「なんで産まれてきたんだろう…」


30年間生きてきて


何度、思ったかわからない。



そして

今日。


私が望んでココに来た。



と、お腹で感じた。


『自分が望んできてるんだよ』

なんて言葉は

何百回も聞いてきた。



けど、

自分の中でそれを

実感として

感じたのは

初めてかもしれない。



そしたら
なんか

涙が溢れてきてね。



地球で出逢うことを約束した人たちがいたことも

本当はわかってたんだねえ。




私は本当に
子供の頃から
人間関係が苦手だった。


友達も先生も嫌になって


保育園を抜け出して
子どもの足で
約1キロある両親のお店まで
逃げて帰ってきたくらいだ。

身内同士の集まりでも


『ほしがいない時はみんな平和に遊んでるのに、ほしが入ると絶対に喧嘩になる!』

と、よく言われたりもして(笑)


本当に問題児だった。

自分が何故こんなに出来ないやつなのか

自分が何故こんなにやばいのか

何故こんなにいるだけで迷惑をかけるのか

何故、自分がこんなに攻撃力が高いのか

わからなくって苦しんだ(笑)



でもワタシは
誰かに評価されてたまるか!
って思ってたんだなあ(笑)

周りにも
こんなやばくても生きられる!
って無意識に言ってたのかなあ(笑)


産まれてからずっと
自由に生きたり、
その自由を間違えたりしながら

いろんなことを学んで


なんとかここまできたのだなあ。



お疲れ私ハート


生きている時間のほとんどが嫌だなと
思って生きてきたかもしれない。



なんでこんなにしんどいのに産んだの!


なんて
親を恨んだ事もいっぱいあったけど


自分が望んでいたんだねえ。



望んだから

ココにいるんだね。




カタチのないワタシが

カタチになることを望んだんだ。


そして

カタチになったんだ。


望んで
望まれて

ワタシはカタチになった。




そう思ったら
もっともっと楽しみたいと思ってね。



何を楽しみにきたの?
何を味わいにきたの?
何を感じにきたの?


ぜーんぶ感じたい!と思ったの。




私のことが

更に愛しい存在になったよ。



昨日のブログにも書いたことだけど


自分が嫌いだとか
自分には魅力がないだとか
自分には価値がないだとか


そんなことは

どうでもいい。



ワタシが望んでそして望まれて
ワタシは一生懸命カタチになって
私になったんだ。


そう思ったら

愛しくてたまらないでしょう。



伝わるかな?



魂が震えるんだよ。




だから私は

これからはもっと


誰かに評価なんかされてやんないハート