「なにか食べたいものはありますか?」
スターバックスを出て僕は訊(たず)ねた。
タメ口で良いと言われてはいたものの、
気を抜くとつい敬語が混じってしまう。
「ハンバーガー」と彼女は言った。「美味しいハンバーガーが食べたい」
「たしかに」と僕は言った。「どうせ食べるんなら美味しいものがいいですね」
「それって嫌味? 水星の角度的に、
あなたはそんなこと言うタイプじゃなさそうだけど」とサラさんは言った。
僕は彼女の言葉には応じずに、
「前から行きたかったハンバーガー屋がこの先にあるので、
そこに行ってみましょうか」と言った。
彼女が肯くと赤いフェザーピアスがまた揺れた。
僕たちは坂を下って大きな交差点を渡り、そこからまた数分歩いた。
5月のうららかな光が街を包んでいる。
平日のランチ帯だけあって道はそれなりに混んでいた。
それぞれの人々がそれぞれの目的のために、どこかに向かっているのだ。
「並んでいるようね」
店の前に着くと、彼女は軽くため息をつきながら言った。
「平日は並ぶほどではないと思うんですけど……。
ひとまず中に入って何人くらい並んでいるか見てきますね」
彼女の返事を待たずに僕は中に入り、レジ前のエクセルで簡潔に作られた表を見た。
僕たちの前に3組の名前があった。
ざっとテーブルを見渡してみると、まだ食事をサーブされていない客が大半だった。
「3組で、合計7人」僕は店を出て、外で待っていた彼女に言った。
「微妙なところね」と彼女は応じた。
「待てなくもない人数ですけど、店内の様子的に、
すぐに呼ばれるわけでもなさそうです」と僕は同意した。
「まだ料理が出されていない人が大半だったので」
困ったわね、というように、彼女は肩を少しだけ上げて、眉の角度を変えてみせた。
「もし、嫌じゃなかったら」と僕は枕詞をひとつ置いた。
「代々木のバーガー屋に行ってみませんか?」
「美味しいハンバーガーが食べられれば、私はどこでもいいわ」と彼女は言った。
「この店より美味しいかは分からないけれど、
すぐに座れることは間違いないです」
よく行く店なので、たいてい空いていることは分かっていた。
「いいわよ」と彼女は言った。「お散歩がてらね」
先ほど店内で肉の焼ける匂いに触れて、
僕は無性にハンバーガーを食べたくなっていた。
僕たちは山手線に乗って渋谷と原宿をパスしてから代々木で降りた。
電車で会話らしきものはなかった。
僕が彼女のフェザーピアスを褒めて、彼女が「ありがとう」と言ったくらいだった。
彼女から香ってくるフレグランスが柔らかく彼女を包んでいるように感じた。
駅に着くと、僕はiPhoneをかざし、
彼女は赤いカードケースをかざして、改札を出た。
他の乗客に混じって、僕たち二人の電子音が小気味よく響いた。
予想どおり店は空いていた。
代々木駅周辺のサラリーマンやOLは平日の昼にはハンバーガーを食べないらしい。
あるいは近くにあるフレッシュネスバーガーに流れているのかもしれない。
僕がオリジナルのバーガーをひとつ頼むと、「それをもう一つ」と横にいた彼女が加えた。
「セットでコークとフレンチフライをください。それと―」僕は彼女の方を見た。
「わたしはアイスティーとポテトで」と彼女が言った。なぜか少し照れくさそうに。
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