画像はりゅうみこから


今回は感想のようで


目に見えない世界にもちょっぴり触れてるし


この作品そのものの感想も入ってなくはないけど


どちらかというと


この作品から気付かされることとか


(私が勝手に)影響を受けていること(?)とか


そう言うのに近いかも??







まだこの話を読んだだけ




前回の続き


だけど


もう既に


😔


本当に


落ち込む


お話だけど


史実も入っていて


確かにあの場所で


沢山の人が命を落とした




やっぱりまとまらないよね


だってこう言うこと


今に始まったことじゃない


りゅうみこの中で言うなら


桜霞、燎炎だってそう


私達の世界でなら


平安、戦国


そして桂さんと土方さんのいる朝幕


つまり幕末


ゲームではこの3つの世界のみが取り上げられているけど


私達の世界でなら平安、戦国、幕末以外だって


どこかとどこかがずっと争ってる


今だってそう


日本国内では内乱は起きてないけどさ


誰か、なにか(立場等)に限ったわけでなく


いつもどちらか一方にしようとするし


そうなろうとする傾向があるように思える


どっちもとか


どちらも良いようにってのではなくて


毎回どっちか


これってなんでなんだろうね?


双方の良い点、悪い点を出し合って


良いところは採用して


そうでないところは


改善して行けば良いだけなのに


うやむやにして


とりあえず動かせていれば良くない?みたいな感じで。。。


困ったらどうにかしようって感じ


困らないようにするのが大切なのに


それをしようとしないことが多い


そして困ったらまた別のものに変えてしまうことが多く


こうなることが分かっていたのでは?とことが起きると待ってたとばかりに批難と糾弾


責めて責めて責めまくる


責任を取れとね


そして責められた側は逃げて逃げて逃げまくる


誰に転嫁したり


濁してはっきりさせずに置いとくか


寝かせるの


熱(ほとぼ)りが冷めるまで


わだかまりを残して


解決しないまま進める


個々人でもそうなのだから


これがたとえば個々人(身内や友人、知人)から企業、更に広げて国、もっと広く地球規模で見たら国家間でのやり取りにも当てはめようとすれば出来る


これはたとえであり


全てがそうだと決め付けたいわけじゃない


必ずしもそうであるとは限らないから


けど歴史を振り返ると


そんなのばかりな気がしてならない。。。


志しがある人同士はぶつかり合い


似たような考えであれば集まって和気あいあいとしたり目標に向かって突き進むけど


そうでないと反発し合い


潰そうとしたり


潰される


同じ国の同じ人間同士なのに。。。


おかしいよね


反発しながらぶつかり合う


物理的なモノだったら


磁石だったら離れて行くだけ


でも人って反発しながら衝突する


反対の考えを持つもの同士だからこそくっ付かないけど互いを敵として認識し牽制し合ったり、時には激突して激しく戦ったり、相手を撃退したりする


敵じゃないんだけどね


片方は敵ないと思っていても向こうがどう思っているか


難しいよね、本当にさ


毎回毎回考えちゃうよ


初めは良くても徐々に人って変わってくるし


なんでなんだろうなと


人は変わるものだよ


変わるものなんだけどさ


変わってほしいのはそういうところじゃない


変わらずにいてほしい部分


変わらずに持っていてほしいこと


変わってほしくないところが変わってしまう。。。


どうしてどこかでずれて行ってしまうんだろう。。。


それが人間だから、人間はそういうものなのだからって言われたらそれまでだし


確かにそれはそうなのかもしれないけどさ


だけど本当にそうなのかな?って思っちゃうんだよね


そのように言われているし


そして来ていることは過去を見つめれば自明であるし


何も言えないけれど


それでも本当にそうなのかなって


どうしても考えちゃうんだよね


これは性善説とか希望的観測とかそういう話じゃなくてさ


それに近いのかもしれないけれど


でも一体何が起きてるんだろう?


