいいか分からないという場合には、まず三学を中心に仏教を理解してもらうのが最善であると考えます。何事もまずは基本・必修科目を学ぶことが重要です。