何者でもない
ただの人として
その人自身と話したいのに
何者かになっている
そうあるその人も素敵だけど
その肩書き要らない
※これはスピリチュアルの話です
肩書きは何も役職を指すだけではなく
職業の専門性も表す
一般人と変わらない
私はみんなと変わらないって話すけど
専門性を持った自分でいようとするし、そうあろうとする
常に、いつも、どこでも
寧ろその自分が本来の私だと思っているだろうし
責めているのではないけどそう見えるかもしれない。。。(?)
話を戻すけど
もうそれがその人自身だから
それを取っ払った何者でもないあなたとは話せない
みんなと変わらないと言うけど
確かに変わらないけど
でも変わってる
変わってしまった
言いたいことは分かる
分かるけど
分からない
オンオフみたいに使い分けてくれたら良いのに
と言うのはきっとわがまま
きっと彼(彼女)らも大変だったんだろうな(存在)
今とは違うだろうし
いつ素に戻るのか(人の話)
戻ることが出来るのか
真剣だし真面目だからさ
その肩書きの私に準じる
そうであると決め、それを自認自覚した時から腹を括り覚悟を決めて事にあたる
ずっとそうして来たのだろうか。。。
けど何者でもないあなたはどこに?
ただのあなた方と友人になりたかったよ
肩書きがあるから、何か特別なことができる人だから話したいわけじゃない
そんなのなくったっていい
それをしてほしいわけじゃない
寧ろない方がいい
人のまま、人間としてその人が持ってるそのままのもので
不思議な能力を求めてなんていない
何もなくて良いし
何かでなくて良いのにな
ただの人同士での交流がしたかったのに
それもかなわない
だって本人が何者かであり続けようとするから
それを望んでる
何度も書くけど責めてるわけじゃない
そこに何かを言うことの方がナンセンス
どうかしているしそんなの必要ない
寧ろそれを尊重するよ
だけど見えない壁を感じるのも確か
余談
この感覚を分かりやすく雰囲気的に例えると芸能人とかアイドルとかに近い?←全然違うけどね
本人も自分がそういう(芸能人とかアイドルとかそういう意味合い)存在だと思ってない
そもそもそう言う目的で活動しているわけではない
でも素じゃないからと言うことで例に出したけど
これはものの例えです
別に芸能関係に限らず専門性と言う仮面をつけて話してるし接している人は沢山いる
私だってそう
家にいる時の私と仕事をしている時の私は同じ私だけど違う
学校の先生は教師だけど普通の人
何かの研究者さんだって研究しているけど人には変わらない
だからそれがダメだとか悪いってわけじゃないんだよ
それも大事なことだし必要なことではあるんだ
それがそれぞれの役割なのだろうから
でもそういうことも分かっているからこそ
なんだか複雑な気分になるのよ
この複雑な感情の動きがまさに人間って感じ
この一筋縄で行かない反応はシンプルだけど
感情や思考によって複雑化する感じは人間ならではだと思う(^_^;)
話を戻すけど
常に一定のラインを設けられているような?
そうなってしまうのは分かるけど
やっぱり何とも言えない気分になるね。。。
更に余談
私が思っているということは他にも思っている人がいてもおかしくはない
こう言う(何者でもないその人自身と向き合えない)のはやっぱり複雑な気分になる
分かっているんだけれどもなんか相手が変わっちゃったかのような感じもする
全然変わってないはずなのに
それでもやっぱり同じではない感じ
前と一緒ではないなって
そしてもう決めたんだなって感じで
私はこれで行くのってね
あなたのことを止めたりしないよ
だってその人がやりたいと思ってることだから
寧ろ応援している
けど
遠い存在のようにも思える
実際は遠くはないけど
確かに遠くはないけど遠いような感覚に陥る
距離感をどうしてもその人から感じてしまう
もう知ってる人じゃないような
知らない人のような感覚になって
遠くにいるような
物理的な距離の話ではない
近くにいても遠いそんな感覚
こういう感覚に陥ってる人も多分いるんじゃないのかなーって思う
どうしようもないのかもしれないけどね
距離を感じる
一度気づいてしまった
そうあることを決めた
その自分が私自身と言うよりも魂がやりたいと思うこと
それに順じることを決めた時から
もう(ある意味)元には戻れないし
戻らないんだ
そう言うもの
戻らなくて良い
戻らなくて良いのに何とも言えない気持ちなるのはきっと
どこかに寂しさを感じてるのだろうな
そう言う意味ではさようなら
知ってる人でも知らなくても
最初から壁はある
心を開かれていても
そうではない何かになっている状態ではない状態で話すことはきっとかなわないだろう
それは致し方ない
その在り方が本人の望みなのだから
これは今現在の場合
全体の意識が変われば変わるかもしれない