わたし的、テレビ番組の歴史 11-2

1969年 ②

 

海外ドラマ

 

「プリズナーNO.6」 NHK 1969年3月2日~6月22日

  1967年9月29日から1968年2月4日まで、イギリスで

  製作・放映されたドラマ。

  イギリスの諜報部員の話であり、カルト的要素も含んで

  いる。

 

   英国の諜報部員である主人公はある日、上司に辞表を

  叩きつけ辞職する。そのまま自宅に帰り、旅立とうと荷

  造りを始めるが、何者かによって催眠ガスで眠らされ

  る。

   主人公が眼を覚ますと自分が「村」と呼ばれる国籍不

  明の場所にいることを知る。「村」には彼の他にも多く

  の者が「プリズナー(囚人)」として拉致されてきてお

  り、それぞれ自分の正体を隠したまま、番号で呼ばれて

  いる。

   「ナンバー・シックス」という番号を与えられた主人

  公は「ナンバー・ツー」と呼ばれる「村」のリーダーか

  ら「辞職の理由」と「知っている情報」をたずねられる

  が、彼は頑なに回答を拒否する。「ナンバー・ツー」は

  さまざまな手段を用いて「ナンバー・シックス」から情

  報を聞き出そうとするが、「ナンバー・シックス」はそ

  れを退け、あらゆるチャンスを捉えて「村」からの脱走

  を試みる。

 

   「ナンバー・ツー」は毎回人物が変わる。「ナンバ

  ー・ツー」は司令室から部下とともに「プリズナー」た

  ちを監視し、警備員と不思議な白い球体「ローヴァー」

  で村からの脱出を阻止し、「村」からはヘリコピターで

  しか出ることができない。

   「ナンバー・ツー」の上位に「ナンバー・ワン」が存

  在し、色々と「ナンバー・ツー」に指示を行うが、声と

  姿は最終回まで伏せられている。この両者の知恵比べが

  ドラマの主軸であるが、その他にも様々なドラマが展開

  される。

   なおレギュラーキャラは「ナンバー・シックス」以外

  では「ナンバー・ツー」の司令室のスタッフである管理

  官と執事のみである。

   「ナンバー・シックス」を含めた登場人物の人名は最

  後まで明かされず、そのため固有の人名のついた人物は

  殆ど登場しない。

   本作の登場人物はしばしば別れ際に“Be Seeing 

   You”(日本語吹き替え版では“じゃあまた”や“じゃま

   た”)と口にする。

   村の住民は初対面の相手に対してもこの挨拶をするた

  め、この台詞は「ナンバー・シックス」と視聴者に対し

  てこの村は一度入ったら外部に出ていくことができない

  ことを示している。

 

出演  NO.6:パトリック・マクグーハン  小山田宗徳

    管理官:ビーター・スワンウイック 千葉 耕市

    NO.2:ガイ・ドールマン     若山 弦蔵

    コッブ:ポール・エディントン   近石 真介

    新・NO.:ジョージ・ベイカー   浦野 光

    大佐:ケビン・ストーニー     真木 恭介

    NO.58:レイチェル・ハーバート  山東 昭子

    NO12.:ジョン・キャッスル    中田 浩二

その他 富田 耕生久松 保夫外山 高士

    八奈見乗児小林 清志中村 正山田 康雄

    田口 計愛川 欽也勝田 久内田 稔   

                      等々。

 

  このドラマは私にはよくわからなくて、もっぱら姉が好 

 んで観ていたので、ながらで観ていただけのような。

  今なら、好きなジャンルに入るのですが。子供の頃は頭

 使うのは……。物語を多く書いておきました。

 

「S.0401 宇宙大作戦」 日本テレビ 

         1969年4月27日 - 1970年1月11日 

  アメリカNBC系列で1966年~1969年まで3シーンズン

  放送の、SFテレビドラマ。

  制作  ジーン・ロッデンベリー

  西部開拓ドラマの宇宙版的構想の作品。

  今も続いている「スタートレック」シリーズの原点の作

  品。

  日本では、第一シーズンは日本テレビ、第2、3シーズ

  ンはフジテレビと放送。

 

