エゴも野心も正しさも


結局その人自身の使い方次第なんじゃないのかな


そもそもエゴってなんで悪いん?


スピリチュアルってエゴを悪く言うし


非二元でもエゴを抜けた先の話をするけど


別にエゴがあることはよろしくないわけじゃない


エゴがあると見えないものもあったり行くことが出来ない世界もあるのだろう


エゴばかりだと感じ取れるものも上手くキャッチ出来なくなったり


本来見えているはずのもの、見えていたものも見えなくなったりとか


そう言う部分で時に厄介になるのかもしれないけど


嫌悪したり不必要なものって感じはしてない


それに野心について悪く言われがちだけど


野心って大きな夢を持つことって意味もあるし


何も良くないものばかりではないよなぁ


きっと自分さえ良ければとか


良くない意味で使われてるんだろうけど


正義も行き過ぎると良くない働きをするけど


物事の善悪の判断を下すのに正義の心は必要


人の世界にはい要るよね


目に見えない部分から見たら何もかもオールオーケーなんだけど


現実の世界じゃそうも行かん


分別(ふんべつ)し見極めるのには正しさは必須


自分の中にある正しき心と曇りなき眼で


けれどいくら正しくてもそれを振りかざして自分の正しさを誰か基準にしようとすること


つまり人に自身の正しさ押し付けてそれに従わせる


それだと支配となって結果的に歪みを生む


なんか今までの人類はこんな感じだったんだろうなぁという印象


双方の正しさ(主義主張)のぶつかり合い


そして力(実力行使)で押し切る


その力の差で勝ち負けを決めて来たと言う感じ💧


でも用い方を少し変えれば違った結末にだって出来る


どれも全部そう


私自身極端なところがあるから逆に思う


スピリチュアルって0か100かではないとか白と黒ではないとかそう言うことを言いながら


結局両極端なところに行くような意識の流れの中にいるなぁと


二極化したくてしょうがないって感じ😂


どっちかになりたくて、どっちかにしたくて堪らない(?)のか分からないけど


そう言う空気感がある


それは人の意識だけでなく


人に言葉を伝えて来る存在にも


もちろん全ての存在、全ての人って訳では無いけど


面白いね


ちなみに大きな夢を持つことって素敵だと思います


それが壮大な夢だからと言って何ら悪いなんてことはない


夢物語って他者に言われても


別に夢を見たって良いでしょう?


叶えられる、叶えられないって言うその2つに1つで物事を見過ぎ


確かに結果的にはどちらかになるのかもしれないけど


叶えられない夢を抱くことの何がだめなのだろうね?


叶えること前提だけども


でももしも叶えられなかったとして


なんでそれが良くないことなの?


叶えられないってだけで人の価値は決まらない


そもそも叶う途中なのだから


最後まで行かないと分からないよね?


本人が諦めない限りはそれは夢の続きであって終わりではないし


大きな夢ってどんな?って問われて


例えば夢はでっかく全宇宙の平和とか


そんなとんでもない野望を持っていたって


大きな夢を思っていたって別に良いじゃん


どう言うものを平和と思うのかは人それぞれにあるから何とも言えないけど


自分だけが良くて他者が困るようなことではない限り


好きにして良いじゃないなぁと


けど私


多分そのうち敵キャラは自分を見直すしかない方向へ勝手に向かうと思う


敵キャラに多い設定をよく分析するんだけど


敵キャラの考えって続いて行かないから


繁栄の余地なし


繁栄もなければ進歩もできず


衰退して退化するのみ


だって終わらせようとしかしてないから


征服できてもそんなのいっとき


ムリムリ


これは正義と悪ではなく


エネルギー的に見て続かない


閉塞的なエネルギーの流れで


巡らないから終わる


だから必然的にどっちにしろ終わる


まず支配や征服なんて不服と不満しか抱かないし生み出さない


いくら恐怖を用いても嫌なものは嫌


人は改善して行く生き物なんで


変えようとする


なので物理に終わりを迎えることになるだろうね


それがひとつ


もうひとつは目に見えない部分


それはさっき書いたとおり


なのでいずれ見直す機会が訪れて変わらざるを得ない


それでもそれがやりたいのなら


それに見合う場へ移動でもするのかな???分かんないけど


何にせよ、いずれ飽きる


だって何も生まないから


尻すぼまりいずれ閉じる


消えるってよりも閉じて終わるって感じ







何が大切なのかは在り方なんだろうな








追記(これはまさに今(2026/02/02、9:31)書いてる←本当はもっと早い時刻から)


ちなみに正しさって書いたけど


何て言うんだろう?


