真の愛の起源を理解すれば絶対性の具体的な行為もエロス等と受け止め恥ずかしがる事は無くなる! | 聖霊のもとにーメシヤの涙

聖霊のもとにーメシヤの涙

心の中に神様が入ってこられ、いらっしゃれば心が分かります。
神様が心の中に入ってこられれば、壁も突き通して見ることができ、
じっと座りながら何千年前に死んだ聖人たちを運行させることもできます。

先回記事重要部分

 

ほんとうの最前線は聖殿食口一人一人の心の中にあります。そこにサタンの侵入を許してしまうか、キリストを立てるかという闘いです。二代王様が語られた無意識世界の鬼神を対象化して、メタノイア、つまり真の悔い改めです。それが出来なければ、サタンは確実に心に侵入したままなのです。

 

自らの心からサタンを分立すれば、キリストが立つことのできる基台をもうける心の空間が出来るのです。その心の空間にキリストが立ってくださるかどうかは、「聖父・聖子・聖霊の三位一体」のキリストを理解できているかどうかがかかわってきます。

 

キリストの様相を理解した上で、心情の動機を夜の神様の創造を始めた動機と一体とする時、お父様の聖霊はそこに臨んで立ってくださるのです。

 

そのようになった聖殿食口を、お父様の聖霊は適材適所に配置してくださるようになるのです。お父様の聖霊によって導かれたその位置、その場が、一人一人にとっての最前線なのです。

 

二代王様の作戦はお父様の聖霊が、全面的にその働きを展開できるようになる、天一国心情組織を形成することにあります。

 

その為に、二代王様は2015年から教育されてきたのです。そのことに気付いている聖殿食口は、まだまだほんの一握りです。

 

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真のお父様の完全勝利された時から、統一教会・家庭連合とはまったく次元の違う、サタンとの本質的闘いになっています。

 

その事に気付けないでいる聖殿食口が、もっとも大きな問題なのです。

 

日本サンクチュアリ協会では2021年6月に「成約時代の摂理的同時性」を発刊し、その副題に「韓氏オモニと祝福家庭の不信が再臨主の十字架(聖和)を招いた!」と付けられました。

 

しかし、韓氏オモニの背信のことは追求していますが、祝福家庭の不信がどこにあったのかは、棚の上に上げられています。

 

二代王様は無意識世界の鬼神を対象化して、真の悔い改めに至るように語られました。しかし、本気でそのことに取り組もうとしている聖殿食口は存在するのでしょうか。

 

真のお父様は「天地人真の父母定着実体み言宣布天宙大会」において、原稿にはないみ言を語られた時があります。

 

「八大教材教本は見える神様の教本で、見えない神様の教本がある。探しなさい。研究しなさい。」

 

真のお父様に絶対信仰・絶対愛・絶対服従を捧げようとするならば、それを実行しなければならないのではないでしょうか。もし、「見えない神様の教本」が探し出せていないならば、探せなくしている讒訴条件を突き止めなければならないのではないでしょうか。

 

人類始祖が堕落によって失った「絶対性教育」を、祝福家庭が探し出せないとしたならば、サタンは決して屈服しないでしょう。真のお父様も二代王様も「絶対性教育」について語ってくれていますが、それは外的形状的なみ言しか語られていません。そのみ言を、本質的に理解するには、神様の愛の起源が分からなければ、聞く側の祝福家庭が外的にしか受け止められないのです。

 

真の愛の起源が理解できれば、絶対性の具体的な行為の内容も、エロスなどと受け止め恥ずかしがることは無くなるのです。

 

今こそ私たち聖殿食口は、二代王様が入られている天一国次元の心情圏に入らなければならないのです。

 

神様が構想された理想世界が、人間の概念を越えた超越的な愛の世界です。私を批判する人たちは、空想物語とか、ファンタジーと一笑しますが、人間的な視点からしか見ることが出来ていないからです。

 

真のお父様が原理講論に「真の愛の起源」を入れなければならないと語られていましたが、この「真の愛の起源」を具体的に理解できれば、まったく新しい真実の真の愛の世界が見えてくるのです。

 

 

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