   舞台は23世紀(2260年代)の天の川銀河。超高速航

  行技術を開発した地球人はバルカンなど複数の種族と共

  に惑星連邦を結成している。

   その惑星連邦を防衛し、深宇宙探査・外交・巡視・救

  難などあらゆる任務を行うのが宇宙艦隊であり、その宇

  宙艦隊の最新鋭艦が、船長のジェームズ・T・カーク、

  副長兼科学士官のスポック、医療主任のレナード・マッ

  コイらが乗り組む宇宙船U.S.Sエンタープライズ号であ

  る。

 

出演 カーク船長:ウィリアム・シャトナー  矢島正明

   Mr.スポック副長:レナード・ニモイ  久松保夫 他

   レナード・マッコイ医療主任:

         デファオレスト・ケリー  吉沢久嘉

   チャーリー・スコット機関主任:

         ジェームズ・ドゥーアン  小林 修

   ウフーラ通信士官:ニシェル・ニコルズ 松島みのり

   ヒカル・カトウ主任ナビゲーター:

             ジョージ・タケイ 富山 敬

   ナレーター  若山 弦蔵

その他 比島 愛子中田 浩二青野 武雨森 雅司

    池田 昌子大木 民夫小原乃梨子

    来宮 良子野沢 雅子富田 耕生 等々。

 

   アメリカで、プライムタイムに放送される優れたテレビ

 ドラマ・バラエティ番組に贈られるプライミタイム・エミ

 ー賞に13回ノミネートされているが、いずれも受賞を逃し

 ている。

 

  最も歴史の古いSF・ファンタジー文学賞であるヒューゴ

 賞を2回受賞している。1968年の第14回では映像部門のノ

 ミネートがすべて本作で占められていた。

  カーク船長とMr.スポック。忘れられない相棒の関係だ。 

 今でも、新しい数々のスタートレックシリーズがアメリカ

 では放送されている。CSで放送されるときに、何気なく見

 る時もある。映像的にはCGやVFXで今の方が宇宙空間の迫

 力はあるが、このドラマを初めて見たときは、地球以外に

 も生物は絶対いるぞ!的な感覚を真剣に持ってしまったほ

 ど、引き込まれるようだった。

  テレビドラマの歴史に残る1作である事は、間違いな

 い。

 

「鬼警部アイアンサイド」 TBS 

    1969年4月1日~1970年9月22日(第一シーズン)

  アメリカNBCネットワークで、1967年から1975年まで

  8シーズン放送された刑事ドラマ。

  ※日本では第4シーズンまで

 

   サンフランシスコ市警察の刑事部長、ロバート・アイ

  アンサイドは、犯罪者の凶弾によって下半身不随とな

  る。

   しかし、ランドール署長の厚意で嘱託警部の地位と、

  エド・ブラウン巡査部長、黒人の助手兼ボディガードの

  マーク・サンガー、婦人警官イブ・ホイットフィールド

  の3人の部下を与えられ、車椅子に乗りながら犯罪に挑

  む。

   日本語版オープニングでは、独自に若山弦蔵による以

  下のナレーションが追加されている。

 〈サンフランシスコ市警察の刑事部長であった私アイアン 

  サイドは、犯罪に限りない憎しみを抱いていた。 私を恨

  む犯罪者の1人は、卑怯にも私を撃った。 一発の銃弾

  は、私を下半身不随の人間にしてしまった。 署長の好意

  から嘱託警部という特別の待遇と、自分の足となってく

  れる3人の部下を与えられた私は、再び憎むべき犯罪に

  挑むこととなった。 私アイアンサイドは、世に存在する

  悪を許すことは出来ないのだ。〉

 

出演  アイアンサイド:レイモンド・バー 若山 弦蔵

    エド・ブラウン巡査部長:ドン・ギャロウェイ 

                     仲村 秀生

    マーク・サンガー:ドン・ミッチェル 中田 浩二

    イブ:バーバラ・アンダー 山東 昭子

    ランドール署長:ジーン・オリンズ 吉沢 久嘉

 

