夫が息を引き取りました | 大阪発・筆跡診断士 山上りるも 筆跡は心の鏡

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筆跡診断士歴22年。筆跡心理学・人間心理・教育に関する講演会講師をしています。
また、2011年に患った卵巣がん克服までの道のり、3年前に発症した夫の肺がん克服の道のりなど、健康に関することや、キャンピングカーでの旅の様子も書いています!

「ご報告」

ご無沙汰しております。

突然ですが、
先日、5月24日、午後6時20分、夫・細川賢一が息を引き取りました。
看取ることができました。
享年67歳でした。



通夜式・5月28日(木) 19時
告別式・5月29日(金) 9時15分~
滞りなく終えることができました。

約4年前に肺がん、転移性脳腫瘍、転移性骨腫瘍を患い、治療を続け、入退院の月日を過ごしておりました。

肺がん、骨転移は寛解したものの、脳だけは再発が続いていました。
ガンマナイフ治療、開頭手術、昨年11月末から放射線治療をしましたが、その後、体調が悪化しました。
昨年12月22日、再入院となり、その際、主治医からは余命1ヵ月という宣告を受けましたが、主人には一切伝えませんでした。そして、私たち夫婦のテーマであった「生きることを諦めない・・・」その言葉通り、入院から5ヵ月生きてくれました。

一般病棟は、家族の面会しか許されなく、家族であっても15分という規則がありました。しかし、緩和ケア病棟は24時間の面会が許されていること、友人も面会ができるということから、主人も納得の上、緩和ケア病棟で5ヵ月間過ごしました。

往復3時間、ほぼ毎日病院に通いました。
せん妄が強く出たり、痙攣が起きたり、意識がなくなったりと、本当に色々なことがありましたが、何度も奇跡的に復活して先生や看護師さんを驚かせました。

4月21日は、私たちの結婚記念日で25周年(銀婚式)を病室で迎えました。
ケーキ屋さんで買ってきた小さなプリンとムースを食べさせてあげ、ささやかなお祝いをしました。



息を引き取る6日前、病院に行くと看護師さんから
「ご主人が、いつものように反応してくれません」と・・・
病室に入り、「賢ちゃん、見えてる?誰かわかる?」と聞くと
うっすら目が開き、小さな声でゆっくり「山上 りるもさん」とこたえてくれました。
私が「確かに、山上 りるもやけど、ほんまは、細川 りるもやで」と笑いながら伝えましたが・・・反応がありませんでした。

そして、「山上りるもさん」という言葉が最期の言葉となり、意識がなくなりました。

意識がなくなった6日間も変わらず、毎日の髭剃り、眉カット、乾燥している体にボディークリーム、リップクリームを塗る、動かなくなった腕と足のマッサージ・・・
切なくも、穏やかで、幸せな時間でした。

そして、生きている間に、書籍「今日、笑って過ごせれば」を出版できたこと、



キャンピングカーを購入したいという、主人の夢も叶えることができたこと、
本当に良かったと思います。



実は、主人を看取った翌日には、新幹線とフェリーで移動し
その翌日に筆跡の講演をして戻ってきてからの通夜、告別式となりました。
半年前に頂いた講演で、私も待ち遠しく、主人も喜んでくれていた講演でした。
主人には「ついておいでね」と伝えていたので、きっと、そばにいたと思います。
講演が入っていたお陰で、私は、冷静に、皆さんと穏やかな時間を過ごすことができました。
長崎県壱岐法人会の皆さま、ありがとうございました。

最後に・・・
これまで、主人を支えて下さった皆さま
お忙しい中、お見舞いに足を運んでくださった皆さま
通夜式、告別式にご列席をいただきました皆さま
本当にありがとうございました。

私は、手続きのほうも随分落ち着いてきて、今は、元気に穏やかに過ごせています。
全力で向き合ってきたので、後悔は一切ありません。
これからは、賢ちゃんの分まで長生きし、しっかり生きていこうと思います。
来月から仕事(講演等)にも復活します。

長文になりましたが、今後共よろしくお願いいたします。








細川 りるも(山上 りるも)