皆さんこんにちは。
神戸市灘区の個別指導塾、
WinStar個別ONEの北浦です。
今年一番の台風接近でドキドキしますね。
どうかこれ以上悲しい出来事が起こらないようにと切に願う今日この頃ですが皆さんいかがお過ごし?
前回に続いて北浦クロニクル2。
お前の年代記なぞ1ミリたりとも興味ないね!
なんて言わずに我慢して読んでくださいませませ。
(↑さだまさし風)
さて、
前回は高校2年のボクが天王寺といううす汚れた街で運命の堀江先生に出会い、
はもんノートという勉強をスタートしたところまでお話ししましたね。
そのはもんノート、
いざ始めてみたもののまぁーしんどい。
何せ中学3年のテストでdogをbogと大真面目に書いてしまうくらいの低スペックのボクですから、
短めの英語長文の全てに
S:主語
V:動詞
O:目的語
C:補語
M:修飾句
をふっていき、
さらに名詞節には[ ]、
形容詞節には( )、
副詞節には< >を付け、
その上で全文和訳なんて出来るワケもなく。
やり始めた当初はなんのこっちゃ分からず、
とりあえず「一応やってるね」と思われる程度にはノートを埋めて、
時には毎日出来ずに夜中半泣きになりながら溜まった分を消化していき、
なんとか7題を終わらせて週に一度のチェックをドキドキしながら迎え、
同じくよく分かっていない仲間達とあーでもないこーでもないと話し合い、
最初の一冊目は今見返しても恥ずかしくなるような出来映えでした。
堀江先生もよくもまぁ許してくれたモンです。
今でも勉強の出来ない子、
やる気のない子の気持ちが痛いほど分かるのは、
きっとこの時の経験が生きてるんでしょうね。
当時の自分には「俺は勉強が出来る」なんて気持ちは一ミリもなかった。
堀江先生から「お前はどうしようもないバカなんだから、バカなりにこつこつやるしかないんだよ。どんなバカでも続ければそれなりにモノになるもんだよ。」なんて言われたのを信じて続けたことが、
きっと今の自分の根底に染み渡ってるんだと思います。
出来ないなりに毎日毎日続けて、
ノートが2冊、
3冊と増えていくにつれてようやく英語の構造というものが分かってきました。
とにかく分からない時というのは万事において“なんとなく”なんですよね。
日本語に訳すのもなんとなく、
単語を選ぶのもなんとなく、
そもそも英語というのはこういうもんなんだから、
ここにはこの言葉しか入りようがないんだなんて感覚は微塵もない。
自分の中に『英語勉強法』という確立された理論もなく、
やれと言われたことをただひたすら続けるだけ。
それでも毎日バカなりに考えて考えて考え続けてると、
気が付けば“なんとなく”という感覚が無くなってきてるんですよね。
思えば偏差値35の人間に対するあの苦行のような課題も、
毎日させることによって少しでも“なんとなく”を無くしてやろうという考えだったんだろうなと今では思います。
これは仕事に対しても言えることですよね。
なんとなくやって上手いこといっても、
次には絶対に同じように出来ない。
上手くいった理由を考え、
“なんとなく”から“こうしたからこうなった”と言えるようになって初めて仕事もスキルアップしていくもんで。
とにかくまぁ、
この時の体験が今の自分の“脱なんとなく”という指導の根底になってるワケなんですよね。
はもんノートが2冊目に入って少しした時、
初めて学校のテストで平均点の少し下を取れるようになりました。
“どうしようもないバカ”から“少しバカ”に昇格した瞬間でした。
続く
神戸市灘区の個別指導塾、
WinStar個別ONEの北浦です。
今年一番の台風接近でドキドキしますね。
どうかこれ以上悲しい出来事が起こらないようにと切に願う今日この頃ですが皆さんいかがお過ごし?
前回に続いて北浦クロニクル2。
お前の年代記なぞ1ミリたりとも興味ないね!
なんて言わずに我慢して読んでくださいませませ。
(↑さだまさし風)
さて、
前回は高校2年のボクが天王寺といううす汚れた街で運命の堀江先生に出会い、
はもんノートという勉強をスタートしたところまでお話ししましたね。
そのはもんノート、
いざ始めてみたもののまぁーしんどい。
何せ中学3年のテストでdogをbogと大真面目に書いてしまうくらいの低スペックのボクですから、
短めの英語長文の全てに
S:主語
V:動詞
O:目的語
C:補語
M:修飾句
をふっていき、
さらに名詞節には[ ]、
形容詞節には( )、
副詞節には< >を付け、
その上で全文和訳なんて出来るワケもなく。
やり始めた当初はなんのこっちゃ分からず、
とりあえず「一応やってるね」と思われる程度にはノートを埋めて、
時には毎日出来ずに夜中半泣きになりながら溜まった分を消化していき、
なんとか7題を終わらせて週に一度のチェックをドキドキしながら迎え、
同じくよく分かっていない仲間達とあーでもないこーでもないと話し合い、
最初の一冊目は今見返しても恥ずかしくなるような出来映えでした。
堀江先生もよくもまぁ許してくれたモンです。
今でも勉強の出来ない子、
やる気のない子の気持ちが痛いほど分かるのは、
きっとこの時の経験が生きてるんでしょうね。
当時の自分には「俺は勉強が出来る」なんて気持ちは一ミリもなかった。
堀江先生から「お前はどうしようもないバカなんだから、バカなりにこつこつやるしかないんだよ。どんなバカでも続ければそれなりにモノになるもんだよ。」なんて言われたのを信じて続けたことが、
きっと今の自分の根底に染み渡ってるんだと思います。
出来ないなりに毎日毎日続けて、
ノートが2冊、
3冊と増えていくにつれてようやく英語の構造というものが分かってきました。
とにかく分からない時というのは万事において“なんとなく”なんですよね。
日本語に訳すのもなんとなく、
単語を選ぶのもなんとなく、
そもそも英語というのはこういうもんなんだから、
ここにはこの言葉しか入りようがないんだなんて感覚は微塵もない。
自分の中に『英語勉強法』という確立された理論もなく、
やれと言われたことをただひたすら続けるだけ。
それでも毎日バカなりに考えて考えて考え続けてると、
気が付けば“なんとなく”という感覚が無くなってきてるんですよね。
思えば偏差値35の人間に対するあの苦行のような課題も、
毎日させることによって少しでも“なんとなく”を無くしてやろうという考えだったんだろうなと今では思います。
これは仕事に対しても言えることですよね。
なんとなくやって上手いこといっても、
次には絶対に同じように出来ない。
上手くいった理由を考え、
“なんとなく”から“こうしたからこうなった”と言えるようになって初めて仕事もスキルアップしていくもんで。
とにかくまぁ、
この時の体験が今の自分の“脱なんとなく”という指導の根底になってるワケなんですよね。
はもんノートが2冊目に入って少しした時、
初めて学校のテストで平均点の少し下を取れるようになりました。
“どうしようもないバカ”から“少しバカ”に昇格した瞬間でした。
続く