自分で読み返したらわけわかんない部分とかもあったからかなり加筆してみた


自分で後から読み返してみてまたこれどういう意味なのかなとかわかんない部分があったら付け足すかも






どうしても思うこと


スピリチュアルの発信とか


目に見えない世界の話とか


それを否定しているわけではないし


誰かを批難したり蔑む意図は全くない


だけど中にはそうではないのにそのように感じ取られる人もいるかもしれないから


あらかじめ違うんだよっていうことだけ書いとく


どうしても思うことがあって


私はね


神様がどうのって思ってないの


神様がこのように話すからとか


神様が人を作ったんだとか


いろんなことが言われている


もしかしたら本当に神様という何かが人間を作ったのかもしれないんだけど


人間を創造したのは何者なのかっていうのは一旦置いとくとして


だってスピリチュアルで話されている神というその存在そのものが


人を創造した神と本当に大元的な意味で話される神とよく人間に様々なことを伝えてくる神と同一神物なのかって言われると何とも言えないじゃん


根源的なものは一緒だから同じだよって みなすこともできるけど


個として見た場合には必ずしもそうとは言えない


そしてここについて様々なことを話したとしても解決しない


余計に混乱しそうな気もしなくもないので←主に私が


一旦置いとく


でね、神様がどうのって思ってないっていうのは


神聖さを人の中に見ることが多いなと


それは神が人を作ったから人の中にも神があって


それを見ているから人は神聖なんだってことではない


つまり神聖さを神から見出しているそういうことではない


ここに神は一切関係なくて


ただその人自身から感じるもの


それは人間という存在そのものが持っているもの


重複するけど


人間を作ったのは神なんだから人間の中に神がいるのは当然だとか


そもそも人間も元々は高次元の存在なんだから神聖さがあるんだとか


そういうことではない


確かに元々スピリチュアリティな存在ではあるけど


これは本当に人そのものの中にあるもの


誰か(神も含めた第三者)じゃなくて


その人自身


そこ(生き方とか考え方とか行動等)から受け取るものがいっぱいあるなって思って


だから神様がどう思ってことじゃないんだよね


〇〇という神様と私は繋がっているとか


〇〇という神様の生まれ変わりが私であるとか


そういう発言をしてる人とかもいるけど


そういうのは正直全然関係なくて


その経験は役に立っているのだろうけど


それはそれで、これはこれで


ただその人自身が初めから持っているもの


魂の経験がどうのとかそういうことじゃなく


その美しいこと


そこには別に神様がどうとか


そういうものは本当に関係なくてさ


ただ本人がそのまま生きてるってそれが綺麗だなって


うまく言葉にできないのだけど


だからいつも思うんだよね


これは神様が人類に何かを伝えているのだとしても


それでも神様がこう言ってたからとか


神様が教えてくれているからとか


そういうことじゃなくて


人が全部教えてくれてるなっていう感じ


それに結局


何かの存在と話しているけど


つまる所はその人自身を通したものを誰かに話しているに過ぎなくて


とどのつまりはその人自身と言うことになるじゃない?


いくら神様の言葉ですって言おうとも


その人を通して話すから


ましてや繋がる先はその人自身にかかっているとかも言うし


そうなるとやっぱり自分自身そのもの


人間そのものの在り方


別にこれはスピリチュアルとか何もやってなくたって


何も知らなくったって


その人自身の生き方とか考え方とか


そう言うものがすべてを表してるような


それってこういうことではなくて


それはどういうことかというと


全員ではないかもしれないけれど


何もかも人って


すぐ天とか目に見えない世界があって←実際確かにあるけども


そこから全部おろしてるから


人間の世界にあるものはある意味では


二番煎じではないけど


自分たちが作り出しているっていうより


神が作り出したものを人間が用いて


神様ありきで人間がいるっていうか


双方大事な存在なんだけど


なんでかいつも神様が最初で


次に人っていう感じのところがあってさ


でもそういうことじゃないじゃない


これは傲慢だとかそういう捉え方をされるかもしれないけど


そういう意味じゃない


これもうまく言葉にすることができないのだけど


だって1番も2番も何もないからさ


ただ人間の中では神様が優位になってるように見えるし


神様は人間よりも尊いものっていう印象があるよね


だから神様に対して恐れ敬うこと


畏怖の念を持って接するものだみたいな感じのところがあって


確かに敬意は持つけど極端に敬うのはどうなんでしょうね?


