みぎ、ひだり関係なく


単に思うこと


真に争いごとを避け


平和を祈るのなら


またそのような世界を本当に望むのならば


防衛をする必要のない世界にして行くことが先決なのではなかろうか


そもそも防衛とは何のためにあるのか


自国をまもる


でも何から?


真に平和と言うのなら


また平和を。。。と言うのなら


なにゆえ他国が攻めて来る前提なのか


それは平和と言えるのか


またなぜ他国を攻める必要があるのか


それっておかしなことではないかい?


平和とはそう言った脅威のない世界なのでは?


なぜ争いや戦いが前提の社会になっているのか


平和をうたいながら国防として戦力を拡大する


全くの矛盾である


戦いや争いが残すものが何なのか


そこから生まれるものなんて何もないけど


もしも生まれるものがあったとして


一体何を生んだか


争い、戦いの結果


それを振り返ってみれば明らかじゃないか


一体どんな状況、状態になったか


人々の心に残ったものはなんだったか


またどのような感情を抱くか


それは想像に難しくないはず


それなのになにゆえ全世界として平和と掲げる


その掲げるものとは別の道へなぜ進むのか


どうしてそういうものばかりを選択するのか


言葉と行動が全く合ってない


何がしたいんだ?


なぜ人道に悖る行いが起きるかもしれないことに手を貸すのか


それを諌めることをなぜしないのか


全くもって理解できない


二度と繰り返さぬようにと言いながら


なぜ?


どうして?


争い事が起きぬよう止めるのが一般的ではないのか


そうならぬようにしていくのが自然なのではなかろうか


どういう了見なの?


どうして一緒になって戦うことばかり


なぜ戦う必要がある


なぜ発展ではなく滅亡へ向かおうとするのか


皆目見当もつかない


なんのために言葉を交わせるための口があり、他者の話を聞く耳があるのか


なんのために文字を書く手があり、それを読むための目があるのか


なんのために思考する頭があり、それらを伝えるための術があるのか


慮(おもんぱか)ることと阿(おもね)ることは別だ


今一度立ち止まり熟考する必要がある


人の可能性とはそう言うものではない


人が人を脅かし害すること


それは道理ではない


人間はそんなこともわからなくなったわけではないでしょう?


人類の進歩や可能性、進化


それは科学の発展によって人を脅かすということではないし


武力で持って人を支配するものでもない


それを行(おこな)った結果どうなったか


すでに何度も見てきているはずの歴史


全く生かせず


また同じ轍を歩もうとしている


これは何なんだろうか







人間の世界の流れそれだけだと見えてこないかもしれない


もっと深い部分とか


人間の世界じゃない部分


目に見えている部分じゃなくて


目に見えない部分


目に見えない部分とは人間の世界の水面下って意味ではなくて


本当に目に見えない世界の話


そういう部分でも見た方がいいのか?