  アメリカの刑事ドラマとして、我が家では日本で放送さ

 れた全シーズンを観ている。

  安楽椅子探偵の走りの作品ではないだろうか。知的な捜

 査が良かった。

  クインシー・ジョーンズが作曲したテーマ曲

 "Ironside"は、日本テレビの「レビ三面記事ウイークエ

 ンダー」読売テレビの「ダウンタウンDX」で使われるな

 ど、日本でもお馴染みの曲となっている。

  近年ではクエンティン・タランティーノ監督の映画「キ

 ル・ビル」も使用されている。

  カッコよくて、大人感満載で、大好きな海外の刑事ドラ

 マでした。

 

「巨人の惑星」  東京12チャンネル  

          1969年10月4日~1970年3月28日

  1968年~1970年までアメリカABCネットワークで放送

  されていたSF特撮ドラマ。

 

   1983年 6月12日、ロサンゼルスからロンドンに向か

  っていた定期旅客宇宙船612便"スピンドリフト号(The

   Spindrift)"は、謎の光(磁気嵐)に包まれて軌道ルー

  トをはずれてしまい、地球に良く似た謎の惑星に不時着

  する。

   宇宙船に乗っていたのは、乗員のスティーブ・バート

  ン機長、ダン(副操縦士)、ベティ(スチュワーデス)

  と、乗客のマーク(エンジニア)、ヴァレリー(資産家

  令嬢)、挙動不審なフィッツ中佐、バリー(12歳の少

  年)と、その飼い犬チップスだった。

   近辺の調査に向かったバートン機長らは、通常の12倍

  もの大きさをもつ巨大な植物や昆虫と遭遇する。小さな

  彼らにとって、昆虫や小動物は恐ろしい猛獣・怪獣も同

  然だった。やがて巨大な人間の姿を発見した彼らは、こ

  の星が「巨人の惑星」だと確信する。

   彼らは、小人(巨人から見た地球人)の存在を知って

  捕らえようとする巨人から逃げ、なんとか宇宙船を修理

  して脱出しようと苦闘を開始した。

   巨人の住む市街や集落は、地球のアメリカ合衆国に酷

  似していたが、独裁体制下にあることが、次第に明らか

  になる。 科学技術は地球より30年遅れ、宇宙旅行も実

  現されていない。そのため、珍しい小人としてだけでは

  なく、彼らの宇宙船やその技術もが狙われることにな

  る。

   ほどなく彼らは賞金を掛けられ、小人専従捜査官のコ

  ービックも登場し、いっそう執拗に探索される。だが、

  ときには友好的な巨人の助力も得ながら、彼らは地球へ

  の帰還を模索し続ける。

 

出演  バートン機長:ゲリー・コンウェイ  広川太一郎

    エリックソン副機長:ドン・マーシャル朝倉 宏一

    ベティ・ハミルトン:ヒーザー・ヤング杉山佳寿子

    マーク・ウィルソン:ドン・マシスン 家弓 家正

    フィッツ中佐:カート・カズナー   滝口 順平

    コービック:ケビン・ハーゲン    羽佐間道夫

その他 ディアナ・ランドステファン・アーングリム

                       等々。

  

   アメリカの宇宙関係のドラマは、どの作品もワクワク

  してみてしまう。地球外の他惑星の生物との交流と、惑

  星探検。子供なら絶対にはまってしまう設定だ。

 

バラエティ&エンタメ 番組

 

「クイズタイムショック」  テレビ朝日  

  レギュラー放送 1969年1月9日~1986年3月27日

  特番としては現在も放送されている。

 

  1分間に12問、5秒毎に次々と出題されるクイズに何

  問正解できるかを競う企画がメイン。「機械文明に生き

  る現代人の頭脳と反射神経をテストする」という趣旨の

  元に企画された。

  スタジオを見下ろせる高さに解答席が据え付けられ、

  その周囲を秒針の機能を持った60個のランプが取り囲む

  巨大な時計台と、成績が芳しくないとこの解答席の機構

  (椅子が回転する、もしくは煙に囲まれる)によって加

  えられる解答者へのペナルティが番組の象徴となってい

  る。

 

司会者

  初代:田宮 二郎(1969年1月9日 - 1978年9月28日)

  2代:山口 崇(1978年10月5日 - 1986年3月27日)

 

