【報告】被災地を訪れて~1日目宮城県石巻市~
こんにちは西本です。GWも最後となってしまいましたね
突然ですが4月3日から5日までの3日間、宮城県の被災地に行ってきました。
高校3年生なのでこの春休みを逃すともういけないかも。ということで1人旅を決行。
今回僕はただ、被災地を歩いて、見てきただけです
なにかお手伝いをしてきたわけではありません。
1か月も経ってしまいましたが見てきたこと、感じたことを
少しでもお伝えできればということで記事を書こうと思います。
長いです。
4/3
飛行機ちゃんと飛ぶのかな。
爆弾低気圧が近づいているということで2日出発予定のフェリーは欠航。
急遽飛行機で行くことになったがそちらも飛ぶのかわからない状況。
母からメール。
宮城県風速20mという不安をあおるようなメール…
なんとか飛ぶということで飛行機へ乗り込み仙台へ
人生初の仙台に到着。
仙台空港アクセス鉄道に乗って仙台駅へ
空港のそばに瓦礫が残っていた。
初めて見る津波の被害に被災地に来たという実感がわいた。
名取イオンに「がんばろうなとり」の横断幕
長町駅そばには仮設住宅。
仙台駅で父のメールにしたがいマスクを購入。
やっぱり親は心配らしい。
バスで石巻へ。
石巻工業を発見して興奮。甲子園!
12:06石巻営業所到着。
iPhoneを頼りに海へ向かって歩く。
商店街はシャッターが下りている店が多い。
1階部分が壊れた家、店も多く板などで入れないようになっている。
商店街をぬけると上り坂。
坂を下ると突然海沿いの町が目に飛び込んできた。
ヤバイ。そう思った。
なにも考えられず、無意識に「ふざけんなよ」という言葉と涙が勝手に出てきた。
坂を下る。
たった1mほどの段差があった。
1m上は無事。1m下は津波で全部もってかれている。
石巻市南浜町。
写真やTVで何度も見たはずの光景が目の前に広がっていたが
写真やTVとは全く違う、生の光景にただただ驚いた。
大きな瓦礫は大分撤去されて、海岸沿いに積まれている。
瓦礫が何mもの高さに積まれているため海が見えない。



とにかく歩く。
ぬいぐるみ、服、炊飯器、TV、マンガ、車のバンパー、骨組みだけの家、おもちゃ、グローブ、
ここに町があったなんて信じられないが生活用品の山が周りに広がっている。
確かにここには町があったんだな、と。

もう帰りたい。と何度も思った。
海沿いの瓦礫の山に近づく。何が何か分からない。

門脇小学校へ
まるでホラー映画を見ているような、そんな光景だった
今もPTA掲示板や教室のポスターが残っていた。

1時間ほど歩きまわり一旦引き返し川を渡る
川沿いも海を上ってきた津波で大きな被害を受けていた
とりあえずセブンイレブンへ
雨が降り始めたのでカッパを購入。
また海へ向かって歩く
TVで見たことがあるとても大きな缶が転がっていた。
こんな大きなものも流されるのか…