これはそれぞれの正解みたいな感じ


つまりそれぞれに出したそれぞれの答え みたいな感じ


難しいよね


正しいって言うとさ


なんか正道っていう言葉があるように


それしか答えはないって感じの


もちろんこれは人としての正しいあり方とか


言いたいことはめちゃくちゃわかるんだけど


でもそれは。。。


これ語弊や誤解を生みそう?


だから言葉にするのがすごく難しいのだけど


人を縛るためのものではない


だけどこの在り方は素晴らしいとは思う


人として何が間違っていて何が正しいのか


こういう考え方絶対大事なんだけど


そうでなくてはならないとか


そう思い出すと苦しくなるし


かと言ってじゃあ自由に何でもしていいのかって言ったらそういうわけでもないじゃん


自分の好きなように振る舞ったって構わない


好きなように振る舞うことは確かに大事なんだけど


だからと言って人に迷惑をかけていいことにはならない


自分の意見を主張することはとても大事


確かに大事である


だからと言って他人を傷つけていい言葉を言っていいとは限らないし


自分の考えだけを押し通すっていうのも おかしいな話で


それだと共存共栄にはならんよ


難しいところではあるんだけど


正しいって難しいよね


本当に難しいと思う


この言葉って本当なんだろう?


本当にいろんなものを含んでる感じがあるよ


目に見えない存在たちの正しさ


こういう風に言うとかしこまるか


硬く聞こえるよね


そうだな


人を人たらしめるというか


人とはこうである


生き物としての人間だけでなく


人に備わっている理性とか感性とかそういったもの


そういう感性とかを使う方向って言うのかな?


どういうところに意識を向けるのか っていうところ


そこをどうにも目に見えない存在は


他者を困らせたり悩ませたりしない方へ向けようと動いてる感じがあって


要するに自制心とか慈悲とかそういう感じの


衝動的になって誰かを傷つけない


どうやって自分自身をそこでコントロールするのか


感情に振り回されないようにどうやって自分の感情を自分で落ち着かせるのか


他人のものを取らない(盗まない)


他者が大事にしているものを自分のものにしようとする


勝手に持っていく


倫理観の欠如


それとも所有の概念を持っていないと言い出す?


そういう話じゃないよね


所有の概念もそういう意味では確かに誰のものでもないっていうことを言いたいんだろうけど


だけどそれは盗んでいいことにはならないし


そもそも誰かのものを欲しがるっていうそこ


これそのものも何かを所有したいっていう欲求のようなもので


本当に誰のものでもないというのであれば


取ろう、盗もうなんて思わないでしょ


自分のものにしたいというこの欲そのものがおそらく所有の概念ってものだと思うの


みんなのものなんだから好きにしていいじゃない


っていうこれだけだと


好き勝手していいだけが先行してて


❝みんなの❞ってのがないし


結局自分のさえよければそれでいいっていう状態になっちゃってるから


所有もへったくれもなんもないって言うか


都合よくその言葉を解釈して使っているにすぎないような気がするんだよね


だけどおそらくそう言うことが言いたいわけじゃないでしょう?