だけど


この世界実は全部愛でできてるんだよね


なんか謎だよね


愛でできていながら


なんでこういう状況になるのか


それすらも愛というのかもしれないけれど


さすがにない


でも人間の目線からすると多分そういう風になるんだろうな


けれどそうじゃない視点から見ると


それぞれ体験することが別にあって


各々がそれをやってるってだけ


自分ごとに集中するしかないのかな


またこの感覚か


地球にある全部がね


何もかもなんだけど


なんかいろんなものがいっぱいあるなって感じ


本当に多次元っていうかさ


なんかいろんなものがこう一緒くたに混じって


マーブルになってるというか


グラデーションというか


同じ場所にいながら


ただただ違う体験をそれぞれしているって言うだけであって


別にそこにいいも悪いも何もないんだよね


ただそういう出来事があったって感じの


めっちゃさっぱりしてる感があるっていうか


けど人間の心情的にはそうもいかないんだよね


だけどその心情っていうそれそのものもさ


本来の私たちの中にはないもの


根源的な部分


ここには一切なくって


人間としての私に持ってるものであり


そもそも私なんていないからさ


この私すらも幻で


その幻が持っているさらなる幻みたいなもの


これが感情とか思考とかそういう感じの


けれども人間からするとそれも必要なものだし


魂そのものの経験としてはそういう感情とか思考とかそういったものがあって


初めて知ることができる


そういう体験とか経験とかそれは魂そのものにとってはもう最高のごちそうで


最高の学びなんだけど


でもそれは根源的な本質の自分の中には本当はない


自分って言ってるけど本当は自分もない


全部がそうだから


便宜上私とか自分とか


個を主体として書いてるけど


個として存在してないんだよね


魂そのものも個だから


魂それそのものも自分じゃないっていうか


自分だけど自分じゃないんだよね


魂は確かに消えないけれど


でも本質は私であって私でないものだからさ


魂そのものは自分自身とは言えないし


けれども確かに私たらしめるものでもあるんだよね


真逆のものを一緒に含んでると言うか


魂って自分であって自分じゃないけれども自分たらしめるものって感じ


もうわけわかんないよね


そういうなんかさ


人間ではない部分からの視点で


この世界を見たら


全部が愛にしか見えないのかもしれないし


起きている出来事も本当でありながら本当じゃないからさ


ものすごく遠くに感じるのかもしれない


でもこの本当でんながら本当じゃないとかさ


幻って言われるこれ


うーん


難しいよね表現するのってさ


気をつけないと誤解を生みそうだし


幻だけど幻じゃないからさ


でも幻なんだよな


人間にとっては幻じゃないんだよ


でも人間じゃない意識という視点


根源に近いところの意識


その意識の状態でいるとこの世界は幻にしか見えないし


全部作り物なんだなとか


自分で好きなようにできるじゃんとか


そういうことに気づけるんだけど


いかんせん人間はさ


現実は現実として


幻じゃなくて本当の出来事にしか見えないし


と言うか肉体を持っている我々にとっては本当の出来事だしね


体感も体験も確実に本当にあることだから


それは嘘でも幻でも偽りでも何でもなく本当の出来事


事実として起きているものは起きている


でもそれを吹っ飛ばすじゃないけどさ


実際に体験しているものは体験しているのにそれって幻なんだよって言われてもさ


突飛すぎてね、何言ってんだ不安って話になる


普通になるでしょ凝視


自然な反応よそれは


あんた何言ってんの?驚きってなるのが通常の反応だと思う


私だってそうなるわ


感覚の話だったりするからさ


共有しづらいと思うんだよ


頭を使わないんだよね


本当に自分の感性で進んでいく世界っていう感じがあるから


スピリチュアルでよく言われるようなイメージとか


想像を使うこと


これをしない


想像力を使ういうことは感性も関係してるけど頭を使ってることだから


それを一切使わずに


これうまく言葉に表現できるかわからないけれど


感覚だけで見る


様々なものを感じ取る?


