神について


その神と呼ばれる存在が


何をしているのかについて


何が私の中で引っかかっていて疑問なのか


すごく嫌味な書き方をするなら


数ある人間の中から


最も適した人材を選ぶこと


人間社会だったら当たり前のこと


でも


殊(こと)にそういう未知のもの


それに関わるものを


未知なるものが選ぶ時


私その未知なるものを


人が畏敬を持って接している時


その未知なるものが選んだ存在


その人物は


どのように扱われるのか


分からなくないだろう?


その結果


何が起きてきたのか


しっかり機能していた部分もある


でもそうじゃない部分もある


その選ばれた人間に対して


そうでなかった人間が取ること


抱くもの


それが何なのか


これは人類が愚かだっていうことを言いたいわけじゃないけれど


でも特別視するでしょう?


その人の言葉を絶対視するでしょう?


そしてその言葉を発する人も


これは私の言葉ではなく神の言葉だと


そう告げるでしょう


そうだったとしても


そう振る舞うだろうよ


その人物が自分に酔いしれるって言うことではなくて


でもそのように振る舞わざるを得なくなる


そうすると特別なものとして見る


それは益々強くなっていくと思う


そしてそれは選ばれてしまった者に


多大なる負担となる


一人に背負わせるものじゃない


でもできる者が限られているからと


その者に全託し


存在も存在でそれでいいのか?


自分たちがサポートしている


そういう問題?


相手は人間だよ?


生身の肉体を持った人なの


いくらサポートをしているから


守っているから


だから大丈夫っていうものでもないと思うんだ


でもこういう存在たちから


言葉をおろしたり


何かを任されたりする人は


自分の意思と関係なく


動く


私にはそれがある意味不気味に映る


意志のない人形のように見えて怖い


でもそこに自分の意図があると


思うように伝えることができない


だから自分の意志を持たない


それがきっと重要になってくるのだと思うの


それってある意味


天に全てを委ねて


安心して信頼しているっていう事になるよね


絶対に大丈夫だっていう確信がないと


そうはならない


あときっと大丈夫だとは思ってるけど


でもそこに


万が一のことがあっても


自分が選んだことだからという覚悟みたいなものもあって


そこには意志があるんだと思う


私には到底理解できないほどの


何とも不思議


でもそうやって


特別なものを用意してしまう


今はそれしかできないのかもしれない


でももうちょっとなんとかなんないのかな


これが直接の原因とは言わないけど


でもスピリチュアルに対して


ものすごくそういうものを望んでいる人が多い


私もそうなりたい


私もそうでありたい


そうしたいのって


だから神様選んでよ


私のことを選んで


私のことを使ってって


そうやってなんだかよくわからないものに


身を委ねてしまうっていうこともあるし


そういう職業とは言わないけど


でも見えない世界の職業みたいなものがそうだとしたら


きちんともう少しそういうことについて


細かく詳しく話さないと危ないと私は思うんだ


神さんよ神託を伝えるだけが仕事じゃないぞと


もっと詳細をどんな人にでもわかるように


平易な言葉でしっかり伝えないとダメ


そして付け加えて


誰か一人が特別じゃないっていうことを強調しないと


この先もそういうものに憧れる人が出てくる


むしろ神様の方がそれを増長させてる部分があるよに見受けられる


私はそのように見てる


でもそれって今の人間の意識レベルで


事細かに伝えずに理解できるかって言うと


残念だけど難しい部分がある


羨ましさとか


憧れる気持ちの方が強いから


全ての人が特別なのなら


私だって特別でしょ?


じゃあできるよねって


だけどできる人とできない人がいることはきちんと伝えなければならないし


人間社会のことを理解しているようで理解していないというか


わざとなのかわからないけれど


それをやったらこういうことになるかも知れない


そこからどんな風になるかも


それを想像することができない神様ではないでしょう?


どうしてそうするのだろうか


本人たちに気づかせるためか


全部が全部答えを用意して


あらかじめ何も問題が起きないようにすることなんて簡単


でもその簡単なものを用意して


その中で生きていても


何にも変わらないぞと


そこで自分自身が気づくこと


そうじゃないと成長しない


なるほどね


そういう意味もあるのか


で、これは何(誰?)って思ったけど


すごく久々かも


一番最初に話した存在


だけど何者でもなくて


不明


ただ俺はお前でお前は俺だとしか答えてくれなかった


神様なのか高次元の存在なのかなんて知りません


でも私なのなら


文句つけたっていいよなって思って


時々声をかけてくる


なんだかよくわからない俺様キャラで


結構私にとって耳が痛くて


精神的にキツイこととか


厳しいことを言うから魔王的な存在として


まーくんと呼んでる存在


なんとなく教えてくれたのはその存在のような気がするなぁ


でも言われてみれば確かにそうだよね


初めから何も起きないように


前もって準備するのは


とても人間的な考え方だったのかもしれない


だってその方がスムーズに行くし


トラブルも少ないから


でもトラブルが起きることうまくいかないこと


そっちの方が大事なんだろうな


私だって初めから知っているわけではない


いろんな経験があって自分で考えたから


今こんな風に捉えることができて


ここって問題点なんじゃないだろうかって気づくことや指摘することができるのかもしれないけど


でも初めから何も起こらなければ


それすら気づけないまま


何にもないままことが進んで


何も学べないまま


何も経験できないままになってしまうのかも


それは確かに成長には繋がらないよなぁ


もしかしたら


語弊を生みそうだからあまりこういう書き方はしたくないけど


分かっている人目線で話しちゃってたのかも知れない?


自分自身が何もかも知っているとか上から話してるわけではないよ


でもそのように見えてしまったら申し訳ない


話を戻すけど


何にも知らない人はそれが問題点だっていうことにすら気づかない


問題が起きて初めて問題だったって理解する


でもそれはそれが問題だっていうことを理解するための出来事があって初めて認識できることであって


それを知らない人は分からないよね


もうすでにそれを体験している側は


それってあんまり体験してほしくないことだから


それを回避するように働きかけてしまうけれど


でもそれってある意味では学びの機会を奪ってしまっているとも言えるのかも


そう思うとやっぱり何が正解かなんて分からないなって


改めて思う


自分自身の考え方のとても狭くなっていたのかもしれないって


それにしても


この世界って本当に何なんだろう?


それだけはいつも答えが見つかんない


不可思議すぎる


学びの場っていうのはあるのかもしれないけど


それにしたって摩訶不思議











『分かったことと解せないこと』で気づきがあった