そうやってスピリチュアルの概念を自己都合で好きなように解釈して


あたかも正論であるかのように


道が通っているかのように話されたりすることも


だけどよく見てくとおかしいこと くらいわかるじゃん


そういう考え方をしちゃダメってわけじゃないけど


その考え方だと一体どういう風になっていくのか


そういうことを説き伏せてるって感じがあるんだよね


この状態だと人はどういう風に歩んでいくのかとか


だからそういう意味で正しき道に戻そうとする


人ってこういうものじゃないの?とか


本来の自分自身ってどういう存在だっけ?とか


そういう話し方と進め方で


ぶれた軸を真ん中に戻そうと一生懸命奔走してる感じ


そういう感じが目に見えない存在からはする


でもその反面そうではない動きもあるように見えるし


なんか不思議な状況になっちゃってる


そういう意味での正しさみたいなものもあって


でもそれもまた正解なんだよ


そうしたいっていうのも確かに正解


だけどそれ以外のこともまたそれはそれで正解で


スピリチュアルが駆使している


イメージの力とかそういう思考を使った世界からの脱出(?)っていうのかな??


そういうものすらも凌駕してしまった世界


その世界から全体を見てその世界でもって生きることが人類にとってより良いのではないかっていう考え方も確かに正解


目に見えない存在たちと一緒に現実の世界を作っていこうというこの考え方も正解だし


ありとあらゆるものが大正解


全部答え


難しいものだよね全部答えって言ったら


じゃあこれは?


これは?


これは?


これは?ってなるじゃん


たくさんの疑問が浮くことでしょう


こんなの正解に見えないよ、ありえないよ


納得できないよ


信じられない、おかしいとかね


それこそ間違っているってなるでしょうね


そういうことも往々にしてあるから


そういう時に


えっ!?ってなるわけ


どう考えたっておかしいこと


それすらも正解だと?!


理解しがたいし 


納得できない、腑に落ちない


人として生きているとそういうことって本当にあるんだよ


だから答えになってないじゃないかとか


なんでそういうことを言うんだとか


どうしてそういう風になるの?


