何度も何度も
打ち砕かれてるような気分になる
目の前に完成しそうなものがあって
でもそれが壊れていく感じ
動揺ってそういうのに近いかも
そうだろうと思っていたもの
信じていたもの
それは自分の理想の形だったのかもしれないけど
でもそうではなかった時の
落胆と言うか
悲しみ
これは勝手に私がそうだと思っていただけであって
その存在たちには関係のないことではある
それでもやっぱり悲しかったんだ
めちゃくちゃ傷ついた
その度にすごく悩んだし
その問題について考えた
解決できなくとも
確かに考えた
だから今があるのか
何度も心が揺れて
感情が動かされて
その度によくわからなくなって
何もかも信じられなくなり
だけど
心の奥底で
その存在たちが好きだなって思ってるんだ
だから嫌なんだよ
やめてほしいんだよ
考え直してほしくて
なんでそうなってしまうんだろう
なんでこうなってしまったんだろう
そういうことばかりを考える
でもそれは私には関係ないことではあるの
だってそこに私は関与していないから
一言で言えば他者のもの(他者の出来事)
自分のものではない
自分事として考えて悩むなんてさ
おかしいかもしれない
ある意味では共依存の状態かもしれないじゃない
自分とは関係ない部分で悩み、傷付くって
確か共依存の分類の中に入ってた気がするんだけどな
違ったら申し訳ないんだけどね
だけど嫌だったんだよ
どうしたらいいんだろうなって
本当に調和や平和というものを大切にするのであれば
そうはならないはずなんだよ
これすらも自分の理想かもしれない
でもそうはならないと思うんだ、本当はね
だから揺れるの
どういうことなんだろう?って
疑問に思うの
分からなくなって
不信感が募っていく
でもどこかに
諦めてない私がいて
だからずっと考えてきた
一つの問題に私なりの答えを出す度に
次から次へと見えてくる(私にとっては)問題点
他の人がどう思うのかわからない
けれど私には好ましい状況とは思えなかったの
本当にそういう状態を望んでいるのかな?って
それが本心なのかな?って
ずっと疑問で
でも確かに向き合ってきたな
だから今の私がいるんだろうな
でも向き合えるのは
存在の話に引っ張られないのは
つまり立ち止まってしまうのは
きっと今までの生きて来た中での経験がそうさせているんだと思う
とてもじゃないけど良い家庭環境だとは言えなかったし
学校も職場でも居心地の良い環境とは言えなかった
どちらかというと苦々しい思い出が多い
ほとんどがそう
だけど多分そういうことも
慎重になる要因の一つで
自分の家の変わった家庭環境も
不思議なことに対する好奇心があれど
のめり込まない
盲信しない
どちらかというと懐疑的に思う要因になっていると思う
そういったところから
おそらく偏りがないとは言い切れないけど
変わったものの見方や独特の視点に繋がるのかもしれない
存在たちに対して逆に物申す
そういう人類ってあんまりいないと思うんだ
これは(よくありがちな?上手く行かないこと等への)文句ではなくて
真面目な問いかけ
なぜそうするのか
本当にそれでいいの?と言う
答えなんてもらったことないけど
それでもずっと問い続けてた
何の解決策もなくても
何も見つからなくても
ずっと考えてた
何もできないけれど
でも考えることなら
別に誰にも迷惑なんてかけないし
私の中だけのものだから
考えることなら誰にでもできる
考えようとすればね
だから自分自身がやれることをやった
そのまま見て見ぬふりをすることができなかった
放って置いても良かった
でも寝覚めが悪かった
自分の意にそぐわなかった
だから私がやりたいことをやった
それはもしかしたら
自己満足かもしれない
でも嫌だったから
いろんな理屈をこねくり回して
理由付けして
自分自身を正当化するわけではないけど
でも結果的に正当化してるのかな?
そうある必要があったと
勝手に結論付けて
一人で勝手に奮闘してた
まあ、ある意味
とっても痛い子
それでも後悔したくなかったから
一生懸命考えたな
それについて
根源的な私なのかな?これは
不屈の精神
あと誰かが
強くなったなとか
頑張ったなって
言ってくれてて
それが何なのかはわからない
でもやってよかったのかな?って
不安でもあったから
かといってその言葉をもらった今ですら
その言葉自体を
そのまんま鵜呑みにして
喜ぶことが残念ながら今の私には難しい
どうしてもこれは何だろう?
褒められて良いものなのだろうか
安心して受け取ってもいいものなの?
