桂さんって
結構苦労して来たのかな?
大変だったんじゃないのかな?と勝手に思ってる
詳しくは分からないけどさ
なんとなくそう思うんだよね
これ実は前に書いたけど
未公開にしてて
なんとなく再び書いてみたくなって今に至る
桂さんは以前灯ちゃんに
清濁併せ呑む(善悪関係なく受け入れる)人なのかもしれないと思われてた
私はそれとは異なる見方をしててね
そもそも彼は起きてることをただ淡々と見ているだけなんだと
それは物事をしっかり判断するために
自分の感情や思考を挟まず
ただありのままを見る
事実だけを
つまりジャッジせず
フィルターをかけずに
本当にありのままを見ている
そのうえで後から自分の考えをその出来事に一緒にはせずに、でも重ね見てるような?(私情は挟まず)←ここうまく説明できないんだけどね
そんなふうに思う
これ結構難しいんだよ
人は人だから
感情の生き物だし
考える生き物でもある
思考と感情ってセットになってる所があるし
理性や知性、感情って交感神経と副交感神経みたいに拮抗してる感もあるように思えて
でもそれを横に置いて
ただ観るだけ
そこに一切自分を入れない
それについて問われれば自分の考えや気持ちを話すけど
全体を正確に把握するのには
時に❝自分❞がいると自分の感情や考えに邪魔されて正確に物事が見れない時がある
どんなに悲しいことでも
悲しみと言うフィルターを通して見たら悲しみに偏る
悲しみから端を発した考えはそれを中心軸として動く
そうするとより一層偏りは増す
私がやりがちなんだけど(;´∀`)
だからそれを外してただ単にそのままを観ること
それをし終わったあとにその出来事に対して自分なりの感想、考えを持つ
けれど観ている間は自分自身(感情と思考)を交えない
正誤、善悪のジャッジをせず
ただただ観続ける
そうすることで見えて来るもの(や分かること、気付けること)があるから←確実に絶対ではないけど(でもやってみる価値はある気がする私はね)
けどこれは本当に難しいんだ
少なくとも私にとっては難しくてきつい
時に辛くもなる
でもそれを横に置いておく
本質を見ることや状況を把握するのには私情は不要なんだよね
思い込み等も含めて
それらを横に置いといてってやるのが難しいんだ
すぐなんで?とかどうして?とか思っちゃうしそこには感情もやっぱり乗ってしまう。。。(;´Д`)
話を戻すけど
実際どうなのかなんてわかんないけどさ
桂さんはそういうことをやってるんじゃないのかな?と私は勝手に思ってて
すごいなぁと関心してる
だけど勝手に思ってるだけなので違うかもしれないことの方が大だし
絶対に鵜呑みにしないでくださいね