「和の会」5周年記念特別対談 宝生和英×福井利佐 vol.1
――2009年に発足した「和の会」も今年ではや5年目。
第1回より公演の“顔”となっているのが、
切り絵作家・福井利佐さんの作品です。
今回は、5周年を記念して
「和の会」の主宰者である宝生和英宗家と
これまでの活動を振り返りながら、
―最初に福井さんが「和の会」に関わることになった
いきさつを教えて下さい
福井:もともと能面が好きで、写真集を見たり、
国立能楽堂や国立博物館に展示されているものを
見に行ったりしていたんです。
作品としても、能面をモチーフにしたものは
何点か作っていました。
その作品集を見た「和の会」のスタッフの方から、
声をかけて頂いたのがきっかけです。
―能公演のビジュアルを、という依頼について、
戸惑いなどはなかったですか?
福井:なかったですね。
能面好きとしては、願ったり叶ったりなご依頼でした(笑)
能面もピンからキリまであると思うのですが、
最初に博物館などでいいものを見た感動があったのが
良かったのかもしれません。
―「和の会」に関わるようになって、
特に印象に残ったことは何ですか?
福井:やはり第1回の時でしょうか。
資料用に初めて能面や装束を間近で見せて頂いた時は
大興奮でした。
―第1回公演といえば、「羽衣」の天女が
クライマックスで纏う長絹(ちょうけん)の
鳳凰も福井さんに描いて頂くという
大きなプロジェクトもありました。
宝生:あれは、急遽お願いしたんでしたね。
「和の会」を発足して、とにかく自分が今できることを
形にしていきたいと様々な試みをする中で、
何か舞台に関わるものも残せたらと思ったんです。
そこから、今の感性で鳳凰を福井さんに描いて頂いたら、
どんな長絹になるんだろうという興味が湧いて……
という、完全に急な思いつきでした(笑)
福井:あの時は、絹に描くことが初めてで、
染め物屋さんに話を聞きに行ったりして
ものすごく試行錯誤しました。
鳳凰は金色という決まりだったので、
コストを考えて本物の金ではなく、
アクリル絵の具の金色を使ったんですが、
それでもけっこう高価で。
しかも前と後ろ両方に描かなければならなかったので、
すごい量が必要になりました。
宝生:結果的に、程よい金色で、
でも舞台に出るときらびやかに見える、
良い仕上がりになりましたよね。
福井:日本画の手法で色を定着させようとしたんですが、
絹が波打ってしまって大変だったんです。
あのあと、着物のメーカーさんとほかのお仕事で
ご一緒する機会があって。
ちゃんと絹に描く方法というのがあるんですよね。
今ならもっとちゃんと描けると思います。
―当時、福井さんは妊娠中でしたね
福井:手描き鳳凰を制作していた時は、
つわりがある時期だったこともあって、
そういう意味では大変でした。
膠(にかわ)を初めて使ったんですが、
嫌いな匂いというわけではなかったものの、
匂いがきつく感じられて。
宝生:あの匂いは好き嫌いがありますよね。
福井:火にかけて溶かす時に、ものすごく匂いが立つんですよね。
それがちょっと獣のような匂いのせいか、
飼っている犬が興奮しちゃって激しく吠えるんですよ。
吠えられながら、部屋中に反物を広げて制作していたのを
覚えています(笑)
宝生:色々すみませんでした(笑)
でも、反響もすごくありましたし、
本当にお願いして良かったと思っています。
福井:いえいえ、私のほうも本当にいい経験になりました。
あの時は、切り絵のお仕事があまり入っていなかった
時期だったので、ちょうど能のことに専念できたんです。
和の会のスタートが子どもが生まれた年と同じなので、
思い出深いですね。一緒に成長しているようで。
完成した“手描き鳳凰”の長絹は本番の舞台でも使われた
―切り絵の方の制作の流れを教えて下さい
福井:まず、資料写真を撮らせて頂いて、
そこからしばらく寝かしておくんです。
その間に、文献などを読んだりしてイメージを
膨らませていきます。
構想に沿ってラフ画を何枚も描いているうちに、
「これかな」と思う形になってくるので、
決まったら清書をして、切り抜き作業、
最後に着色です。
―制作にかかる時間はどのぐらいなのでしょうか?
福井:和の会の作品は、他のお仕事よりも時間をかけていますね。
一番時間がかかるのは、やはり構想の段階で、
実際の制作日数は一週間ぐらいなんですが、
そこまでが時間がかかりますね。
ギリギリになってくると、色付けも夜通しの作業になって
「本当に終わるのかな…」と思います。
切る作業は終わりが見えるんですが、
色付けは終わりが見えないんですよね。
色が多すぎても少なすぎてもいけないので、
作業中、何度も迷宮入りの気分になって……
でも不思議なもので、必ず「これ以上やっちゃいけない。
これで終わり」という瞬間が訪れるんです。
―年々作品のサイズが大きくなっているのは
何か理由があるのでしょうか?
福井:顔の中の表現を描きこもうとすると、
細かい線が増えるので、大きくしないと
切り抜けなくなってしまうんです。
でも、公演当日に能楽堂のショーケースに
飾っていただくのですが、
そろそろスペース的にサイズが限界になりそうなので、
これ以上は大きくはしません(笑)
―福井さんの原画の展示は、毎回ご来場の方に喜んで頂いています。
福井:ああいう形で原画が展示できるのは、
とても恵まれていると思います。
あのショーケースのスペースも、重厚感があっていいですよね。
宝生:あそこはどうも作りに色々問題があって、
搬入作業が毎回大騒ぎになってしまうんですが……(笑)
福井:公演前日は、家元が自ら率先して
搬入作業をされてますものね(笑)
―「小鍛冶」の時に、演目にちなんで真剣も一緒に
展示したのも印象深いです
宝生:あれは凄みがありましたね。
搬入の時、気をつけないと足が切れてしまいそうで、
ドキドキしました。
福井:刀の持つ力もすごかったですね。
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