何をしてきたのだかよく分からない「仕事」という名の時間の消費を経て、ボクは帰宅した。


帰宅するやいなや、ボクはグラスを手にとって半分まで氷を入れ、そこへアイスコーヒーを注いで喉を潤した。


「これが美味いんだ」


独りほくそ笑みながら、そんなことを呟いた。


ふと気がつくと、ボクはアイスコーヒーを片手にPS4の置いてある部屋へ足を踏み入れていた。

そしてゲーミングモニターに被せてある布に手をかけていた。全くの無意識だった。


「危ねぇ」


ボクはやはり独りで照れくさそうにそう言い、ペロッと舌を出しておどけてみせた。


独りなのに。


そう、ボクは独りなのだ。



妻は数日前、ボクが目を覚ます前に家を出て行った。


「うぅ。目は覚めてるんだよ。

でも、いきなり起き上がると危ないから」


いつもの朝であれば、キミはそう言ってしばらくベッドの上に転がっている。


しかし、昨日の朝も、今朝も、キミはベッドの上にいない。

そればかりか、キミはこの家から完全に出て行ってしまったのだ。


数年前に買ったこのマンションは、ボク独りで住むとなれば丁度いい狭さだ。


いや、そう言ってしまっては余りにも虚しいので、こう言い換えよう。


キミのいないマンションは、キミのいたマンションよりは随分と広く感じられる。


いやいや、そんな言葉遊びをしている場合ではない。


重要なことは、ボクは無意識のままにPS4をつけ、今まさに対人戦をせんとする状況だったということだ。


新しい何かを身につけようと言ったばかりなのに、本能的に無闇矢鱈な対戦をしようとしていたのだ。


もちろん、対人戦をすることが絶対悪だというのではない。


だが、ボクは脳筋。


一度対戦を始めると、まるで目の前の敵を倒さぬ限り洗脳の解けぬ狂戦士のように、自己満足を味わうその時まで戦い続けてしまうのだ。


MR1,200。


それが今のボクが手を伸ばせ得るやっとの世界。


この実力のままでいくら心技体を整えようと、辿り着ける世界はせいぜいMR1,200に毛が生えたくらいのものだ。



だから今夜のボクは無闇矢鱈にPS4をつけることなく、対戦動画を観ている。新しい何かを学び取るのだ。


しかし、ボクは気が付いた。


ボクが観ているのは、ゆきにゃさんによるバーチャesのプレイ動画だった。



ゆきにゃさんのYouTubeはこちら。

格ゲーに向かうその真摯な姿勢に多くを教えられます。



一生懸命なゆきにゃさん。


時には配信中に涙を流して悔しがられることも。

そんな彼女にはいちe格闘家として多くのことを学ばせて頂いている。


そして、配信ではお子さまたちの声が聞こえる。


お菓子、食べたいんだね。


お母さんに良しとされたのなら食べなさい。


でも、ゲーム機の近くでこぼすんじゃあないよ?

お菓子のカスがゲーム機に入ったら大変なんだよ。


「ポップコーン触った手でアケコン触ったら、ママ怒るよ!」


いいよね。

家庭の温もり。

何だか癒されちゃったよね。



ハッ!



そういえば、妻が家を出て行ったのだった。


ひと様の家族に癒されて忘れている場合ではない。


ボクは今、自分の家族を失ってしまったのだ。


もう、スト6ランクマをしながら、

「やってねーし!マジやってねーし!○ね」

とか言わないから。


もう、キミの5W1Hの問いかけに対し、

YESだけで答えないから。


だから。


早く帰って来ておくれ。




海外旅行からヨォオオオーーー!




つづく