人間の頭を使わずに


人間の得意な想像力とかそういったものを介さずに世界を見るって感じなんだよね


その時に頭を使わないんだよ


私なんていっぱい考えちゃうから


めっちゃくちゃ不得意なんだけど


感覚に沿って


しかもその感覚っていうのは人間に備わっている感覚というよりも


人のすっごい奥に眠ってる


根源的な部分の感覚


そこに自分自身の意識を合わせるというか


そこを見る?感じで


というかその根源的な部分の感覚を自分で感じ取るようにして


それって元々自分自身だから


本来の自分自身だからそれを思い出すだけ


根源的な自分自身のの感覚を人間の自分自身に思い出させる


その視点で見る


ただ見る


そういう時に間違ってくる人間のこれって何々じゃないかとか


何々じゃないかと思いながらなんか不快感を感じるなとか


そういうものがあってもいいんだけど


なるべくそういうものを介さずに


ただただその根源的な自分自身の感覚


その自分自身で生きるような感じで過ごすと


おそらくこの世界の見え方が変わってくる


これイメージじゃないんだよ


イメージじゃなくて本当にその感覚を自分で感じる感じ


感じる感じとか何だそれって感じだけどね


❝感じ❞ばっかでさ


日本語の語彙があまりにもなさすぎて


多用しまくってるのが恥ずかしい


こういう表現にしかできない


でもこの世界を


人でありながら人ではない部分で感じ取ったり


人間でありながら人間ではない本質的な、根源的な自分自身で生きることもできる


スピリチュアルもね


割と人間の世界に近い感じがあって


それがダメとか良くないってわけではないんだけど


目に見える世界って3次元って言うじゃん


見えない世界も見えないってだけで3次元的な感じなの


スピリチュアルってなんかそういう印象が私にはある


宇宙とかじゃなくて


根源的なって感じの


だから言いたいことはわかるけれども


宇宙視点とか正直に言うとよくわからない


その視点って何の視点なんだろうと思う


宇宙視点?


宇宙視点も地球視点もあんまり変わらないんだよね


ただ客観的に見れるかどうかの話


地球っぽくないものの見方ができるとか


地球の常識とかさ


人間の世界で決まりきったこととか


そういうものから外れている


かと言ってそれは人道に悖るものではないんだけども


人の想像をはるかに超えたもの


人間の頭で考えられるようなことから逸れてると言うか


枠組みがあったらその外側って感じ


でもそういうものって今確立されてないものだったりするから


規格外だったりするの


常識的に考えてありえないみたいなこととか


前例がないものとか


突飛すぎて何言ってんの?ってなるようなものや事柄


でもそれって人の世界の枠組みの中


けれども宇宙とかなんかそういうもっと広い部分から見たり


そういう地球の中だけであるもの


そこから飛び出たところで捉えたり、考えたりすると


普通だったらありえないっていうもの


でもそれもありえることだったりして


人間がまだ知らないだけで


実はいろんなことができたり


そういう物っていっぱいあるんだけど


それらに気づけるって言うのがおそらく


高い視座から見る宇宙視点と言われてるんじゃないのかなって


別にそれ以外にもいっぱいあると思うけど


高い視座から見ればもっと広く物事を捉えられるから


見えてこなかったものが見えたりとか


それは別に発明だけじゃないからさ


起きていることとかもそうだよ


でもそれはあくまでも


霊的な視点というよりは


外側に起きている物事を観察するためのものって感じで


スピリチュアルって肉体を持って生きる 人間


その人間たちがいかに肉体を持ちながら互いにバランスを取って調和しながら生きるのか


他にも様々な理由があるとは思うけど


でもそこに重点を置いているそういう感じに見えるのよね


これが魂の学びであるみたいなところ?なように個人的には思えていて


あくまでも人間にとって必要なものって感じ


あとは人間と一緒に何か色々したい存在 たちのためにあるような感じ


それがダメってわけじゃないんだよ


別に優れているとか劣っているとかそういうものは何もないから


そういう体験も必要だし


ということを経験する段階の者もまだいっぱいいるって事なのかもしれないし


あまりにもそれを繰り返ししすぎると


自分自身の本質がよくわかんなくなっちゃって


本質っていうものが分かっているけど分かっていないような感じにも思える


偽りってわけではないけれども


想像の世界から抜け出せなくなってしまっているような


でもそれは自分が生み出している想像だから


真実ではないじゃない


だけどその人にとっては真実


でも想像


想像ということは想像だから


ありのままを見れてないことになる


でもそもそもの何もないまっさらな状態って一体何なんだ?ってことにもなるじゃない


想像も介さない


創造もしない


けれども確かにそこにあるもの


そこにある何かを


感じ取ることはできる


けれどもそれを言葉にした時点で


それってそういうものだって確定されちゃうし


何より言葉にするっていうことはそれがどのようなものであるかを見ているわけで


その見ているというそれそのものは


果たして本当に自分自身の想像


それを介さずに


それそのままをきちんと見れているのか


それって誰にもわからないことなんだよね


だから言葉にしづらいんだよ


イメージを使わないこと


けれども使っていないってどうやって証明する?