   ハラハラドキドキの時間との闘いのクイズゲーム。現

  在の特番の時の方が、問題に解答が出来るので、面白さ

  は増してきている。子供の頃は、問題が難しかった、

 

「唄子・啓助のおもろい夫婦」  フジテレビ 

           1969年4月6日~1985年3月27日

  視聴者参加型の公開番組で、収録は東京都内のサテライ

  トスタジオ → 山のホールで行われていた。

  番組は毎回2組の熟年夫婦を招き、司会の京唄子と鳳啓

  助が彼らに馴れ初めから結婚に至るまでのエピソードや

  夫婦の悩み事などを面白おかしくインタビューしてい

  た。

  苦労話に対しては、唄子が目から大粒の涙をこぼすこと

  もしばしばあった。籍を入れたのが戦中・戦後であった

  などの事情により、結婚式を挙げられなかった夫婦を多

  数招いての「合同結婚式」企画を行ったこともある。

 

   放送時間も遅かったし、開始直後は余り観ていなかっ

  たが、その後、多少年齢が上がってからは観ていた記憶

  がある。

   後年の、桂三枝「新婚さんいらっしゃい」の大人バ

  ージョン。

 

「連想ゲーム」 NHK 1969年4月9日~1991年3月20日

  1968年4月8日に放送が始まった「みんなの招待席」の

  1コーナーから、独立した番組。

  キャプテンのヒントを元に解答者が解答を当てる。解答 

  は名詞(固有名詞を除く)がほとんどだが「正々堂々」

  など四字熟語が出題される場合もある。

  最初の5問は「ある季節を連想させるもの」などの関連

  性がある言葉が出題される。

 

  歴代キャプテン

   紅組キャプテン

    初代:中村メイコ(1968年4月 - 1969年3月)

    2代:江利チエミ(1969年4月 - 1970年3月)

    3代:天地 総子(1970年4月 - 1978年3月)

    4代:水沢 アキ(1978年4月 - 1979年3月、

     5枠レギュラー解答者からキャプテンに昇格)

    5代:中田 喜子(1979年4月 - 1988年3月)

    6代:藤田 弓子(1988年4月 - 1991年3月)

   白組キャプテン

    初代:加藤 芳郎(1968年4月 - 1969年3月)

      「みんなの招待席」の1コーナーとしてスター

      トした当時にキャプテンを担当。

      その後一旦降板したが、1年後に再度キャプテ

      ンに復帰。以降、番組終了まで20年以上にわた

      り長く出演を続けていた。

    2代:小沢 昭一(1969年4月 - 1970年3月)

    3代(再):加藤芳郎(1970年4月 - 1991年3月)

 

   レギュラー回答者は、ベテランのタレントや知名度の

  ある若手等、多種多彩なゲストが出演していた。

   NHKの家族が皆で楽しめるクイズ番組は、テレビ初期

  の頃から安定した番組が多い。「連想ゲーム」も我が家

  では、欠かせないクイズ番組となっていた。

 

「コント55号の裏番組をぶっとばせ!」 日本テレビ

         1969年4月27日~1970年3月29日

  その名の通り、当時高視聴率高を記録していた裏番組・

  NHK大河ドラマ「天と地と」を強く意識し、「日曜日の

  20時台に最も視聴率の取れる番組を作る」を基本テーマ

  とした。コント55号萩本金一が担当ディレクター約、坂

  上二郎が放送作家役の設定で開始した。名物は「野球

  拳」のコーナー。

  番組は好調で、1969年7月6日の放送で視聴率は29.3%

  を記録し、同日27.6%だった『天と地と』を初めて上回

  った。1969年10月には番組の最高視聴率である33.8%

  にまで達した。しかし、人気の高さから「子供が野球拳

  をマネする」などの苦情も相次ぎ、番組は1年間で終了

  した。

 

   この番組は、本当にクラスで話題でした。ただ問題

  は、我が家でもそうでしたが、殆どの家庭で、大河ドラ

  マを観終わってからチャンネルを回す状態でしたので、

  ちょうどその時間から始まる「野球拳」のコーナーだけ

  を観るような感じで、前半にどのようなコーナーが有っ

  たのかは、解かっていませんでした。

 

