「和の会」5周年記念特別対談 宝生和英×福井利佐 vol.3
―福井さんから家元に聞いてみたいこと等はありますか?
福井:そうですね。
昔は演者の方が自分で面を彫ったりすることも
あったんですか?
ただ、最後の一彫りだけをカーンとやって
「これは僕が彫りました」ということにしてしまうことは
あったみたいですけど。
やはり必要とされる技術が全く違いますから。
いいものを知っているからといって、
いいものを作れるわけではないですよね。
また、舞台人として見る能面と、
道具として見る能面では、それぞれ見方が変わってきます。
理論に基づいた評価となると、感性だけでなく
知識も必要ですし、どんどん奥が深くなってきます。
そうすると、楽しいものではなくなってきてしまうんですよね。
―そう考えると、福井さんが能面がお好きで、
楽しく描いていらっしゃるのは大きいですよね。
宝生:福井さんの作品は、ただ面を描いているのではなく、
物語を描いているというのがあるからでしょうね。
物語抜きで考えると、面白くなくなっちゃうんです。
―福井さんは、「和の会」に関わるようになって、
能に対する印象が変わった部分はありますか?
ますます能が好きになりましたね。
観に行ける公演はできるだけ観に行って、
もっともっと知っていきたいと思っています。
面の本を見ながら、「この面が使われる演目を見たいな」
というのもありますね。実際使われているのを見ると、
また違った印象だったというのもありますし。
面をかけていると、役そのものになっているという感じで、
それがすごいな、といつも思います。
―面をかけていると、息苦しいと思うのですが、
見ている方にはそういったところを全く感じさせないですよね。
宝生:僕に関して言えば、面をかけていても苦しくないですし、
かえって楽なんです。
むしろ、面をかけていないと恥ずかしくて謡えないですね(笑)
昨年末の「乱能」で狂言をやってみて思ったんですが、
能楽師は面をつけるから何でもできるんですよね。
福井:初めて公演を観た時に、家元の声がお話している声と
舞台の上での謡の声があまりに違うので驚きました。
声の音域は広い方なんです。「船弁慶」や、
それこそ今回の「葵上」など、前半と後半で役が変わる
演目での声の切り替えは得意な方かなと思っています。
逆に、「小鍛冶」なんかはあまり得意じゃないですね。
福井:でも「小鍛冶」は動きがすごかったですよ!
宝生:昨年の企画公演の「雷電」で大分鍛えられたので、
今ならもっと動けると思います。
一番つらかったのは「鉄輪」でしたね。
かえって気持ちが入りこんでしまって。
―家元が特に心に残った公演はありますか?
宝生:「船弁慶」ですね。
何度もやっていますが、今までで一番良かったと思っています。
―何度もやっている中でも、「和の会」の公演では違う、
ということでしょうか
ご一緒できるので刺激になりますね。
能楽の中だけで戦っていても、すごく小さい世界ですからね。
自分のやっていることが、歌舞伎や演劇、絵画など、
他の芸術と同じところにある、ということを
前回はとても意識できたように思います。
―今回の「葵上」を勤める上での意気込みを教えて下さい
宝生:心構えとしてはいつもと同じですが、
品格は特に大事にしたいですね。
僕は、女性の役の時には霧がかった高原の朝のような
清らかな空気感を出したいと思っているんです。
後半も、“狂気”というよりは、京都の夜のような
不思議な雰囲気を出せれば。
「葵上」に限らず、荒い曲や怖い曲の時には、
そちらに思いっきり偏ってしまうのでなくて、
“楽しさ”や“綺麗”といった正反対の要素も
意識するようにしています。
去年ぐらいから、そうしたイメージが
少しずつ自分の中にできてきたように思うので、
今年はそれをもっと形にしていきたいと思っています。
福井:私も、今回の「葵上」の六条御息所は、
色々な文献にあるように、
鬼にはなっても気品を失わないことが
最も重要だと思って描きました。
―「和の会」の今後の展望があれば教えて下さい。
僕自身、「和の会」を通して色々な方と
交流することによって、舞台人とはどうあるべきか
ということを学んでこられたように思います。
能楽師は、小さい頃からやっていることもあって、
どうしてもライフワークの延長のようになりがちなので。
多くの、たくさんの方に見て頂く、
というより先にお弟子さんや身近な人に見て欲しい、
という気持ちだと、どうしても甘えも
出てきてしまうんですよね。
福井さんのチラシのバリエーションのように、
どんどん進化していこうとする努力をしないと
いけないなと思います。
今後は、「和の会」が一つの能楽公演のモデルケースと
なるようにしたいですね。今までは公演するだけでしたが、
いかに能楽界に影響を与えるか、ということも考えています。
ただの「家元の公演」では終わらせたくないですね。
お二人とも貴重なお話をありがとうございました。
いよいよ今週末に迫った「葵上」、
どうぞお楽しみに!