「本音を知ることが大切」

 

「本当の自分とは」

 

「答えは自分の中にある」

 

会社を辞めることを考え始めた頃、私はこういう言葉をよく目にした。

 

正直なところ、私はこの言葉が苦手だった。

 

「本音って言われても、分からない」

 

「答えが分からないから苦しいのに」

 

と思っていた。

 

自分の中を探しても探しても、


「これが私の本音です」と言えるものが見つからない。

 

だから、いろんなことを学んだ。

 

自分を知るために。


自分の才能を知るために。


自分の使命を知るために。

 

もっと深く掘れば、


いつか「本当の自分」にたどり着けるんじゃないかと思っていた。

 

そして、深堀したおかげで、やっと分かった。

 

私は、


本音が分からなかったんじゃなくて、気づきたくなかっただけ。

 

「こうしたい」と願ったら、


それを叶えなきゃいけない。


叶えられない自分を見たくない。

 

「これが欲しい」と認めたら、


手に入れられないと、かっこ悪い。

 

だから、願わない方が楽。

 

そんな思いも余計ややこしくしていた気がする。

 

 

「きれいになりたい」


「おしゃれしたい」


「友達が欲しい」


「おいしいものを食べたい」


「旅に行きたい」

 

そんな「ただの欲っぽいもの」を願う自分より、

 

「人の役に立ちたい」


「誰かのためになりたい」


「もっと立派なことをしたい」

 

と思っている自分のほうが、


崇高で「ちゃんとしている」気がした。

 

だから私は、


自分の本音を探しているつもりで、

 

本当は、自分の本音を認めることから逃げていたのかもしれない。

 


 

本音って、もっと特別なものだと思っていた。

 

 

だけど、掘って掘って、たどり着いたのは、

「もっとお肌に手をかけてあげたい」


「おしゃれしたい」


「友達が欲しい」


「おいしいものを食べたい」
 

「旅したい」


そんな、びっくりするほど普通の願いだった。


本当は分かっていたのに、認めたくなかっただけ。

 

余計なプライドが、色んなものを複雑にしていた。

 

でも、今は思う。

 

「そんなこと」でよかったんだ。

 

本音は、人生を変えるような大きな答えじゃなくてもいい。

 

今日食べたいもの。


着てみたい服。


行ってみたい場所。

 

そういう小さな「こうしたい」を、

「そんなこと」と笑わずに拾ってあげる。

 

私にとって「自分の本音を生きる」というのは、そんなこと。

 

小さな本音を叶えた先に、また違う自分が待っている気もする。