今年も皆さんに報告を
するつもりです。
感受性が強く
優しい人たちから
いなくなってしまった
2021年。
生きるのって
生きるのって
いくつでも大変で、
きついよ。
狂った世の中に
きついよ。
狂った世の中に
加速していて、
まともな人から
まともな人から
いなくなってしまう。
いなくなってしまったら
もう誰もその本心を
知ることができない。
そんな思いに駆られた
私たちの成長期。
でも今は
ネットを通じていくらでも
弱音を吐いて
受け止めてくれる場所がある。
子供の頃は放置され、
大人になってから
親に干渉されるとか、
珍しいことではない境遇にある
私たちの世代。
私くらいの年齢になって
私くらいの年齢になって
親の存在を、大人になって受け入れるのは『至難』だと思う人も少なくない。
それを克服するプログラムが
あってもいいはずだと
それを克服するプログラムが
あってもいいはずだと
清算できてしまう
出来事を知ると
『そうするか』
と思う人の気持ちが
ある意味
誰もが理解できる時代。
誰もが持つ
誰もが持つ
一瞬の狂気。
同じ時代に生きているから
理解し合える。
人目を意識するから、
気づかないうちに
がんじがらめにされて、
『こうあれ』
『こうあるべき』
『それは変だ』
とか、
多様性とはほど遠い、
根強く同調させる
窮屈な社会。
本人が真実を発信しても、
その気持ちや状況を、いつまでたっても浅はかな連中が好き勝手口にして、
萎縮させられる。
その結果、
心優しい人たちが、
気持ちを表に出せなくなり、
誰かと繋がりがあっても、
孤独に落ちていく。
そんな印象だった
2021年。
素敵じゃなくていい。
特別じゃなくていい。
今が全てではない。
なんでもいいから
生きていてほしい。
生きていてほしい。
生きて、
自分に風が向く機会を
待ってほしい。
どんなに時代が変化しても、
信念、志を貫き
皆さんに報告する
年にしようと思っています。
2022年、
今年もよろしく
お願い申し上げます。