3月26日(土)~4月1日(金)の東北行きを振り返って④ | ほっさんのブログ

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40代の子育て世代が感じる八ヶ岳山麓での四季折々の楽しみ方。衣食住の【食と住】を中心に好きな事をゆるく発信していきます。
気楽に気長にお付き合いください。

3月27日(日)6時起床。
さとうさんは寒くて眠れなかったらしい。
原村並みに冷えでいた。靴下が濡れた状態で仮眠を取ったので、嫌な予感がした。
持ってきた燃料をドラム缶から取り出し、2台の車へ入れる。

こーちゃんの案内の元、現地の情報を仕入れるため、気仙沼市役所へ。

細野恒司(ほっさん)【手書き・手作り・八ヶ岳の暮らし】


細野恒司(ほっさん)【手書き・手作り・八ヶ岳の暮らし】


細野恒司(ほっさん)【手書き・手作り・八ヶ岳の暮らし】


細野恒司(ほっさん)【手書き・手作り・八ヶ岳の暮らし】

日にちが経っているせいか、気仙沼市役所に混乱はなく、物資もきちんと整理されていた。
必要な情報を手に入れ、本吉地区という場所に行く事を決めました。

市役所内で、声をかけられ、ボランティアを一緒に行うことになるサワダ君と出会う。
昆布関係のお仕事をされていたそうですが、今回の津波で今はボランティアの日々を続けているという。
今日一日の予定で一緒に動くことになりました。

行政が管轄されている場所、把握している場所というのは、大きなボランティア団体や人が入り、ある程度の建て直しが進んでいる。
今回、ハセヤンは、過去の震災救援体験を通して、行き届かない場所に救援する事を決めていた。


本吉地区は比較的、安定を保っていたので、気仙沼の海沿いを走らせ、現地の人の声を聞きまわる。


細野恒司(ほっさん)【手書き・手作り・八ヶ岳の暮らし】


細野恒司(ほっさん)【手書き・手作り・八ヶ岳の暮らし】


細野恒司(ほっさん)【手書き・手作り・八ヶ岳の暮らし】

自衛隊の力で公共道路の通り道は確保されている。
行き止まりや、道がなくなっている場所もある。

津波の持つ人智を超えた力に圧倒された。

本当に被害が大きすぎる。



細野恒司(ほっさん)【手書き・手作り・八ヶ岳の暮らし】-__.JPG

なんともいえない気持ちをいだき、気仙沼市立小泉中学校に到着。
ここで、400人規模の人たちが避難活動を続けているというので、炊き出しをすることにきめました。