何故そうなるのかと


本当に疑問で仕方ない


そこについて


❝これだ❞って証明したとして


解決するのなんて難しい


それこそおこがましいことなのかもしれない


こんな風に書いているけれど


証明したいわけでも解決したいと思っているわけでもない


他人をどうこうしたいなんて思ってない


ただそうなってしまうその分岐を見つけて


自分はそうならないようにしたいだけ


うっすらここかな?と思ってる部分はあるけど


それもおそらくはっきりとは申し難いものだとは思う


それに仮に正したとしたって


それは私の自己満足と


私の中にある正しさであり


正しさは見る方向を変えれば


異なる色や側面を見せるから


そうなるとどこにも正しさなんてないのかもしれないの


そもそも❝正しさ❞って結局何なんだろうなって思うし


もちろんその内容だけ見ればある程度の想像はつくよ


こういうものを❝正しさ❞と呼ぶだろうとね


でも言葉だけ見てもね


正しさっていう形だけがそこにあるだけで中身を伴ってなければ意味ないし


正しさの中身がなんだか分かったとしても


それをずっと押し付けている状態では


抵抗を生むだけ


ずっとそうしてきた歴史があって


そうした結果がどうだったかっていうのを見れば明らかじゃない


振り返った時にそこに何があったか


言わずもがな


さっきの話に戻すけど


見方を変える、視点を変える、自分のいる立場はまた別の場所に持ってった時に


どのようにそれら(自分たちが正しいと思っているもの)が見えるのか


本当に同じ色、同じ景色で見えるのか


ほとんどの場合変わるんだよね


そもそも一人一人考え方が違うのだから


似たような考え方ってあっても同じであるはずがない


そうなるとさ


正しいことなんてどこにもない


広い意味では人々が認識している正しいものはあるのだろうけど


それでもそれはこの時代に合わせたこの時代の常識


時代や人が変わればまたその常識も変わっていく


常識っていうものも人々の認識している内容によって変わるし


正しさなんて民意によって変わるようなもんだから


その声が大きいほどそうなっていくし


それが総意であるかのように話される


でも実際のところは


(確かに人が他者と共存し社会を営んでいく上で決まり事という意味での正しさはあるかもしれないけど)


正しさはないと言える


正しさがなければまたその反対の間違いも同時にないことにはなるのだけどね


だって正しいことが正しいと証明出来ぬ限り正しさは正しさとして成立しないから


正しくあることが出来ないでしょう?


つまりそれはその反対のものも不成立ってことになる


なんてそんなことは今はよくて


話を戻すけどさ


だから多分こうやってゲームを観ながら


ヒントが何処かにないかを探してるんだと思う


あらゆる物事の発端


人が変わってしまう瞬間


意識のずれ


何が人をそうさせるのか


(これについては先にも書いたけど)大方検討はついてる、、、と思う


それでも御せる人とそうでない人の差とは?


その違いはなんなのだろう?


私だってこんなふうに書いてるけどそれが出来るとは限らない


だからそうならないようにしたいって思ってる



このゲームで遊んでると


不思議な感覚になるんだよね


創作だけど史実も含んでいるからか?


あと私がほとんど知らないってこともあるのかも知れないけど


それでも


ちょっぴり、本当にほんの少しだけだけど見えない世界について知ってるからか


色んなことを思うし


色んなことを考えさせられる


だからね


ゲームのタイトルではないけど


本当に時空を超えて


遠くから


地球の中にある日本と言う国を


覗き見てる感覚なんだよね


見てるのはその一部だけなんだけど


それでも連綿と続く歴史の一部がその中にはあって


そのエッセンスは作品の中に織り交ぜられている


どこからどこまでが創作かは分からずとも


なんとなく感じる歴史上の人物達の息遣いとか


実際に起きてた事


そして描かれていないけど


そこには多くの人が関わっていたのだろうし


これはゲームだと分かってる


でもされどゲーム


創作でありながら史実と言う事実も(脚色されているとは思うけど)含まれている


(何度も書くけどどこからどこまでが創作や脚色なのかは分からない。。。でも)もしもそれが本当だとしたら


このやるせない


どこにも持って行きようのない


何かに形容することすら上手くできない気持ち


この要因となっている


それそのもの


これをどうしたら多少は緩和できるのだろうかとも思うんだよね。。。




人の世って難しいね。。。


想いと想い


双方の主義主張


正しさのぶつかり合い


そんな感じだけどさ


でも考えていることは同じなんだよなあ


その中身に若干の差があるだけで


私は欲張りな人間だから


こんなふうにも考えてしまう


どうしたら分かり合えるのだろうとね


100%とは行かなくても


話し合うことができたら。。。って


全ての人(目に見えぬ存在も含むけど)


双方が分かり合うなんて


それこそこの二元性の世界では難しい部分ではあるのだけど


❝二元性❞だから


分かり合える⇔分かり合えない


このようになっているからね


だから視点を変える


意識の立ち位置?って言うのだろうか


そう言うことなのかも?なんてのが浮かんでいる


人の言葉で形容するなら


どの視点から見るか


どの視点に自分が立つのか


そう言う表現が分かりやすい?


でもこれは宇宙視点とはまた異なる


地球を俯瞰するって言うことではないから


意識そのものを二元性の世界から外すようなものだと思う(多分)←多分なのではっきりしたことは言えないのだけどざっくりとだとこんな感じになるのではなかろうかと


やっぱ


まとまんないな。。。


うん。。。


日本語も変かもしれない