いろんな旅をしてきました。
精神的な旅です。
人間のわたしは、動かない人だなあと思っています。
そういう人生でした。
心は、いろんなところへ行きました。
いろんなところで、自分はいったい、何なのかを、知りたかったのかもしれません。
それも後付けみたいなもので、そのときは、何かわからないけど、ここには何かがある、と思った……のかもしれません。
それらひとつひとつは素晴らしいものだと思うけれど、わたしの奥底は、通り過ぎていきました。
ようやく、ここだと思ったそれは、実は、まったく動いていない、ここだった、とわかりました。
阿字の子が阿字の古里立ち出でて
また立ち帰る阿字の古里
弘法大師空海が、日本に伝えてくださった、阿字観瞑想は、『阿』という、一字を観想します。
『阿』を想いながら、『月輪』をみつめながら、『阿』をみつめ、阿に向かう。
わたしは、ただの凡夫なので、先生に教わり、そしてひっそり実践しています。
便宜上、『阿に向かう』と表現するけれど、阿はいつも、ここにあります。
わたしは、いつも阿にいます。
わたしはかつて、星を見上げて、ここからは遠くの遠くの星に、思いを馳せました。
故郷の星は、天の川銀河の、アルクトゥルスの、シリウスの、プレアデスの、ベガの………
いろんなことを思いました。
それでも、わたしの心の奥は、癒やされなかったのです。
他の皆さんは、それで癒やされても、わたしはそうではなかった、と気づきました。
みんなそれぞれでいいんだな、と思いました。
わたしのふるさとは、『阿』です。
わたしは阿字の子でした。
深い深い、みえないむこうは、とてつもなく、静寂です。
あまりに生きづらく、苦しく、悲しいことがたくさんありました。
星に癒やしてもらおうと思っていました。
いまでもすばるは、だいすきです。
子どもの頃、図鑑をひっぱりだして、すばるの写真をずっとずっと、飽きもせず、眺めていました。
お大師さまも、すばるを見上げていたでしょうか。
何も動いていなかった。
何も動いてないここで、人間のわたしが生かされています。
動いているのだろうけれど…。
わたしの古里は、『阿』なのだ、とわかったとき、とても、とても、平安を感じました♡