何でどれも正解なんて言うんだよって


言いたくなる気持ちもめっちゃわかる


それ人間目線だとそうなるんだよね


そうその視点から外れたところにいると


理解しがたいけどそういうものなんだな っていう


これが本当に難しいことになっちゃってて


いつもおそらくそういう部分でぶつかり合ってるんだと思う


うん、そう


だけど何度も言うように


この世界はそれぞれがそれぞれの世界を生きているし


つまり一人一人が自分の考えを持っていて


こうしたいっていう気持ちがあるはずなの


こうであってほしいとか


こうなってたら嬉しいなとか


つまりそれぞれのそういう気持ちがいっぱい集まった場所


だから一人一人が自分自身の考え方を各々で体現してるわけ


自分が思っていることをやっているっていうこと


その方向性が似ているか似ていないかとか


ざっくりとまとめるならそれだけの話だと思うんだ


だけどそういう世界だから


お互いの答え同士がぶつかっちゃう時もあって


譲り合うできるけど


ぶつけ合うこともできちゃう


そしてどちらかにしようとすればしようともできるし


どっちも不採用にもすることもできる


それにどちらも採用しようと思えばできる


いろんな選択肢がある中で


いつもどちらかにしようとしてきたんでしょうね


だからそれぞれの答えを貫き通すために


それぞれの答えと自分自身の正しさの証明のために


物理的な実行をしたっていう


そういうことの積み重ねが歴史で語られていることなんでしょうね


でもそれってそれぞれの答えになるからさ


誰かにとっては不正解なんだよ


それに人の視点じゃない視点に立って


あらゆることを見ると


本当にいいも悪いも正しいも間違いも何もない


なんなら全部正解だし全部間違いとも言える


間違いとか正解っていうその考え方


つまり何が正解で何が間違いかって判断するその基準ってさ


どこの何の基準なの?って話になるじゃん


人の世界では、高次元の存在の世界では、日本の神様の世界では


何かの基準があるのかもしれないけど


それすらも抜けた場所からだと


別に何にもなくって


そうしたいならそうすれば?とか


それがあなたたちの望みならどうぞとか


そこに何にも思ってないのよ


ただそういうことが起きているだけってそれのみで


そこに対して何にも思ってない


どうぞってだけなんだよ


だからその善悪とか、良し悪しを決める基準というのは誰かの中にあって


これが個人の中なのか


それぞれの世界


人の世界なら人の世界の


高次元の存在だったらその高次元の存在の世界の


日本の神様だったら日本の神様の世界の中での


そういう基準みたいなものがあって


それによって一体どうあるべきなのかとか


なんかそういうのが決められて話されているような感じがするの


めちゃくちゃそういうものを感じるんだけど


それが悪いってわけじゃないんだよ


そういうものも必要なんだろうなとは思う


別にここに対してそういうことをしているんだ


信じられないとか


いけないんだとか思ってるわけじゃない


いっときは思ったこともあったけどね


人間の世界ならそういうものがあってもおかしくないなとは思ったけど


目に見えない部分でもそんなことがあるのかと


だってそういう人間の世界のようなこととは無縁っていう印象があったから


でもそうじゃないような感じがものすごくあって


私自身ドン引きしたんだよ


えっ無気力ってね


それじゃあ話にならないじゃないかとか思ったりもした


だって人と同じような考え方をしているのであれば


それは人に聞いても同じでしょ


別に目に見えない存在に聞かなくたって


生きている人間同士で会話し合えばそれで十分じゃないかって思っちゃったの


だって目に見えない存在も人間と同じような感覚で話してる


何て言うんだろう


人と同じような世界観で生きている


人の世にあるものが


芸術とかそういうこともあるけど


人間の世界の営みの根幹的な仕組みっていうのかな?


ベースにある考え方とか


物事の判断基準とかそういうもの


それだって目に見えない存在たちが話していることとあまり変わらないから


それを私たちも見えない存在と同じなんだねって思うこともできるけど


その逆もあって


目に見えない存在たちも人間と変わんない


結局参考にならないじゃないかと思っちゃったりするわけよ


別に人間をディスってるわけではないし


見えない存在をディスっているわけではないんだけど


でもあまり参考にならないなって


だって人の世にあるものをそのまま話されても


それは人の世にもあるものだから


いずれは気づくじゃん


できれば人の世に実際はあるのかもしれないけどなかなか人が気づけない大切なものとか


本来は持っているものなのに忘れてしまったものを気づかせてくれるとか


そういうのだったらいいんだけどね


もちろんそういうことを伝えてきてくれる存在もいる


だが往々にしてこれは正しいとか間違えとかそういう話じゃないんだけど


見えない存在の思う理想の人間像みたいなさ


そういうものを目指して動いてる感があって


確かにそういう人ばかりになったら落ち着いて過ごせることは確実


だけど真人間だらけになりそう


ダメって言うか


気持ち悪い


統制されてる感じがあって


なんかそういう方向に向かってる感じがすごいある


それがいけないって話じゃないんだけど 本当にそれが望ましいことなのかっていうと何とも言えないな


ただそれもそれで正解なんでしょうけどね


だからと言って私は別に争い事を望んでるわけじゃないんだよ


なんかそういうことを言うとすぐ非国民扱いになるからさ


悪魔に憑依されているとか


別にそういうことじゃないんだけどね


神様が話していることが全てではないし


それが正解でもないじゃん


どれも正解でありながらもそこには間違いも入ってるわけで


答えは1個じゃないし道も一つじゃない


いっぱいあるはずなのにどれか1個にしようとするから摩擦を生んだり


苦しくなったり


時にはそれが楽って人もいるけどね


悩みを抱えたりするわけで


前から地球は宇宙の縮図って言ってたけど


これはそういうこと


目に見えない存在が話していること


そのものがもうすでに地球上にあるわけで


人間たちが思っているこの価値観とかそういうものも


下手したらこう目に見えない存在の働きかけによるものであることが多いのかもしれない


何とも言えないけどね


あと宇宙って言ってもめっちゃ広いじゃん


その上たくさんあるじゃない?


だからどこからどこまでの宇宙なのかとか


地球周辺だけの話なのかもしれないし


大規模の話になっているのかもしれないし


その辺はちょっとわかんないんだけどね


天の川銀河内の出来事かもしれないじゃん?