   ちなみに、1969年11月26日~1970年4月1日まで、

  野球拳のコーナーだけの番組の放送が有ったそうでした

  が、全く記憶にありません。

 

「ベルトクイズQ&Q」 TBS 

         1969年6月30日~1980年2月29日

  月曜から金曜の週5日間、毎日正午から放送されていた

  クイズ番組。

  TBS社員の競馬好きの宇田文夫が企画書から作成し、当

  時としては破格の賞金を用意しクイズ番組を作った。 

  タイトルは、月曜から金曜に放送されるベルト番組(帯

  番組)であることに由来する。1970年3月まではTBSと

  朝日放送が曜日別という製作で、水曜放送分のみ朝日放

  送が、それ以外の曜日は全てTBSが担当するというスタ

  イルだったが、同年4月以降は5つ全ての曜日でTBSが担

  当するようになった。

 

司会  初代 増田 貴光  2代 椎名 勝己

    3代  押坂 忍   

出題者 矢島 正明

 

   長寿番組でしたが、放送時間が学校に行っている時な

  ので、観たことはありません。

 

「ヤング!おー!おー!」 毎日放送(MBSテレビ)  

          1969年7月3日~1982年9月19日

  司会 桂 三枝笑福亭仁鶴横山やすし西川きよし  

  パーソナリティ 斎藤 努(MBSアナ)

  公開収録形式のラジオ番組「歌え!MBSヤングタウン」

  のテレビバージョン。

  当初は関東では東京12チャンネルで放送、後にTBS

 

  当時は若者向けのテレビ番組がなく、この番組を「若者

  の“電波解放区”」と名付け、「彼らが興味のありそうな

  ものを雑誌のように、ブロック構成で見せる」ことをは

  かり、多彩なコーナーを短時間で次々見せていく形式を

  作った。

  会場に観客を入れて行う公開放送形式で、吉本興業の若

  手芸人と一般視聴者(観客)によるゲーム企画、吉本の

  芸人によるコント・漫才、ゲストのアイドルの歌とトー

  クなどのコーナーから成った。

  

   日曜日の18:00からの放送で、まず姉が番組のファ

  ンになり、自然と私も観ていた。今の吉本の重鎮のメ

  ンバーが、若手の時に頑張っていた番組。出演者が本当

  に凄いです。

   番組開始2年目の1970年には日本民間放送連盟賞

  テレビ娯楽番組部門銀賞を受賞するに至った。

   現在の芸人を使って、芸以外で笑わせる番組とは、違

  う、若手にも芸で勝負させるような番組ではなかった

  か。

 

「8時だよ!全員集合」  TBS  

        1969年10月4日~1971年3月27日

        1970年10月2日~1985年9月28日

  ザ・ドリフターズの冠番組

  番組はドリフによるコントが中心の前半パートと、体

  操あるいは合唱団などによるショートコントが中心の

  後半パートに分かれていた。

  前半パートと後半パートと の間には、ゲスト出演者に

  よる歌のコーナーがあった。

  番組全体の平均視聴率は27.3%で、最高視聴率は1973

  年4月7日放送の50.5%(ビデオリサーチ調べ、関東地

  区にての数値)であった。この50.5%という数値は、

  日本のバラエティ番組史上の最高視聴率でもある。最盛

  期には40% - 50%の視聴率を稼ぎ、「お化け番組」

  「怪物番組」と呼ばれ、「土曜8時戦争」と呼ばれる視

  聴率競争でもほぼ無敵の存在であった。

  1971年以降、ゴールデンハーフやキャンディーズといっ

  たアイドル系のアシスタントも登場する。

 

   私はちなみに「全員集合」は余り観ていなかった。土

 曜は習い事が2つあったので、大体帰宅が8時を過ぎてい

 た。中学になってからの方が、たまに観ていたかもしれな

 い。

 

 全員集合のゲスト出演した人の資料が有りました。

                  (全803回)

  1)小柳ルミ子  95回

  2)西城 秀樹  73回

  3)沢田 研二  68回

  4)郷 ひろみ  63回

  5)由紀さおり  60回    だったそうです。

 

「NTV紅白歌のベストテン」  日本テレビ  

       1969年10月6日~1981年3月23日

  毎週月曜20時00分 - 20時56分に放送。

  初回からカラー放送。渋谷公会堂から公開生放送。

  企画 阿久 悠

 

