youtubeのバラエティ番組を視聴中していた深夜1時ーー
「俺は俺にしか興味ないから」
その言葉を聞いた瞬間、ものすごく大きな声を出して笑っていた。
もちろんトーク相手の女性は彼に向かって「最低!もっと周りに興味持ちなさいよ」と言った。
そりゃそうだろう。だからこそ自分は、思っていたとしてもそんなことは口にしない。
でも彼がそう言ってくれたことで、自分はちょっと救われた。
だって私も、私にしか興味を向けてないからーー。
だけど、誤解されては困るのでね、ついでに言い訳も聞いて欲しい
私のホロスコープは1ハウスにステリウム(天体が複数集中していること)がある。
ホロスコープの1ハウスは「自己、アイデンティティ」の部屋で、そこに太陽があったり、天体が集中していたりすると「自分の在り方」や「自己実現」「自分磨き」にその人の人生の重きが置かれる。
でも、「じゃあ自分って何?」とか「それは自己中と何が違うの?」って話になるよね。
実際に1ハウスが強くても「自分らしさ」が何なのか「自分は何をしたい」のか、分かっていない人はよくいる。でもね、そんなひとたちも、聞き方を変えると途端に1ハウスらしさが浮き彫りになる。
「ねえ、今度○○やってよ。実は困っててさ、手伝ってくれる人探してるんだよね。今は興味ないかもしれないけど、やってみたら出来るんじゃない?やってよ」
そうするとね、高確率で「あーそれはやりたくないですね……」って返ってくるの。
そりゃそうだよね、だって“自分で決めて動く”のが重要だって思いはちゃんとあるんだもん。だから他人から与えられると「なんか違う」が出ちゃう。「それ私がやらなきゃダメなの?」ってね。わかる。
だからね、1ハウスの人はやりたくないことは出来ないし、自分らしくない在り方にも我慢出来ないから、
「自分は何をしたいの?」
「自分らしさって何?」
って方向に意識を向けることが大事なんですよ~ってこと。
自分勝手とはちょっと違うし、利他的ともまたちょっと違う。それはたぶん「順番の違い」みたいなものだと思う。
だから、自分はこう在りたい!て進んだ道の先が、周りの人たちの幸せにつながっていることだってある。そう考えるとさ、存分に自分に向き合って生きていいじゃん。ね、そうしよう。
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ちなみに私の例で簡単に言うと……
私は1ハウスに蠍座があって、そこに3つの惑星が入っている。
この蠍座サインはひとことでいうと「対象と一心同体化したい」欲求がある。芥川龍之介でいうと「この頃ボクは文チャンがお菓子なら頭から食べたいくらい可愛い気がします」ってこと。つまり、表面だけじゃなく、全部、全て、味わい尽くしたいってことだね。
で、それが1ハウス(自己・アイデンティティの部屋)にあるってことは、自分が芥川龍之介であって文チャンでもあるので、自分自身のなかにずぶずぶ潜っていく。
でもこれはただ自分の世界に籠もるっていう意味じゃなくて、自分の中に、これまで出会ってきたたくさんの人や物、思い出や感情、宝物やちょっとイヤな物が、ちゃんと存在していることを確かめる行為っていうのかな。
そうした自分の中に在るたくさんのフォルダの中から、気になるところにアクセスして、今度は自分じゃない誰か(何か)の中に入っていく。そして、そこでまた自分って何だろう?を見つける。
その「自分って何だろう?」を蠍座風にいうと、「まだ一心同体化出来ないのはどうしてだろう?この人と私は何が違うんだろう?」ってものを探すことなんだと思う。
だから、自分→相手→自分→相手のループをぐるぐる繰り返す。たとえ身体は1ミリも動かなかったとしても、心の奥を回遊してるの。静かに、深く、海の中を泳ぐみたいに。
そうしているうちに、自分を深く知り、相手のことも深く考え、自然と深い共感を生み出すってことになる。
このプロセスが多分、私の「自己実現」で「自分らしく生きる」ことなんじゃないかな、って。最近になってようやく、なんとなくだけどそう思ったりしたわけです。
ちなみにこの時、1ハウスの向かい側には7ハウス(他者の部屋)があるので、自分のことを掘り下げてたら、いつの間にか相手への理解度も上がっているってことが起きたりする。
そこまでいったらもう、「自分に意識を向ける=自己中心的」って……言えなくね?(煽るな)
だからね、もしかするとあの時、
福山潤さんが言った「俺は俺にしか興味が無い」は、
「だからこそたくさんの人(物)を通して自分を見ている」
「他者を無視してるとは言っていない」
って意味もあったのかもしれないよね。
……ま、分かんないけどね。
そこはもう、本人のみぞ知る話😌