何をやるにも我々人間は神があっての人間であるみたいなところがあって


でもそういうことじゃないよなっていうのが私の中にはある


別に神様がどうのとかじゃなくて


人そのものはそのままで十分に素晴らしいと思うの


アイデアも何もかも全て上からおりてきているとか


実際にそういうのがあるのかもしれないけれども


だけどいつも思うんだよね


なんか人は人を下に見ている感じがある


神というものを上に置いて


神様と人間は友達のような 関係なんだよとか


もっと近しい存在なんだと


そうじゃないよと言いながら


言葉の端々に神が一番上であるみたいなところがあるような気がしてならないんだよね


神様絶対主義とはまたちょっと違うけど


何かにつけて神がどうのと


その神は一体何なんだ?って思ってて


神様自身の分け御魂を持っているから自分の中にも神がいるんだとかさ


結果的には自分自神と言いながら自分の中にいる神様という流れになる


自分の中にいる神というものにさえ


それもまた別の存在であるかのような


そしてそれは神様というものからもらったもの


それが自分が神であるという所以みたいな?


それがどうしても私には納得しがたくて


というか人間って何でかわからないけれど


人間以外の生き物のことを粗雑に扱うこともあるし


人間以外の生き物のことを全部神のように扱ったりもする


本当に極端なところがあるなって思ってて


動物や石や花、そういうものからも何かしらの気づきとかをもらう


確かにそういうことはある


だけどそこにすら


人間の方が学ぶ立場であり


人間以外の生き物は人に教えるためにいるみたいな感じ


もちろんそういう面は確かにあるんだけどさ


人だって素晴らしい生き物なのに


なんでそんな風に見るんだろうなって


もちろんとんでもないことをしでかす輩もいるけども


どうしてもなんだろうな


対等な関係じゃないような気がする


そうじゃなかったら


アイデアとか


上からおりてくるなんて言わないでしょ


そういう考え方が傲慢に繋がるんだよとかさ


そういうのありそうだけど


その人自身が考えていることって


それはその人自身のものでよくないか?


