二重スリット実験で


観測しなければ波のように振る舞い


観測したら粒のように振る舞う


粒のように振る舞ったのは思考が影響していると言う話を耳にした


粒のように振る舞うと思っていたら


波のように振る舞ったので


それを観測して確かめたところ


波ではなく粒と同じ振る舞い方だった


観測して変わったから


思考が影響したって判断したのかな?


観測の仕方は観測の対象となるものに光を当てており


その時点で対象物は光からの影響を受けているから


元々のものとは全く別のものに変わっていると言う見解があり


それによって粒としての働きを持ったと言う話もあるから


思考が影響してるのか?と言うと何とも言えない


私なんかはもしも思考、つまり意識が影響しているのであれば


波の動きを見せる、粒の動きを見せるの2つ以外を見せてほしいって思っちゃう


思ったとおりになるのなら


一粒ずつ出すので


渦巻き状になっててとかね


意識が影響してることを確かめるのには


それ以外の状態を見せてもらわないと分からん


波か粒かではなく


波と粒両方とか


波でも粒でもないとかね


何度やっても同じ結果なら


それはそう言う働きや性質を持つってだけのもの


なにかが生じる時には他の要因もあると思う


シュレーディンガーの猫の話も一緒


人は猫が生きてるか、それともそうでないか


この二択しか見ない


というより物理世界ではその二択しか答えが出て来ないから


どっちかが同時に存在しているってことを実験したのだろうなって思ってる


中を開けてみて初めて猫の状態が分かる


中を見ない限り確定しないもの


さてどっちってなった時に


どちらでもなかったら?


なんてことも考えたりする


そもそも観測を目で見ることに断定していてるけど


目の前の現実は目を閉じていても起きるよ


見えていても見えていなくても起きる


では何が現実を作り出している?


その認識とは一体?


気になるよね


量子もつれについて


再度知りたいな


この猫の話なんてさ


人間の世界であることに例えるのであれば


怪我をしました


絆創膏を貼りました


とても痛いです


傷口の状態がどうなっているのかは絆創膏取ってみないと分かりません


悪化してるかそれともあまり変わってないか


そういう感じ


あまり変わってないと言っても少しは変わってるとは思うんだけどね


変化がないということは悪化はしてないから回復の方に向かっていると思うんだ


悪化してる場合は化膿などで色が変わってるとかさ


いろんなことが考えられるんだけど


なんかそういうのに近いなって思ってて


でもそこに人の思考とか意識というものが働いているのであれば


次の瞬間には治っていてもらいたいわけよ


怪我をした当初よりも多少は良くなっている


そういう希望を持っていたいものだよね


観測っていうものが何なのか


見ることにこだわりすぎてる気がするんだけど


だってこれ


目を開けたままでの話でしょ


でも目を閉じていても何かは生じるし


出来事は起こる


起きてしまうものである


それは本人の意図とは関係ないところで


発生する場合だってある


だからその意識っていうものが何なのか


観測というのは何を言っているのか


一度根本から見直さないといけないかもしれないね


目を開けて見えるものが全てではない


目を閉じていても物事は起きる


ただ目を開けていた方が気づけないことはあるし


変化も分からない


その違いはあるけど


何かが起きることに対しては


目を開けていても目を閉じていても同じように起こる


その結果がどうなのか


そこについて見える、見えないっていうのが本当に関係しているのか


そこは不明だけどね