日々たくさんの情報が
溢れている。

あるはずのものが
瞬く間に消える時代。

防護服すら
足りなくなる
国だったのか。

マスクも消毒液も少なく
致し方なく
雨ガッパ募集とか。。。

税金で購入し
備蓄したものを
行政がどう使用したか。
危機に対してどう進むのか。

医療品の自給力
緊急時の対応を
覚えていようと思う。

いつでも
思い出せるように。


まだ
ワクチンも特効薬もないから
この幽霊に
不安な方が検査したがることは
別におかしなことではない
気がする。

自分の利益だけではなく
家族や社会の利益を考えて 
自分がどうしたらいいか
考えている証拠じゃないかな。

検査したい人を
責めてはいけないと思う。

自分がもしも
感染している可能性が
あるとしたら

心配が高まる
体調の変化を感じたら

出来るだけ
社会に迷惑をかけず、適切でふさわしい行動を取る必要があるから検査したい、同じ気持ちになるだろうから。


その反面

検査するということは
病床数の問題や
待機場所、医療問題
生命に携わっているのに
非人道的な扱いを受ける
無給医の皆さんの実態も
理解する必要がある。

大切な人材を扱えない
愚かな害悪。

目に見えない幽霊。
目に見える幽霊ら。

今起きている現実を
冷静に
覚えておかないと。

いざ
自分自身が何かを決断する時
誰が適任か判断する選挙の時
正確に
思い出せるように。

先ずは
現状の危機を脱する為に
感染しない行動とは何か
毎日、言い聞かせている。

今までの生活とは
大きく変わる日常を
受け入れる準備、
色々覚悟する時間が
今、なのかもしれない。


平常時
『危機管理』だとか
『国家の非常事態には』と
何度も見出しになっていた。

でも

現実に直面した今
機能しなかったものが
次々と表面化した。

未だに
機能しないものもある。

「画餅に帰す」なのか。

今思えば3.11のとき
不器用な失敗もあったけど
日本という国、国民を
絶対に救おう、という気概は

今よりも
あった気がする。


局面が日々変化する中
各々の事情が異なり
正しい言葉は見つけにくい。

消極的な波が押し寄せても
誰もが
いずれ前を向く日が
来ることを願っている。

今は
うまく笑えなくて
いいじゃないか

今は
希望の光を
探せなくても
いいじゃないか  

今は無理してまで
そういうことを考えたり
すると負担になる。

余計に滅入る。

無理して急がず
無理して追い詰めないこと。

『気長に生きる』

毎日、余分な力を抜いて
この言葉を思い浮かべる。

この難局すら
いつか克服するから、と
強く願って。