あちこちに向かってる感
たくさんの人やたくさんの存在がいるんだから
そうなるのは当たり前なんだけれども
ただ
いろんなものが乱立して動いて行ってるような?
ありとあらゆるものがいっぱいでいっぺんに動いてる
同時ににいろんなものが存在してるからそうなるのは当然だよね
どの立場だよって言われそうだけどさ
スピリチュアルについてよく分からない人が言っている戯言だと思って聞いてて?
何かを決めるのは見えない存在じゃないよ?
あなたのお好きなようにすればよい
それが普通なんだけど
なんだかこの世界って
私目線で話すと
見えない存在プロデュースで動いてるところが多くて
どうにも人間の可能性への見積もりが低い(?)感じがしてる
しかも人間の方もどうぞ自分のことを好きに使ってって感じで
見えない存在に任せてしまっているところがあるような?
これはスピリチュアルについて詳しい方々がよく話す宇宙と呼ばれる何か、それに全てを委ねるとか降参してしまうと言われてるけどそれとこれとは話が別だからね?
この見えない存在が一体何なのかについて私には分からない
とりあえず詳しいことか分からないけど色んな生き物が様々な状態で存在してるって解釈(?)で宜しいのかな?
話を戻すけど高次元の存在と一緒になって世界(現実)を共同創造するんだと言う話になってるけど
でも人間と一緒に作る気が本当にあるのかしら?
なんかいつも宇宙のエネルギーの流れがどうとかさ
そのエネルギーに乗るにはどうしたらいいとか
エネルギーを自分で使うにはどうしたらいいとか
そう言うのが多いよね
確かにエネルギーの流れによって道もそれぞれに分かれるのだろう
だからそれを知ることは大事だと思う
そしてそう言うことを伝えて最終的にどうするのかは自分(人間)で決めてねって話だけど
うーん。。。これって本当に自分で決めてることなのかな?
なんでこういうのばかりなんだろうか
他にもこの日までに何々するとかそう言ったのも多いよね
例えば夏至とか春分とか天体の話をしたりとか
それがダメってわけじゃないけど
これのどこに共同創造と言うのを感じているのか分からない
ただの報告だし
主体となって動いてるのは人と言うより見えない存在
もちろん人も動いてるけど
でも指示を出してるのは見えない存在であって人ではない
人の世なのにね
人任せにすると悲惨になると思ってるのかなんなのか
そんでもってその報告を聞いてどうするのか
これ確かに自分で決めてるけど
でももう既にある答えから選んでるだけでしょう?
私はそういう選択がしたいわけじゃない
人間の可能性を低く見積もっている気がするってさっき書いたけどさ
こういうところに現れてるよね
本当に人間の可能性についてきちんと見ているのであれば
こうはならなくない?
だって自分でどうにだってできるんだもん
見えない存在たちが伝えてきていることって
無限にある中の一つを伝えて
それを知った人間があーでもないこうでもないと騒いでるようなもので
そこに意識を向けるからそのような現実を迎えてしまったりするわけで
如何様にだって変えられるのに
伝えられたそれが全てではないのに
まるでそれしかないような感じで見えない存在も話す
それには本当に違和感
どうしても方向付けしてるにしか見えなくて
なんかそれがすごく不快感と不信感を持つ
もちろんそれがやりたいことなら好きにやればいいけどね
誰も咎めないし咎める必要なんてないからね
とにかく私にとっては不自然さがあって
どうしても無理
以前から何度か書いてるけど
人と存在の関係性(在り方)を見直す
そう言う機会なのかも知れないなと
そんなことを思ってる