入院10日目。ステロイドパルス2回目。
朝、また過呼吸になってしまったので、外来の先生が様子を見にきてくれた。
「大丈夫ですか。ステロイドは効いていますか。」
私は、レポート用紙を取り出して、
「先生、字がこんなに変わってきました。」
先生は、ステロイドパルス前の字と後の字を見比べて、驚いていた。
自分で状態の変化を説明するために、書いていたことが役にたった。
今日は、週一回の回診日だった。病棟の神経内科部長の先生にも診てもらえる。
「字が変化してきたんだって?見せてもらっていいい?」
他にも何人か先生がいて、全員で字体を見ていた。
「走れるかな?ちょっと小走りしてみて。」
言われた通り、ベットから立ち上がり、出口に向かって走ってみせた。
素早い動きができた。
「おー!」と先生方。
明日の点滴が無事に終われば、明後日は確実に退院となる。
『絶対に退院したい!』
夕方、兄からメールがきた。これからお見舞いに行くと。
面会時間は20時まで。今から来ても、面会時間がすぎてしまう。間に合わないよ。
私は、看護師さんに相談した。
「病棟には、消灯時間までに戻ってくれば大丈夫だから。消灯時間過ぎると、カギがかかるので
時間は守ってね。」
売店の横に、喫茶コーナーがある。そこで話をすることにした。
久しぶりに兄と会った。
兄は、毎日残業しているせいか、やつれて見えた。疲れているのに、それでも、お見舞いにきてくれた。
嬉しかった。
私は今までの経緯や検査の同意書などの紙を見せながら、一つ一つ説明した。
「結局、診断はまだ確定していないんだろう。確定した方がいいのか。それともこのままわからない状態の方がいいのか。」
私は返答できなかった。自分でもどっちの答えを求めているのか分からなかった。
多発性硬化症と確定されれば、難病指定され、公費助成があるので、次の治療へと移るだろう。
逆に、確定されなければ、今と同じ疑いのままの状態で、症状が表れたら入院して治療。
保険は適用されるが全て医療費として家計を圧迫する。経済的負担は深刻な問題だ。
民間の医療保険には入っているが、入院時だけの保障なので、通院で検査が続けば費用がかかっていく。本当に働かないと、破産してしまう。今の夫の給料だけでは不足していく。
『いつ症状が出るか不安を抱えながら仕事するのか。』
「先生が判断するしかないから、どっちだとしても受け入れるしかないな。」
その通りだ。私たち素人が考えても答えは出ない。
「思ったより元気そうだから、安心した。それによくじゃべるな、今日は調子いいのか。」
パルス効果で、ハイテンションになっていた。
兄を正面玄関まで見送り、私は病棟へとまっすぐに向かった。
一度も迷うことなく、帰ることができた。認知機能も回復してきたようだ。
『診断は先生に任せて、自分は結果を素直に受け入れよう。』
そう思ったら、少し楽になった。