いつも天にあるものを参考にして作ってるような話になってるけど


もしもそうだったとしても


目に見えない存在だって人間の方から学ぶことだって絶対あると思うんだ


だけどいつも人間の方が神様の方から学んでいるっていうその風潮?がね


どうにも対等な関係とは思えないんだよ


優劣をつけてはいないんだろうけど


でも神聖さとか尊さに上下関係?がありそうな感じだし


もちろんもしかしたらさ


魂の先輩とか後輩とかさ


魂の経験値を積んでいるその歴みたいなものるで先輩後輩って認識してるのかもしれないけどさ


まるで人間の世界のようなものとは違うと思うし


人の世界だって先輩後輩って言葉で別にそれぞれに優劣つけてるわけじゃないし


確かに上下関係ではあるんだけど


でもこれは別に誰かをそこに縛るためのものではないじゃん


後輩だから先輩を立てなければならないとか


確かに年上の方を敬うことは大事だけど


でも下の者は上の者を敬えみたいなさ


そういう敬意って強制されるものでも強要されるものでも何でもなくて


ましてや義務でもなんでもない


本来は本人が自然とそう思ったらそうなるし礼儀って誰に教わるまでもなく勝手に出てくるものだよね


年長者の人だってさ


それなりの振る舞いをするし


だから敬われるわけで


年上だから先に学んでいる者が偉いんだとか


そういう話ではないじゃない


これなんかどうにも言語化がしづらいんだけど


兎にも角にも先輩後輩とかに優劣なんてないじゃん


ただそうあるだけってだけで


それにそういう心持ち(誰かを敬うとかそういうこと)になるのはもうその人の心のありようで


いくら誰かが何かを言ったとて


本人がその気にならなければ


言ったところで本当の意味で伝わってないし


形骸的にはできるでしょうけど


全く心がこもってないし


上辺だけだから何も伝わらないよなぁとも思う


そしてこれは別にそのような心持ちになれって誰かに言われてやるものでもないし


このような心持ちになやらなきゃならないってことでもない


これは本人次第だから


でもそういうものって


結局その人自身から出てくるものだから


第三者とか関係ないのよね


こういうごく当たり前のこととか


それって本人次第じゃん


それに人間にとって都合が悪いような時とかさ


そういう時にも何か別のものに人間ってすぐ自分のやったことをすり替えたりするよね


そういう時には神様ではなく悪魔とかさ


そういうものの影響でとか


何かのせいにすることが多いの


でもそれも全部その人自身が自分でやっていることであって


別に悪魔でも何でもないと思うのよね


人にとって良い状態である時が神と繋がっていてとか


神聖であるみたいな言い方をして


そうでない時は神と繋がってないとか


自分の中にある神を思い出せてないとか


悪魔に身を任せているとかさ


毎度誰かに委ねているというか


自分ではない誰かみたいな感じで話すのがどうにも腑に落ちないし


わけがわからないの


言わんとしてることはわかるけど


どうしてもよくわからなくて


結局全部人が自分でやっていることだから


やっぱり神がどうのとか関係ないんだよね


仮に神がいたとしたとしても


でも神は神で人は人で


それぞれがそれぞれに存在しているし


だって個の世界なんでしょう?


だけど人と神を都合のいい時だけくっつけて


良いように解釈し続けるっていうのもどうなんだろうね


自分にとって有益になるように考えることって素晴らしいと思うんだけどさ


なんかどうにもすっきりしないというか


誰視点なのかわかんないけど


ご都合主義というか


そういう時だけ


神がと話すのってどうなんだろうなって


神であれ人であれなんであれ


誰かじゃなくてその人自身の話だからさ


そう思うと


別に神様がどうのこうのって感じじゃないなって私は思ってる


ただそういう何かしらの存在ってさ


いないとは思ってるわけではなくて


人である自分自身ではわからないようなこと


そういう何かについて気づかせてくれたり


そう言ったことがあるから


確かに目に見えない存在から学ぶことって多いし


そういう点においてはすごく助かるなって思うんだけど


ただそれも


だからと言って神様ってすごいんだっていうことじゃなくて


人が人に対して助言するのと変わらないなと思ってる


だからすごいけど←アドバイスしてくれるその内容はすごいと思う


すごくない←人にこうした方がいいんじゃないの?っていうのは人間が誰しもがやっていることだから(それが神様ってだけでありがたいとは思うけどすごいとは思わない)別にすごくもなんともない