  「『NHK紅白歌合戦』を毎週お茶の間に」という発想か

  ら始まり、「紅白」と、いわゆる「ベストテン」形式の

  歌謡番組を組み合わせた、当時としては画期的かつ異色

  とも言える歌謡番組だった。

  本家「紅白」同様、紅組、白組に分かれて対決を行う。

  司会者は白組、紅組それぞれのキャプテンを務めてい

  た。

  白組キャプテンは堺正章が番組終了まで務めた。

              (お休みの時には井上順)

  紅組キャプテンについては、最初は水前寺清子が務めて

  いたが1クールでスケジュールの都合で交代し、その後

  暫く決まったキャプテンはおかれず、毎週出場歌手から

  1人がキャプテンを務めていた。その後は、1970年10月

  からは今陽子、岡崎友紀らが紅組キャプテンを担当し

  た。

  1980年から最後までは榊原郁恵が担当。

 

   放送翌日は、誰が1位になったとか、学校で話題にな

  っていた。

 

「巨泉・前武 ゲバゲバ90分」 日本テレビ  

         1969年10月7日~1970年3月31日

         1970年10月6日~1971年3月30日

  企画 井原 高忠  構成 井上ひさし 他

  演出 齊藤 太朗 他  監修 三木 鶏郎

  放送作家出身者である大橋巨泉と前田武彦の掛け合いで

  進行する生放送パートと、事前収録したショートコント

  のパートで構成。録画撮影によるナンセンスなショート

  コントを、アイキャッチで挟んで矢継ぎ早に繋いでいく

  演出手法を採っていた。

  「ゲバゲバ」は小説家の小林 信彦が命名。「ゲバゲ

  バ」の「ゲバ」は、当時の学生運動などで国家権力に対

  する実力闘争を表す言葉として多用されたゲバルト(ド

  イツ語)に由来する。

  当時既に低予算・タレント任せの安易な企画で粗製濫造

  されていたテレビバラエティ番組に対する警鐘として

  「ゲバルト」を用いた。そうだ。

 

  出演者全員が主役であり脇役である、が番組の基本方

  針。だから、有名役者が、簡単なエキストラにも出てき

  た。

  オープニングは、その日に出演するタレントが都内各地

  を自らの名前のプラカードを持って行進するというもの

  だった。作曲は宮川 泰。今でも色々な番組使われてい

  る。

 

  番組内のコントで多用されたハナ肇の「アッと驚く為五

  郎」、うつみみどりの「うれしいわ、うれしいわ。何だ

  かとってもうれしいわ。」は大ヒット流行語に。

 

出演者 〇第1期、第2期

    ハナ 肇小松 方正宍戸 錠常田富士男

    藤村 俊二萩本 欣一坂上 二郎

    大辻 伺郎熊倉 一雄左 卜全辻村 真人

    朝丘 雪路松岡 きっこ小川 知子

    野川由美子宮本 信子小山 ルミ七海 水帆

    〇第1期のみ

    うつみみどり吉田日出子沖山 秀子

    ジュディ・オング太田 淑子野呂 圭介

    石崎美恵子

    〇第2期のみ

    岡崎 友紀キャロライン洋子

        

   何が何でも火曜日の20:00から放送のこの番組を観

  るために、夕食も早く済ませ、万全の態勢でテレビの前

  に座っていた。

   小学生の私には、解からない事も多かったが、兎に角

  笑っていたような気がする。お風呂は番組が終わってか

  ら。

   今の日本のテレビ界のスタッフでは、二度とこの番組

  のような作品は作れないだろうと、本気に思っている今

  日この頃です。

   伝説番組である事には間違いない。出演者も凄い。

   NHKの「サラリーマンNEO」はテイストは近かったか

  な……。

   視聴率は25%は超えていたらしい。

 

「ワールドプロレスリング」  NET 1969年7月2日~

   1973年3月30日までは日本プロレス

   4月6日以降は新日本プロレスを中継

   当初は録画だったが、1970年からは生放送

   新日本プロレスの試合は、今は録画中継だが、今でも

   放送されている。