それだとしたらものすごい狭いところであれこれやってるよねって思うし


天の川銀河なんてさ


宇宙全土に比べたらすんげーちっちゃいんだよ


めっちゃちっちゃいんだよ


すごい辺鄙なところに地球がポンってあってさ


その周りだけでさ


あーだこーだやってる


それはそれでまた面白いけどね


超コミカルだなって思って見てる


全然笑えないこともあるんだけど


本当になんでそんなことをやっているんだろうね?ってこといっぱいやってるからさ


これは別に馬鹿にしてるわけじゃないよ


でもなんかそういう風に思えるんだよね


あとこれ別に宇宙視点でも何でもないからね?


宇宙視点っていうこれそのものも


もはや私の中では箱の中なんだよ


宇宙っていう限られた中での話


それがダメだってわけじゃないんだけど


できればそうじゃない部分からの話の方がすごい面白いと思うんだよね


宇宙だけじゃ見えてこないものがあると思うの


で、見えない存在たちに疑問を抱くのは


どうして宇宙っていうそんな狭いところにいるんだろう?と思ってて


別にそこにいること自体がよくないとか


どうしてそこ止まりでいるんだろう?もったいないとか


そういう話ではない


ただ確かにもったいないとは思ったけどね


でも宇宙にいることをやりたいのであればやればいいと思うの


だけど肉体を持っていないし意外と人間よりも様々なことに気づけそうなところにいるのになって思って


だからなんでそういうところにいるんだろうなと思ったわけ


単純な疑問


でもそういうことをやるって言うのがその存在たちの目的なのであればそれをやるのは普通と言うかそういうもんだよね


いう結論に至ってあーなるほどなって自分で納得したから


別にもったいないとかそういうことは思わなくなったんだけど


でもいつまでも人間と同じ感性を持っている状態では困るなっていうのはある(^_^;)


別に人間のことを本当にディスってるわけじゃないからね?


ただ人だからこそいっぱい間違いもあるわけで


人間目線だと気づけないものとかもいっぱいあるのよ


でも見えない存在なのに人と同じ目線じゃ困るのよ


それじゃあ。。。ね?


同じ視点で物事が見れるって言うことはいいことではあるんだけど


同じ視点で見てたら同じ視点だから見えてこないものもあるのさ


だから見えない存在の方も成長が必要だし進歩も進化も必要になる


これは何なんでしょうね?


この地球とか宇宙とか


この何?


魂っていうものがあるなら


魂の教育プログラムみたいなやつ?


教育ってのもなんかちょっと違うんだけどね


体験プログラムみたいな感じの場所


何なんでしょうね?


不思議だよね


めっちゃ不思議


そういう経験を積む場として用意されたっていう感じがものすごく感じるよ


見たわけじゃないけど


なんだろう。。。


ここはそういうところなんだなっていう感じをすごくひしひしと感じる


だってそういう風にしか見えないんだもん


こういう目に見えない世界の発信をしている人の話を聞く


存在たちの話している内容を耳にする


総合的に見てここってそういう場所なんだなって感じ


不思議な場だなって思ってる


ちょっと話は変わっちゃったんだけど


エゴは悪くないし


野心は必ずしも悪いものではない


正しさも同じで必ずしも悪いものではない


ただそれぞれの語句に対する認識の違いとか


その人自身の考え方や捉え方


あとはその人自身の在り方やエゴ、野心、正しさこれらそれぞれの使い方、扱い方によって変わってくるんでしょうね


使い方も扱い方もそれは全部その人に委ねられるものだから


一番大事なのはその人自身の在り方


それそのものなんだと思う


だからこの言葉の意味それそのものには


別に何にもなくって


結局それらは個々に委ねられてるって事なんだと思う


だから単純に良い悪いとか


そういうもので判断できないもの


状況によっても変わってくるし


つまるところは自分でよく考えて行動すること


自分自身の在り方を自分自身で見直しながら


自分自身でこれでいいのかな?って自分に問いかけ続ける


本当にその繰り返しだよね


そう思うと全部自分自身のことを自分自身で見ていくから


結局のところ内観が大事になってくるっていうのは


様々なことが言われているけれど


様々なことが言われているそれを含めても含めなくてもどっちでもいいけど


でもとどのつまり


まさに理にかなっている


だからずっと言われ続けているんでしょうね