難しいよね


日本語で表現するって


て言うか人類に伝わっている言葉や文字、文法で言語化するのが難しい


語彙があんまないと余計に


要するに何が言いたいかって言うと


価値に差はない


神だろうと人間だろうとその尊さに上も下もなければ価値観に大小はない


どちらが素晴らしくてどちらが素晴らしくないかとかそういう話じゃない


人間は目に見えない存在から何か学ぶことが多いのかもしれない


でもだからと言って神様と呼ばれる存在や高次元の存在と言われる目に見えない存在


その存在たちが正しいとは限らないし


その存在たちが人間に対して伝えていること


それが正解だってわけでもない


見えない存在から何か学ぶことが多かろうと人とその目に見えない存在は対等


上にあるものは下にあるとか


下にあるものが上にある


それは全部目に見えない存在や宇宙からの叡智であると言われているように思う


確かにそういう部分もあるのでしょう


でもだからと言って目に見えない何かに対して全幅の信頼を置くことには繋がらないし


教わっている身だからとか


指導されている側だからとか


謙遜は素晴らしいと思うんだけど


ちょっと行き過ぎてるというか


なんでそんなに自分のことを下にするのかわかんない


見えない存在の方が人間よりも素晴らしいような感じで


そうとは言ってないかもしれないけど


でもそのような雰囲気ってどうしても感じちゃうんだけど


もしそうじゃないのであれば


これは何をそのように捉えているんだろうか


自分で自分に問いかけたところで


そもそもスピリチュアル自体をあまり得意としてないから


いくら 自分自身の中で偏りのないようにってやったところで


偏った感じになっちゃうよね


難しいところではあるよね


うん


でもやっぱり傾向としては見えない存在の方を優位に持ってってるような雰囲気を感じるんだよな


だって目に見えない存在に対して文句つけてる人なんてほとんどいないでしょ


どっちかって言うと神様とかそういうものではない方にならもしかすると文句つけてるかもしれないけど


高次元の存在とか天使とかアセンデッドマスターとかなんとか星の何々とか


そういう名称のついている存在に対しては別に何か言うわけではないけど


悪魔とかよろしくない働きをする方には


その存在自体に向けて何かを喋ったりはしないかもしれないけど


でも色々思っていそうだよね


なんかそれもそれでね


スピリチュアルに対して特にわからない側からすると


人間の世界に置き換えるなら


文句言える人と文句言えない人がいるみたいな感じ


そういう風に見えてる


神々と呼ばれる存在に対しても


邪な考えを持つ存在に対しても


どっちにも同じように思っていることを言える


神様だからと言って絶対に間違わないとか


いつでも正しい道を歩いている


人間にとっての道理を教えてくれる


だからと言って


いつでもどこでも絶対にずれていないとは言えない


だって見えない存在ですら私たちと同じように成長の途中とかさ


そのように話されるのであれば


同じようにどこかしら間違うこともあれば


道を外すことはしないかもしれないけど


でも偏ることってあると思うんだよね


絶対にないって


100%ありえないって言い切れるのかっていうと何とも言えないじゃん


そういうこと


だから何でもかんでも


受け身っていうかさ


自分で考えて自分で行動する


神様がどうのとかじゃなくてね
















ここから下は主に余談のようなものなんだけど


スピリチュアルってさ


スピリチュアルをやっている人が素晴らしいみたいな


そういう傾向があるように思うの


スピリチュアルを知らない人のことを下に見てたり


知らないなんてかわいそうねとか


これからのことについて知っているからとちょっと優位に立ってるような感じで振る舞ったりしてない?


それも何を知っているのかちょっとわかんないけど


他の人にも一歩抜きん出ているっていうことで


言葉を選ばなくてもいいなら調子に乗っちゃってる部分もあるような気もするんだ


同じ人間同士なのに


誰かに教えているってだけで


私ってすごいよねみたいな感じの


もちろん全員ではないけど


得意げに振る舞っているような感じもあるし


スピリチュアルについて知らない人のことについて


こういう人がいるからなかなかアセンションが進まないんだとかさ


眠ってる人がいっぱいいるからその人たちが足を引っ張っているとか


アセンションとかそういうことを知っている自分たちの方が偉いとは言ってないけど


でも眠りの状態とか、覚醒ってのをしてない人を迷惑がっている感じもあるし


どこかで蔑んでいるような感じがすごい するのね


何かにつけてすぐ光と闇の話をし出すし


スピリチュアルを知っている側を勝ち組とでも言いたげに勘違いしているよなぁと


結構恥ずかしい振る舞いをしている人が多いと思うの


これはスピリチュアルというものに関係なく自分自身も気をつけなければならないことだけどね


しかもスピリチュアルって言うものをやりながら


人の心を踏みにじるような発言をする人もいっぱいいるし


霊能力とかそういう目に見えない部分に働きかける力を誇示したり、ひけらかしたり見せびらかしたりして


どうだって言わんばかりに


自分の痴態や醜態を晒してるの


めっちゃ恥ずかしいことをやっているの気づいた方がいいと思うよ?