ビッグハウスを発見。
外観は原形をとどめていて遠くからではわからなかった
十何mの大きな看板が倒れ、なかはぐちゃぐちゃだった
魚売り場の釣り看板がのこっていた。
とにかく臭い。マスク越しに異臭が伝わってきた。
魚や野菜が腐敗した匂いなのか
雨が強くなって風も強い。13㎞くらい歩いて足も痛い。
戻ることを決意。
もときた坂道を登り、下る。
ふもとのカフェにお邪魔。
おじいちゃん、おばあちゃんのアットホームなカフェ。
コーヒーがすごくおいしく感じた。
二人はテレビを見ていて私を完全無視。かまってよ。
北海道の「奥さんお絵かきですよ」の時間に
宮城では「お絵かきしまshow」という企画をやっていた(笑)
御会計。雨の話から震災当時のはなしへ
このカフェも川からの津波で浸水。
2階まで水に浸かり、前の道路には車が3台ころがり、隣の家は船で壁を突き破られたそう。
いまでは綺麗になっていて、話を聞かなければ全くそんなことはわからなかった。
北海道からのボランティアの手でカフェを再開できたそうで、
僕は何もしていないのにありがとうと言われた。
石巻に来てくれてありがとう。来てくれるだけでありがたい。と
おばあちゃんの勧めでカフェの裏にある日和山に登る。
今日一日歩いた石巻が一望できる。
youtubeで以前見た日和山からの津波映像を思い出して、恐怖を感じる。
山を下りて暗くなってきたので旅館に向かう
18:03旅館とちぎ到着。
親に無事の電話と友達にメールを返す。
TVによると明日は東北に本格的に爆弾低気圧が上陸…
まじか…
不安の中お風呂に入って、明日に備えて寝る。
おやすみなさい。
2日目につづく
突然ですが4月3日から5日までの3日間、宮城県の被災地に行ってきました。
高校3年生なのでこの春休みを逃すともういけないかも。ということで1人旅を決行。
今回僕はただ、被災地を歩いて、見てきただけです
なにかお手伝いをしてきたわけではありません。
1か月も経ってしまいましたが見てきたこと、感じたことを
少しでもお伝えできればということで記事を書こうと思います。
長いです。
4/3
飛行機ちゃんと飛ぶのかな。
爆弾低気圧が近づいているということで2日出発予定のフェリーは欠航。
急遽飛行機で行くことになったがそちらも飛ぶのかわからない状況。
母からメール。
宮城県風速20mという不安をあおるようなメール…
なんとか飛ぶということで飛行機へ乗り込み仙台へ
人生初の仙台に到着。
仙台空港アクセス鉄道に乗って仙台駅へ
空港のそばに瓦礫が残っていた。
初めて見る津波の被害に被災地に来たという実感がわいた。
名取イオンに「がんばろうなとり」の横断幕
長町駅そばには仮設住宅。
仙台駅で父のメールにしたがいマスクを購入。
やっぱり親は心配らしい。
バスで石巻へ。
石巻工業を発見して興奮。甲子園!
12:06石巻営業所到着。
iPhoneを頼りに海へ向かって歩く。
商店街はシャッターが下りている店が多い。
1階部分が壊れた家、店も多く板などで入れないようになっている。
商店街をぬけると上り坂。
坂を下ると突然海沿いの町が目に飛び込んできた。
ヤバイ。そう思った。
なにも考えられず、無意識に「ふざけんなよ」という言葉と涙が勝手に出てきた。
坂を下る。
たった1mほどの段差があった。
1m上は無事。1m下は津波で全部もってかれている。
石巻市南浜町。
写真やTVで何度も見たはずの光景が目の前に広がっていたが
写真やTVとは全く違う、生の光景にただただ驚いた。
大きな瓦礫は大分撤去されて、海岸沿いに積まれている。
瓦礫が何mもの高さに積まれているため海が見えない。



とにかく歩く。
ぬいぐるみ、服、炊飯器、TV、マンガ、車のバンパー、骨組みだけの家、おもちゃ、グローブ、
ここに町があったなんて信じられないが生活用品の山が周りに広がっている。
確かにここには町があったんだな、と。

もう帰りたい。と何度も思った。
海沿いの瓦礫の山に近づく。何が何か分からない。

門脇小学校へ
まるでホラー映画を見ているような、そんな光景だった
今もPTA掲示板や教室のポスターが残っていた。

1時間ほど歩きまわり一旦引き返し川を渡る
川沿いも海を上ってきた津波で大きな被害を受けていた
とりあえずセブンイレブンへ
雨が降り始めたのでカッパを購入。
また海へ向かって歩く
TVで見たことがあるとても大きな缶が転がっていた。
こんな大きなものも流されるのか…

ビッグハウスを発見。
外観は原形をとどめていて遠くからではわからなかった
十何mの大きな看板が倒れ、なかはぐちゃぐちゃだった
魚売り場の釣り看板がのこっていた。
とにかく臭い。マスク越しに異臭が伝わってきた。
魚や野菜が腐敗した匂いなのか
雨が強くなって風も強い。13㎞くらい歩いて足も痛い。
戻ることを決意。
もときた坂道を登り、下る。
ふもとのカフェにお邪魔。
おじいちゃん、おばあちゃんのアットホームなカフェ。
コーヒーがすごくおいしく感じた。
二人はテレビを見ていて私を完全無視。かまってよ。
北海道の「奥さんお絵かきですよ」の時間に
宮城では「お絵かきしまshow」という企画をやっていた(笑)
御会計。雨の話から震災当時のはなしへ
このカフェも川からの津波で浸水。
2階まで水に浸かり、前の道路には車が3台ころがり、隣の家は船で壁を突き破られたそう。
いまでは綺麗になっていて、話を聞かなければ全くそんなことはわからなかった。
北海道からのボランティアの手でカフェを再開できたそうで、
僕は何もしていないのにありがとうと言われた。
石巻に来てくれてありがとう。来てくれるだけでありがたい。と
おばあちゃんの勧めでカフェの裏にある日和山に登る。
今日一日歩いた石巻が一望できる。
youtubeで以前見た日和山からの津波映像を思い出して、恐怖を感じる。
山を下りて暗くなってきたので旅館に向かう
18:03旅館とちぎ到着。
親に無事の電話と友達にメールを返す。
TVによると明日は東北に本格的に爆弾低気圧が上陸…
まじか…
不安の中お風呂に入って、明日に備えて寝る。
おやすみなさい。
2日目につづく