例えば幽体離脱でもして根源を見てきたという


けれどもそれって本当に


根源そのものの本来の姿なのか?って言うと


はっきりしたことは分からない


もちろんその人がその姿を見たというのであればそれはその人にとってのその存在ってことになるし


根源そのものってどういう形で存在してるのか


これは何かの形を取っているのか


人の姿のように見えるのか


物のように見えるのか


どんな風に捉えるのか


それってその人によるのだとしたら


それってもうすでにそこにその人のエッセンス、創造や想像というものが入ってしまってるよね


どういうものかっていう


でもそういうものを全部そぎ落とした状態で


ただまっさらな状態で


そこにあるものを見るとして


その時に何が見えるのか


それとも何もないのか


ただ感じることしかできない何かがそこにあり


それは目で見るものじゃないのかもしれない


映像として見えてくるものではなくて


なんとなく感じるものかもしれないよね


そういう部分での根源、本質といったもの


その感覚を思い出して生きるって言うことは


人間は慣れてないから


怖い感覚に陥るかもしれない


だって知らない感覚だからね


元々自分たちはそういう存在なんだけれど


すっかり忘れてしまっているから


ある意味では未知


知ってるはずなのに


しかも目に見えない領域については


スピリチュアルの方が浸透してるし


こっちの方では慣れてると思うの


見えない存在たちと交流をするとか


エネルギーを使って何かを行うとか


割と人間に近い部分での本質的な部分


それを思い出しそれに触れて生きること


そこについては慣れてると思うの


魂とかそういう部分においてはきっと何度も体験してるから慣れてるんだけど


魂の本当の大元と言うか


そもそも個である前の状態


そこを思い出してその視点で見るって言うのは慣れてないと思うし


その感覚を享受することって結構、、、うーん難しいわけじゃないと思うけど


違和感を感じるかもしれないよね


慣れないっていう意味では


何とも言えない感覚だから


安心感とか満たされている感じとか


そういうものに包まれるのかもしれないけど


でもなんかそれだけじゃない感じがあるんだよ


根源っていろんなもの含んでるから


そもそも愛なんだろうけど


人間側からすると


と言うか私を通すと


私という人間のエッセンスをやっぱり含んじゃうんだよね


なんかやっぱり光に近いかもね


そのものが本当に光って感じで


私を通すと三角プリズムだっけ?