私自身も色々過ちが多いから人のことをとやかく言えないけど


でも本当になんだかそういう人が多いなって思う


蔓延してるような?


しかも見えない世界について受け入れてきてる人が多いから


それに便乗して?テキトーなことやでたらめなことを言う人も増えてきてるように感じるし


ただスピリチュアルについて何も知らないお前(筆者)が言うなよって言われそうだけどね(^_^;)


私もよく言ってるじゃん


私自身が思っていることは私が思っているだけであって


正解だとは限らないってね


何も知らないからめちゃくちゃなことを言っているかもしれない


でもスピリチュアルって結局そういう部分でもあるじゃん


なんか言っちゃったもん勝ちとかさ


変な話テキトーなことでも定着させてしまえば


それはそうなるんだよね


嘘だろうと本当だろうと


信じ込ますことさえすれば


それはそういうものとして成立してしまうところがある


だからスピリチュアルって結構怖いといえば怖い


思い込みによって作り出される世界であればあるほど


余計に沼るし


本当になんかさ


特殊能力みたいなものを使って騙す人とかも多くなると思う


これは予告とかそういうものじゃなくて


おそらくそういうものが増えていくであろうなと


もうすでにそういう片鱗が以前からあるじゃん


興味がある人の興味を持つ心を利用して


言葉巧みにそそのかしそうな人が多くなりそうだなってのはなんとなく感じるじゃん


なので霊能力というより人となりをよく見た方がいいと思う


これ上から目線で言ってるわけじゃないけどそのように見えたらごめんね🙏


はっきり言って不思議な力があるからと言って


できた人間かっていうとそうではない


その人の人間性と霊能力は比例しません


人間性に欠けていても不思議な力を持った人はいるし


そういう不思議な能力があるからと言ってすごいってことじゃないんだよね


むしろ能力を見せびらかすようなことをしている人は逆にかっこ悪い


激ダサだぜってやつですね


鬼残念で目も当てられない🙈


穴があったら入りたいやつじゃなくて入ってもらいたいやつです


別に悪口を言っているわけじゃない


実際に人を小馬鹿にしてる人もいる、それは事実だからどうしようもないし


かっこ悪いって思うしダサいと本当にそう思うんだもの


どうしようもできないじゃん


それにスピリチュアルでもよく言うじゃない?


あなたが思っていることを言っていいんだよ、本心を大切にしましょうってね


もちろんこれは誰かを傷つけていいってことではない


これは重々に承知している


きつい言葉に見えるかもしれないけど


本当にそう思うんだからしょうがないじゃん


これは本心なんだよね


悪口じゃなくて


第一そんなことしても相手は困るし


自分も最終的には困るだけなのに


欲に目が眩むと正常な判断ができなくなるからね


早く正気に戻ってもらいたいものだなと思っているよ


なんか偉そうなやつめって思うかもしれないけど


偉そうにしたいわけではない


そもそもこんなことなんて言いたくないしね


でも気になるというか


悪目立ちしすぎてるようなところがあって


否応なしに目立っちゃうから


勝手に目に入ってきちゃうのさ


腹が立ってムカつくって思うくらいなら


初めからそういうことやらない方がいいと思うんだ


なんで何もわかんないやつにそんなこと言われなきゃなんないんだよとかさ


見ず知らずのやつにいちいち言われたくないとか


そういうことを思うかもしれないけど


でもその見ず知らずの人を騙してるのは誰でしょうかね?


