「和の会」5周年記念特別対談 宝生和英×福井利佐 vol.2
―福井さんが能面の中で一番好きなのはどの種類ですか?
福井:私が一番好きなのは、「鉄輪」の後シテでも使われた
〔生成(なまなり)〕です。
中途半端に半分人間で半分鬼というのがいいですね。
宝生:今回の「葵上」の後シテでは完全に鬼になっている
〔般若(はんにゃ)〕を使います。
福井:「葵上」の前シテの方の面は、何とも言えない表情ですよね。
少し間の抜けた感じにも見えたりするのですが。
宝生:この〔泥眼(でいがん)〕は憔悴した顔を
表しているので、覇気がないんですよね。
前回の「船弁慶」の前シテ(静御前)で使った
〔増女(ぞうおんな)〕(一般的には〔若女〕)なんかは、
鼻がシュッと通り、眼もキリッとしていて、
現在生きている女性を表現しています。
それに対して、〔泥眼〕というのは、
ちょっと〔生成〕の一歩手前のような雰囲気があって、
「葵上」の前シテで使う時には、
特にボヤーッとした感じが出ます。
福井:確かに魂が抜けかけた感じがしますよね。
今回、「葵上」のビジュアルを制作するにあたって、
この前シテと後シテの“二面性”を
出したいなと思ったんです。
それで、少しきわどい印象にはなるけれど、
思い切って二つの面を合体させた構図にしてみました。
ただ、それぞれ眼の位置などが全然違うので、
ぱっと見た時に、おかしい比率にならないように、
自然に見えるように工夫しました。
これは絵でしかできないことですね。
完成した「葵上」メインビジュアル
―今回は、撮影にも立ち会われたんですよね。
福井:はい。撮影中に家元がかけていた面を、
別のパターンでは他の方がかけたりしていたんですが、
それぞれ全然違う雰囲気に見えるので驚きました。
あと、カメラマンさんが「葵上」ということで
“葵”のような造花を用意していたんです。
他にも、蔦やつつじなど。それを見て、
そういうモチーフを持ってくるのもアリだなと。
面だけだと、気味が悪く見えそうで心配だったんですが、
こうやって周りに植物を配したおかげで
ちょっと緩和されたかなと思います。
それと、〔般若〕って、ものすごくおどろおどろしい
イメージで見られていますが、
私としてはもう少し綺麗な、芸術的なイメージで
表現することを目指しました。
とは言っても、どうしても怖い感じには
なってしまうのですが(笑)
それでも、少し違うもの、
例えば“希望”といった要素も感じて頂ければ
いいなと思っています。
宝生:能面は、それだけだととかく表情がないと言われますが、
それを演者がかけることによって
内面から表情を出していくようなところがあります。
この〔般若〕にしても、「葵上」だけでなく、
「紅葉狩」や「黒塚」など、
色々な曲の“鬼”に使います。
でも、同じ面を使っても、それぞれ全部違う鬼なんですよね。
面だけでとらえてしまうと、全部同じ絵になってしまう。
福井さんの絵は、面を表面的にトレースしたのではなくて、
面の持つ潜在的な力がとても良く表現されていますよね。
福井:能面は、人がかけている状態で完成するものなので、
ただ能面をドーンと描いただけでは
勝負しきれない部分もあります。
例えば、この「鉄輪」の図柄も、〔生成〕の面に加えて
“乱れた髪”という要素が入ってこないと、
やっぱり物語が立ち上がって来ないんですよね。
2011年「鉄輪」メインビジュアル
―前回の「船弁慶」のビジュアルも印象的でしたね。
福井:やはり、チラシだと一枚絵でどこまで中身を
伝えることができるか、というのがあって。
「船弁慶」も、お話を知らない人に向けて、
何を伝えるべきか考えました。
海を表現したり、魚を入れたり……説明的になるので
本来はあまり好きではないのですが、
チラシのビジュアルがそのまま情報源にもなるので、
そうした表現も時には必要だと思っています。
船弁慶の後シテ(平知盛の亡霊)については、
装束をつけて動きを見せて頂いた時に、
この髪の部分(カシラ)の動きが、海草にも見えて、
そこで海の表現もできるな、と。
宝生:同じ黒ガシラでも全然印象が違うんですよね。
「船弁慶」と「小鍛冶」の前シテ(童子)の髪は、
全く同じものを使っているんですが、
全然違うように見えますから。
福井:本当は面の絵だけで勝負したいところなんですが、
色々アイディアが出てくると
私自身楽しくなってくるので(笑)
“化け物感”が出るように、それまでは、正面向きの構図で
勝負していたのを、振り向きざまのような角度にしてみたり。
あとは、バリエーションも意識しています。
前回このパターンはやったから
今回は違うようにしようとか。
毎回違うものを出していきたい、というのがあります。
2012年「船弁慶」メインビジュアル
―和の会のメンバーも、毎回福井さんのビジュアルを
楽しみにしていて、それを見てから
「さあ、本番に向けて頑張ろうかな」と、
やる気をもらっています(笑)
福井:あぁ!その感じはわかります。
私も、昨年自分の個展でデザイナーさんに
チラシを作ってもらった時に、
チラシで個展の雰囲気が“決まる”というのを
味わいました。そのチラシの頑張りによって
“これは失敗できないな”という、
最初の発破をかけられるというか。
これだけ頑張っているんだから頑張ろうっていう
一体感が出てきますよね。
宝生:それこそ、チラシのビジュアルは、
企画そのものの“顔”になるものですよね。
今までの能公演のチラシは、どうしても舞台写真を
メインにしたものが多かったですから。
作成者も、その曲の内容を写真によって見せるという
以上の意図はないと思うんです。
和の会では、前回は『平家物語』、
今回は『源氏物語』というように、世界観も含めて
楽しんで頂きたいというコンセプトがあるので、
福井さんのチラシのビジュアルは
大きな意味があると思っています。
―能楽堂の公演チラシのラックの中でも
間違いなく目立っていますよね。
福井:私も、他の公演のチラシはいつもチェックしていて、
他と同じ感じにならないよう、
自分ならではの表現をしていこうと気をつけています。
【この続きは次回の更新でアップします】