先日、人からもっと自分が何者なのかをちゃんとブログで書いたほうがいいと言われました。

別にこれといってドラマチックなバックボーンがあるわけでもなく、その時々で、自分のアンテナに引っ張られるように生きてきたというだけなので、読んで楽しいか? っていうのが、率直な気持ちなのですが、



今日は、6時56分に双子座にある太陽と獅子座の木星が60度

加えて、16時30分には双子座の火星に牡羊座の天王星が60度


気軽にネットとか使って自己表現してみたらいいんじゃない? って流れなので、やってみます。
楽しいかどうかを決めるのは、読んだ人だし。



とりあえず、子どもの頃のこと。


ずっと中流家庭で育っていたのだと思ってました。

が、社会に出てみたら、どうやら中の下流くらいな感じだったらしい。

なんで中の下流かと気付いたかというと、社会に出て、職場の同僚と寮で生活していて、いろいろ噛み合わないことがあったから。

どうやら、結構、うちは経済的に大変だったらしい。
うすうすは知ってたけど、そこまでとは思ってなかったというか。


それを知らずに育ったのは、ひとえに母の明るさと努力の賜物

ひと冬、灯油を使わず過ごすとかあったけど、どこまでやれるかチャレンジ!みたいなゲーム感覚で、悲壮感ゼロだった。

母は、乳飲み子の頃、東京大空襲で焼け出され、着の身着のまま電車に割り振られたそうで。(叔父談)
東北まで行ったけれど、縁もゆかりもなく冬越すのは難しいと流浪の末、たまたま親切な人のご縁で北関東に住み、母と子3人でその日暮らしの生活から這い上がった人。


その中から「明日のお米がある幸せ」と「父がいる家庭」は彼女にとって、幸福の象徴だったのでしょう。

サラリーマンの父と結婚して、一応定期収入あるし、何より父がいる家庭というのを、何より大事にする母でした。

子どもは、親とは違う、思ったとおりに自由に枝葉を伸ばすべきだという考えも持っていたので、あれやれこれやれと言われたこともないです。

実際、子ども心に、エゴで子どもに向き合う友だちのお母さんとか見て、うちのお母さんで良かったーと思ったもんです。

自分みたいに面倒くさい気質の子どもは、ああいうお母さんじゃ無理だったなとか、思ってました。

母が、自分よりも私がどうしたいかをいつも尊重してくれていたのが、よくわかっていたのでね。



が、ずっと苦しかったのです。

自分の中のモヤモヤの正体がつかめず。

こんなにいい人に育ててもらって、なんで私はこうなんだろうって。

壮絶な幼少期を過ごしたわけでもないのに、何をしても満たされず不安な自分は、単なる甘ったれなのか、どこかおかしいのかなーと。

6歳の誕生日に、夕方風に吹かれながら空の月を見上げて、どうやって生きていったらいいんだろうと考えるような子だったので。

こんなに祝ってもらえてるのに、何かが違う。

その戸惑いと後ろめたさ。
いつも心はいっぱいいっぱいで張りつめてて。



小学生中学年頃になると、成長の過程もあって、だんだん一人の時間を持って内省することが多くなりますが、毎晩、双眼鏡片手に夜空の星を見てました。

望遠鏡でなく、叔父から譲ってもらった双眼鏡が、覗きっぽくて一見怪しいのですが、温かいご近所様のおかげでクレームもなく、星空を堪能できて、今思えばありがたかったなー。

星を見ていると、宇宙空間にひとりで浮かんでいるような感覚があって、でも、それが孤独じゃなくて、安らげたのです。

貴重なエネルギーチャージの時間でしたね。

だからもっと近くで星を見たくて、自然の豊かさに目が向いたり、星と人の営みの起源にさかのぼってみたくなって、調べているうちに占星術に出会ったのです。

実際に、本格的に勉強するようになるのは、数十年後ですがwww



今、思えば、あの寄る辺ない不安は、細かく見ていくといろいろあるけど、やっぱり家族との月の相性が大きかったな、と思います。

私は、太陽が獅子座で月は蠍座。

父は、太陽が水瓶座で月は獅子座。

母は、太陽が双子座で月も双子座。

弟は、父と同じ。


太陽星座だけの雑誌の相性占いでは、そこそこいい感じですが、月を考慮に入れると「………。」です。

相性にいい悪いはない!というのが持論ですが、葛藤を生みやすい相性というのは、確かに存在しています。

私の場合、火と風で燃え上がる家にひとりだけ水。

Asc(生まれた時に、地平線から上がってきた星座)も射手座なので、一見、一緒にいけいけ~!っていけるのですが、常に内面ではそのペースに乗れない月が無理無理を連呼しているという形。

水は水でも、さらさら流れられればいいんですが、蠍座なので溜池気質なのですね。

自由に選択する以前に、ただただ抱きしめてもらうほうが先の子だったのですが、年子だったのと、一人遊びが得意な子も多い不動宮の月ってのが、ネックだったなーと。

母の愛情表現に一所懸命合わせて、選ぼうとがんばってました。

密着感のある愛情で「ここにいていいんだ。」を実感してからじゃないと進めないタイプだったのに、見た目にはそういうタイプに見られないので、まあ、仕方なかったなと思います。

月のサビアンシンボルも蠍座の5度「大きな岩場の海岸」で、感情抑制が強かったこともあり、大丈夫です!と手がかからない子を演じていることに自分でも気づかない。


選びたくても選ばせてもらえない友人を見て、気の毒に思ってたけれど、選んで飛び出すには安定した基盤が必要だったのに、それが危ういまま飛ぼうとがんばってた自分は、方向性が違うだけで、似たようなもんでした。


誰も悪くないのです。
ただ、気質がかみ合わなかっただけ。


それと、相手の意を必要以上に汲み取りやすい気質がゆえに、本音を言わずに溜め込み、勝手に自家中毒に陥っていただけなのですが、それに気づくまでには、ながーい道のりが必要だったのですねー。

ちなみに、噛み合わなかったこと=悪いでもないです。

それゆえに、私は社会に出て、いろいろ獲得していくことになるので、それが私にとって必要な経験だったのでしょう。

ってところで、今日はこのへんで♪

あ、下の絵は、そんなことを考えながら、以前に描いた絵です☆