自分の都合だけを考えて


他の人なんてどうでもよくて


後先考えず


今さえよければ


自分のことだけ考えている


それで本当にいいのかね?


スピリチュアルって今を大事にしようって言うけど


でも今を大事にするからそういう意味ではないよ?


自分自身を大事にしようっていうのは誰かを困らせたり、誰かの幸せと引き換えに自分が幸せになるとかそういう意味じゃないよ?


言葉の意味を履き違えてるような気がするのは気のせいなんでしょうかね?


それとスピリチュアルの分野でも差別的なものの見方が広まっているように感じるから


これは本当に改めてもらいたい


あとはっきり言うなら偉そうな人が多すぎる


誇張しているのか何なのか知らないけど


見てて鼻につく


同じ人間同士なのになんでそんな?


どうしてこういう状態になってるんだろう?ってすごく疑問


教祖なの?


なんだかよくわかんないけどさ


先生って呼ばせてたり?


もしかしたら勝手にそう呼ばれているだけかもしれないけど


あとはそれぞれの好きなように呼ばせてるのかもしれないけど


というか先生って呼ぶ側も側だよ?


教えてもらっているから❝先生❞って言いたくなるのはわかるけど


でもさあ、ただの、人が話してる話だよ?


ただそれが目に見えない世界ってだけの話だよ?


はっきり言って誰かから何かを教わるまでもなく


誰しもよく考えたらわかるようなものだよ?


本当に自分の財産を投げ打ってまで高いお金を出し自分の時間をそこに割く


それだけの価値のあるものなのか


そうまでして学ばなきゃいけない目に見えない世界ってあるのかね


話している人物を崇め奉るような内容なのか


そもそも仮にそれだけの価値のある内容だったとしても


誰かを崇め奉るようなことはよろしくないと思う


またそうさせようとしてる人がいるのであれば


この考え方は改めるべきだ


もちろん価値観は人それぞれにあるから 誰かの考えを否定するわけではないけど


だけれどもそういうスピリチュアルの発信をしている人を盲信したりとか


様付けして特別な存在のように見る


でも相手は同じ人間だよ?


神様と話ができること


例えば神託をおろせるとかさ


だからと言ってそれが何?


それが一体どうしたっていうのさ


ただそれだけでそんなにすごいものなのか?


白いご飯にふりかけをかけるかかけないか


そのくらいの違いしかないんだけどな


人間であることには変わらないし


神様の言葉を伝えるからと言って何がどう違うわけ?


これは双方に向けて思ってる


伝える側もだし


それを受け取って聞く側も


なんかさぁ


言葉を選ばずに言うのであれば


気持ちが悪いよ?


これも悪口じゃないからね?


本当にそう思うのだから致し方ない


何で気持ち悪いのか って言ったら


誰を生きているんだかよくわからないから


何してるんだろう?ってずっと思ってる


すごく矛盾してるんだよね


誰かの話を参考にするんじゃなくて


基本的に答え探しをしているようにしか見えないし


自分の中ではなくて外側にずっと探してる


だから自分の答えになりそうなこと


それをくれる人に対して頼りにするから依存的な関係を築きがちなんでしょうね?


そんなことを繰り返していくうちに


崇拝するような形になってしまって


はっきり言うと良くない状況


さっきも書いたとおり


同じ人間なのにまるで特別な人であるかのように


スピリチュアル的な発信している人を何々様と様をつけて呼んだりする


そういうところよ


そういう部分が共依存の関係を作るし


よろしくない風潮も作る


スピリチュアルと言いながら


つまり精神世界に重きを置きながら


どっちかって言うと物欲に走ってる


精神的な豊かさというよりも


物質的な豊かさ


それがダメだとかそういうわけじゃないけど


地位や名誉、物で人の心は満たされないと言うのにね


内側を見なさいとか言いながら


結局どこもかしこも外ばっか見て


内観とか瞑想とか言いながら


その目的のほとんどは見えない何かと繋がるためみたいになってるし


目に見えない存在ありきの人間なの?