光を何種類かに分けるやつ


七色に分けるあの理科とかで使うあれ


人間がまさにそれなんだと思うの


そのうちのどこが一番反応するかって感じ


自分自身の内側が関係するっていうのは 多分そういうことで


みんなに分け隔てなく同じものを送ってるんだけど


あとそれぞれみんな元々は根源だし


その根源の光っていうのは一律みんな同じものを持ってる


けれども人間という自分自身を通してその根源の光を見るとさ


何色が一番強く出てるのか


何色に強く反応してるのか


全部の色を持ってるんだけれど


自分の内側の状態によって


その色味に差が出る


けど人間なんだからそれはしょうがない


それはそういうものなんだと思う


だけれどもそれが例えば悲しいものが強く出てたとするなら


その悲しいっていう感情をクリアリングしてかなきゃいけない


もちろんクリアリングなんてしなくたって別に構わないんだよ


その状態を体験したいのであればいっぱいすればいいし


絶対やらなきゃいけないってわけじゃない


ただえっと


根源的なエネルギーに触れて生きるとか


その状態に戻りながら人間をやるとか


その意識状態で自分自身を持ってたいとか


そういうことを頭の片隅にちょっとでも思ってるのであれば


人間の感情のクリアリングは必要になってくるとは思う


だって それは人間に備わってるものであり根源的な自分自身にあるものじゃないから


魂としての私には必要なのかもしれないけれど


全体意識としての私の中には本来ないもの


私って書いてるけど本当は私そのものがないから


非常に矛盾はしてるんだけどわかりやすくするためにこういう風に書いてる


我っていうものがないって感じ


それはあくまでも個人としての自分


魂として個体で存在する


けども元々はそういう個別の存在じゃなくって


全部が自分みたいな感じ


うん


だからあなたも私だし私もあなた


そういう意味でみんな繋がってるよねとか


みんな同じだよねっていうのはわかる


ただもともと1つの存在だったから


その1つの存在そこに戻るっていうのはよくわからん


わかるようでわかんない


どこかに戻るって感じじゃない


戻るって感じもわかるんだけど


1つになるためにそこに行くってわけじゃなくて


全部が自分自身って感じだから


1つになるってなるとさ


取り込まれるような感じがあるけど


そういうものじゃなくて


もともと全部だから


なんか溶け込むっていうか


全部が私自身だから


どこかに戻るとか1つになるとかそういう感覚にならない


星に帰りたいとかもよくわからない


だから宇宙ををテーマにしてる感じのスピリチュアル


スターシードとかそういう感じの


それって目に見えない部分ではスピリチュアルなのかもしれないけれど


スピリチュアルっていうか


現実世界の中の見えない部分って感じなの


何て言うの?


3次元世界の延長線上にある目に見えない世界


3次元世界と非3次元世界みたいな?


3次元ではあるんだけど目に見えないよねってだけ


目に見えないっていう点においてはスピリチュアルかもしれないけれど


宇宙って実際にあるし


別にスピリチュアルでも何でもない


ただ宇宙にいる目に見えない存在と人間とのやり取りってだけで


精神世界という感じがあんまりしてない


目に見えないものもあるし


そういう意味では精神世界の話はしてるけれど


このスピリチュアルってもの


あんまりその魂とかさ


その由来みたいなもの


なんかそれをすごく重要視してたりするけど


これもあんまり関係ないというか


そこはあまり重要じゃない


どこどこ星のエッセンスがあるからどうのこうのとかさ


どこかの星を経由して地球にやってきてる魂とかさ


別に魂にステータスとかないからね


例えば日本の神様で有名な日本の神様の分け御魂を私は持っているとか


そういうステータスはありません


その神様の魂のかけらを持ってるからといってすごいとか何もないから


名前じゃないし


響きとかは重要にはなってくるけど


だからと言って別にそれがすごいってものじゃないからな


スターシードとかライトワーカーとかそういう言葉に引っ張られて


それこそ、そもそもの本質


スピリチュアルでもよく言われているようなこと


なんのためにそれをやってるのかとか


そういう部分


それを忘れてしまうとかね


なんか人より優れているとか


私の方が上であるとか


私ってすごいでしょとかそういうことじゃないの


そういう能力とか、自分自身が持っているものに溺れるのは違うよね


持っている力とかに酔いしれて知らぬ間に人を見下げてたりとかさ


そういうこともないとは言い切れない


いやもう難しいな←日本語難しいなって言ったのにこんな風に変換されちゃったよ


元々の話とちょっと変わっちゃったけどさ


見る視点を変えるしかないのかな


とにかく自分自身をよく見るしかないってことだよね


そうじゃないと見れないもん


自分の奥深くは


スピリチュアルで話されている


引き寄せの法則とか


自分で蒔いたものは自分で刈り取るとか


ブーメランとか


この辺の話


他にも色々とあると思うけど


全部同じことを言ってる


同じことを違う視点で


異なる角度で


時にはそれが方便にもなってる


でも同じことをずっと言ってる


全く違うように見えていても同じ


もうすでにこの宇宙の仕組みを様々な人が使ってる


一番最初はそうじゃないとは思うけど


生きる過程で途中から使ってると思う


知らない間にね


無自覚のまま使ってると思うし


それが分かっている人で行動力がある人の影響を受けていると思う


、、、うん



話を元々の最初のものに戻すけど


別にこれは責めてるわけじゃない


責めたてて追い詰めてもどうしようもないからね←書かなくてもご理解いただけてるとは思うけど、だからと言ってよくないことを容認してるわけではないし推奨してるわけではないよ?


