教会のホームページがリニューアルしました。⇒「黒部バプテスト教会」
4月21日(日)は午前10時半主日礼拝でした。
讃美歌から
歴史上最高の日
聖書より
コリント人への第一の手紙
第15章
15:1
兄弟たちよ。わたしが以前あなたがたに伝えた福音、あなたがたが受けいれ、それによって立ってきたあの福音を、思い起してもらいたい。
15:2
もしあなたがたが、いたずらに信じないで、わたしの宣べ伝えたとおりの言葉を固く守っておれば、この福音によって救われるのである。
15:3
わたしが最も大事なこととしてあなたがたに伝えたのは、わたし自身も受けたことであった。すなわちキリストが、聖書に書いてあるとおり、わたしたちの罪のために死んだこと、
15:4
そして葬られたこと、聖書に書いてあるとおり、三日目によみがえったこと、
15:5
ケパに現れ、次に、十二人に現れたことである。
15:17
もしキリストがよみがえらなかったとすれば、あなたがたの信仰は空虚なものとなり、あなたがたは、いまなお罪の中にいることになろう。
15:20
しかし事実、キリストは眠っている者の初穂として、死人の中からよみがえったのである。
15:21
それは、死がひとりの人によってきたのだから、死人の復活もまた、ひとりの人によってこなければならない。
15:22
アダムにあってすべての人が死んでいるのと同じように、キリストにあってすべての人が生かされるのである。
15:23
ただ、各自はそれぞれの順序に従わねばならない。最初はキリスト、次に、主の来臨に際してキリストに属する者たち、
15:24
それから終末となって、その時に、キリストはすべての君たち、すべての権威と権力とを打ち滅ぼして、国を父なる神に渡されるのである。
15:25
なぜなら、キリストはあらゆる敵をその足もとに置く時までは、支配を続けることになっているからである。
15:26
最後の敵として滅ぼされるのが、死である。
15:45
聖書に「最初の人アダムは生きたものとなった」と書いてあるとおりである。しかし最後のアダムは命を与える霊となった。
15:46
最初にあったのは、霊のものではなく肉のものであって、その後に霊のものが来るのである。
15:47
第一の人は地から出て土に属し、第二の人は天から来る。
15:53
なぜなら、この朽ちるものは必ず朽ちないものを着、この死ぬものは必ず死なないものを着ることになるからである。
15:54
この朽ちるものが朽ちないものを着、この死ぬものが死なないものを着るとき、聖書に書いてある言葉が成就するのである。
15:55
「死は勝利にのまれてしまった。死よ、おまえの勝利は、どこにあるのか。死よ、おまえのとげは、どこにあるのか」。
15:56
死のとげは罪である。罪の力は律法である。
15:57
しかし感謝すべきことには、神はわたしたちの主イエス・キリストによって、わたしたちに勝利を賜わったのである。
15:58
だから、愛する兄弟たちよ。堅く立って動かされず、いつも全力を注いで主のわざに励みなさい。主にあっては、あなたがたの労苦がむだになることはないと、あなたがたは知っているからである。
ヨハネによる福音書
第3章
3:1
パリサイ人のひとりで、その名をニコデモというユダヤ人の指導者があった。
3:2
この人が夜イエスのもとにきて言った、「先生、わたしたちはあなたが神からこられた教師であることを知っています。神がご一緒でないなら、あなたがなさっておられるようなしるしは、だれにもできはしません」。
3:3
イエスは答えて言われた、「よくよくあなたに言っておく。だれでも新しく生れなければ、神の国を見ることはできない」。
3:4
ニコデモは言った、「人は年をとってから生れることが、どうしてできますか。もう一度、母の胎にはいって生れることができましょうか」。
3:5
イエスは答えられた、「よくよくあなたに言っておく。だれでも、水と霊とから生れなければ、神の国にはいることはできない。
3:6
肉から生れる者は肉であり、霊から生れる者は霊である。
3:16
神はそのひとり子を賜わったほどに、この世を愛して下さった。それは御子を信じる者がひとりも滅びないで、永遠の命を得るためである。
ヘブル人への手紙
第9章
9:27
そして、一度だけ死ぬことと、死んだ後さばきを受けることとが、人間に定まっているように、
9:28
キリストもまた、多くの人の罪を負うために、一度だけご自身をささげられた後、彼を待ち望んでいる人々に、罪を負うためではなしに二度目に現れて、救を与えられるのである。
下記の本はクリスチャンでなくても面白く読めます。
ツイッターでも「上馬キリスト教会」のツイートは面白いので、
今回の出版につながったとのことです。
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「なぜ仏教からキリスト教へ」改宗したかを記しておきます。
私は元々浄土真宗の家に生まれましたが、
親鸞聖人に関する本や、阿弥陀仏の本願について
調べているうちに、浄土真宗以前に仏陀は死後の世界について
何も語っていないし、原始仏教は宗教というより実践哲学で
あると確信し、また浄土真宗についてはインドから
中国に伝わった際に、古代キリスト教のネトリウス派が景教となり
浄土真宗の親鸞も京都西本願寺に保管されている「世尊布施論」を読んだという説もあります。
また、ネットには「浄土真宗とキリスト教の異常な親和性に関する疑問。」
というQ&Aもあります。
個人的には、神が人間になられて歴史上の人物として記録が残っていること、
対して阿弥陀仏はそうではないことからイエス・キリストを信じるようになりました。
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主の祈り(新改訳聖書)
天にいます私たちの父よ。
御名があがめられますように。
御国が来ますように。
みこころが天で行なわれるように地でも行なわれますように。
私たちの日ごとの糧をきょうもお与えください。
私たちの負いめをお赦しください。
私たちも、私たちに負いめのある人たちを赦しました。
私たちを試みに会わせないで、悪からお救いください。
国と力と栄えは、とこしえにあなたのものだからです。
アーメン。
使徒信条
我は天地の造り主、全能の父なる神を信ず。
我はその独り子、我らの主、イエス・キリストを信ず。
主は聖霊によりてやどり、処女(おとめ)マリヤより生まれ、
ポンテオ・ピラトのもとに苦しみを受け、十字架につけられ、
死にて葬られ、陰府(よみ)にくだり、
三日目に死人の内よりよみがえり、天にのぼり、
全能の父なる神の右に座したまえり。
かしこより来りて生ける者と死にたる者とを審きたまわん。
我は聖霊を信ず。聖なる公同の教会、聖徒の交わり、罪のゆるし、
からだのよみがえり、とこしえのいのちを信ず。
アーメン
日曜日 | 主日礼拝 | 10:30~ |
ジョイキッズ | 14:00~ (月1回スペシャルジョイキッズがあります。スイーツ作りなどのイベントをします) |
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月曜日 | 希望者に礼拝を行っています | |
水曜日 | 祈祷会 | 19:30~ |
木曜日 | 聖書の学び会 | (時間と場所が変わりますのでお問い合わせください) |
中高生会は月一度行っています。
土曜日 | 月1回 スイーツの会をしています |