私はそうじゃないと思うんだけどね


これは見えない存在からの助けがないとかそういう話ではないし


目に見えない存在たちに助けてもらってるのに感謝の気持ちを持たないとかそういうことではなくて


見えない何かの働きかけとかはあると思うし


私もそこには感謝してるんだけれど


でもそれと依存はまた別なのよ


それに人間にもいいところっていっぱいあるんだよ


ものすごくあるのさ


それなのになんでなんだろうね?


見えない存在よりも人間の方が劣ってるじゃないけど


でもなんかそういう感じの刷り込みみたいなものを感じなくもないなと


存在ありきの人間なところがあるのかもしれないけど


それを言うなら


人間ありきの存在でもあると思うんだよね


見えない何かから助けてもらっている人間側ではあるけれど


でも人間は自分の足で立って歩ける


自分で考えて自分で決めて生きていくことができる


見えない存在の力に頼らなくたって


人間は自分で自分の道を切りひいて行ける


それなのになんで目に見えない存在に委ねているのか私にはわからん


これは見えない存在からの支援や援助を受けるなとかそういうわけじゃなくて


存在頼りにし過ぎなところがあるような気がして


存在に助けてもらわないと何もできない人間じゃないから


何でも存在の言うとおりに動いてればいいと思っているのか何なのか知らないけど


自分を生きているようで自分を生きていないように私は思えて


ホント意味がわからないなと


見えない存在がどうのとかじゃなくて


大事なのは自分自身がどう生きるのかだし


自分自身のことをよく知って


自分で自分のことをよく考えて


自分なりに選択し


普通に人間として


ただ生きているだけ


別にスピリチュアルなんて知らなくったって


自分自身のことを自分で知って


ただ人間を全うして生き切ること


このように自分の人生と全力で向き合っている人


そうしている人たちの方がむしろ


スピリチュアルのことを学んでいる人よりも


スピリチュアルについて詳しい人よりも


スピリチュアル的な生き方をしているなって思う


別に神様がどうのとかそんなことを言われなくたって


神々から言葉をもらわなくったって


見えない存在からの恩恵を感じ取って日々の生活に自然と感謝してるし


感謝の言葉を言うと波動がどうのとかそんなことを一切思わずに


ただありがたいって気持ちを常に持っている


自分の置かれている状況とか


自分が体験していること


それをよくしたいってことばかりが先行して


なんかスピリチュアルがさ


打算的な使われ方してるなっていう印象を私は持っている


だから余計に振り回されるんだよね


目に見えない存在に


人間たちの方が目に見えない存在にその身を捧げ


見えない存在の言う通りに自分を動かす


それで本人の中ではうまく行ったとしても


それは自分自身を生きているとは私には思えないけどね


本人が現状さえよければそれでいいって言うのであればそれでもいいとは思うけど


だから私はスピリチュアルなことを全く知らない人でもスピリチュアル的な生き方をしている人たちのことを知っている


なんならスピリチュアルに詳しい人よりも


その道を進んでいるようにさえ感じる


だからやっぱり思うんだよね


神様がどうのとかそういうことじゃない


波動がとか周波数がとか


アセンションがどうのとか覚醒がとか


そういうことじゃない


それらも大切なんでしょうけど


大事なのはそれじゃないなって私は思う


なんかスピリチュアルで話されている言葉全てが


どうしても私には飾りにしか見えないんだよね


全ての人や全ての存在が話していること全部が全部そうだとは限らないし


きっと大事なことを伝えているんだろうけど


だけどどうしても私にはお飾りにしか見えなくて


何を信じているのかもよくわからないし


スピリチュアルそのものが気持ち悪くてしょうがない


口上を述べたいだけみたいな?


空っぽに見えるんだよ


というただの独り言でした