ただ単に


考え方を改めよって話


立ち止まってよく考えなきゃいけないし


突き進むだけが能じゃない


引き返す勇気も必要


熟考する必要がある時はそれをしないと


簡単に決めちゃならない事ってあるから


そしてそれは今だけの話ではないし


この先のことについても考えなくちゃならない


何かを変えるということは未来永劫それがつきまとう


それを元に戻せるならいいよ


あ、間違ってた


じゃあこれはやめて元に戻そう


もしくはより良いものにしようと


見直してそうすることができるならまだいい


だけどこれは自己中心的なものではなくてね


公正無私な目で


でもそうじゃないものも中にはあるから


この件に限らず


一度変えたら戻せない


もう二度と元に戻すことができないもの


変えてはならないものも中にはある


変えなくていいものは変えなくてもよい


これは頑なではなく


日本そのものの礎となってるものだから


それをなくしてしまうことへの懸念


これをする理由がわからない


元々の話とまたずれてしまうから


あまり長くは書かないけど


日本のことを大切に思うのであれば


また日本人であるなら


自らのアイデンティティの崩壊に繋がるようなものを容認するわけもなく


なぜアイデンティティを失うことに繋がるものを進めようとするのか


それがよくわからない


日本を日本たらしめるもの


それを失わせること


私はそういうことを考えてる人がもしいたとしたら


それが非常に悲しく思うし


なんでそんな風に思うんだろう?


どうしたらそういう気持ちを持てるのか


これはからかってたり、煽ってるわけじゃないよ


真剣に考えた上で本当に理解できなくて


なぜそうなるんだろうなと


私には分からないから


なんでそう思うのか見当もつかないけど


でも悲しくなったり、もの寂しい気持ちになるのは確か


一番厄介なのは


自らが行っていることや発している内容それそのものが


他者のアイデンティティをなくしてしまうことに繋がる


相手に分かりやすく言うと消えてくれ、滅んでくれと言っていること


そこにすら気づけずに


推し進めようとしてる人たちに危機感を覚える


平和とは


心とは


人とは


一体何なんだろうね



道理とは


倫理観とは


理性とは


知性とは


人道とは


道徳とは


本当にいろんなことを思う


人の心というものについて


これ以上にないほどに考えている


何なんだろうなって


そして人間って何なんだろうなって


生物学上の人間というより


人間っていうその生き物が思うこと


そして考えて行動する


それそのもの


人って一体何なんだろう?


そしてやっぱり最終的に行き着くのは


人の心の話


先にも書いたけど


心って本当に何なんだろうなって


そういう意味での人間って何なんだろうって


ものすごく難しい











































ちなみにこれは


一応念のために他者に見せても良いものなのかどうかを何度か確認してる


その上で公開したものです


目に見えない部分にも触れてるから


どこまで伝えていいのかわかんなくて


確認した上でいいよってことだったんで


載せてる


だけど鵜呑みにはせずに


どうなんだろうなって自分で考えることが私は大事だと思う


というか自分自身が答えを知ってると思うから


誰かの答えはその人の答えであって


自分自身にその答えが当てはまるとは限らない


だからそういう話もあるのかも?くらいで


ちなみにこれは私の考えが正しいとか


自分の考えを押し付けるとかそういう目的ではない


ただ自分の中ではこういうことが大切なのではなかろうかとか


大事なことなんじゃないのかなっていうのを記録がてら書いただけ


なので誰かを誹謗中傷するとか


どっちがいいとか悪いとか


そういう意図は一切ない


ただやっぱり私も1人の人間なので


気をつけてはいるけれども偏りがないとも言えないから


だからこそ他人の話は何でも鵜呑みにせずに自分はどう思ってるのか


このブログの記事に限らず誰かの話を聞いた時に何を感じたかとか


そういう部分で行動していく


誰かがこう言ってたからこうするとかじゃなくて


自分はどうしたいのか


自分自身は何を思っているのか


本当にそこが大事


だからこそ自分が一体何を思っていて何を考えていてどんなことをしたいのかとかそういうことを確認するためにも


自分自身で自分を知ることが必要になる


なので自分自身と向き合う時間が必要だよとかそういうことが言われてるんだと思う


詳しいことはわかんないけどね😂