自分自身がやってきたことに対して
正しいとは思っていないの
それこそ自己中心的な考えだったかもしれないから
だって誰からも頼まれてもないのに
勝手にやって勝手に傷ついて
勝手に一喜一憂して
自己不信に陥ったり
存在不信に陥ったりしているわけで
この世界(見える世界と見えない世界を合わせた世界)に対して猜疑心を向けている
かと言って信じられるのは自分だけっていうわけでもなく
その自分自身すらも疑ってしまうところがある
そうなったらどこにも拠り所がなくなるの
それってすごく危うくて
グラグラしている
そんな状態だけれども
こうしてこの場に留まっている
ある意味グラついてるから
危ういには危ういんだけど
でもどことも言えないところにいる
それはある意味どこにでも行けるようで
どこにもいない
その状態がいいのか悪いのかもよくわかっていない
これが精神的な不安定さをもたらすんだけれど
それでも私としてここにいること
それって何やら
並大抵のことではないよっていう感じも 誰かから言われてたりする
でもそうやって褒めておだてても何にも出ないし、私は何もしないよ
そうやって耳心地のいい言葉を言って
しめしめって思わせたくないし
だからものすごく(どこかから流れてくる)その言葉に対して警戒している
そのままそれを自分への賛辞として
受け取って良いものなのかがわからない
だから申し訳ないけれど
ふぅん(棒読み)で終わってしまう
嬉しいとかやったーとか
これで良かったのかもしれない安心とか思えない
でもそういう見方もできるんだなって
頭の片隅に入れとくけど
ひねくれ者には難しいの
今のこの世界の状態だと
手放しで喜べない
ありとあらゆる次元の存在が
様々な思惑で
この世界に関与しているから
簡単に喜べない
残念だけど
私自身その判断がつかないから
多分その言葉がどこからか
流れてくる
入ってくるっていう言い方もするかもしれないけど
なんとなくこの感じは流れてくるって表現の方がより正確
ピンポイントで誰かに向けて流してるのかもしれないけど
流れ着いた先が自分っていう気もして
そう思うとさ
悪意はないと思うけど
誰でもいいんじゃないのかなっていう気もする
その流したものに対して
合致する波動のもとにたどり着き
そこで本人にとって適切な言葉を作り出しているような
そういう気分になるの
何を言っているんだと思いそうだけど
まるで機械みたいだよね
でも何にも感じないんだ
悪意も感じなければ善意も感じない
無
エネルギーて流れてるものだからね
だから流れ着くとか
そういう表現でも
ある意味間違いではないような気もしなくもない?
そもそもこの世界が一体何なのか
それについてよくわかってないからさ
何とも言えないけどね
あくまでも個人的なものなので
もちろん毎度のように
鵜呑み厳禁で
流れてたどり着いた感もあれば
うまく説明できないけど
ものすごく近くで話されてるような気もしなくもない
別の何かなのかな?
でも頭の中に急にポンって出てくるんだよ
頭って言っていいのかわかんないんだけどね
ポンって出てくるって言うのも正確とは言えなくて
どちらかって言うと
初めは何もなかった
でも頭なのかどこからなのかわからない場所で
それを精神って言うのか、心って言うのかわからないけど
ふとなにかがたゆたうように
自然にその場に集まり始めて
気づいたらそこに言葉があった
それに私が気づくという
そういう感じに近い?
うまく言葉にできないけど
でもそんな具合で
そういうのがものすごい短い時間で
行われているような
でも本当はそこに何もなかったはずなのに
気づいたらもうある
それが言葉なのか
あるいは映像なのか
はたまた音なのか
それとも全く別のは何かなのか
それは人それぞれに違うと思うけど
私はなんかこういう感じ
でもこれって実は何も特別なことじゃなくて
人間に多分備わっているもの
人のスピリチュアリティ的な部分の一部だと思う
全員ができるかどうかはわからないけれど
でも人間にはそういうことが可能
そしてこれは普段生きている中だと
あんまり使われないから
徐々に退化してしまっている
そういう類いのものだと思う
時々急に横からピュンって入ってくる時もあるけど
何度も壊れて行く
完成ではないけれど
途中まで来てまた壊れて行く
何度も壊れるのに
何度もやり直そうとする
何度も挑戦する
なぜだ?って
私の中には嫌だからっていう気持ちしかないの
その嫌っていう気持ちだけで
続けられるものなのか?と
それが人間なの?と
全部の人間がそうなのか私にはわからないけども
私が嫌だっただけなんだよね
悔いを残したくないとか
本当にそういうことくらいで
何かを成し遂げたいっていうわけじゃない
素晴らしい志があるわけでもなく
本当に単純なところで行くと
私が嫌だから
要するに平たく言うと気に入らないんだよ
その状態が私にとっては好ましくない
望んでないの
だからどうしたらそうじゃなくなるかな?って
ただそれだけなんだよ
だから自己満足なんじゃないかなって
ずっと自分がやってきたことについて
自問自答してる
これで良かったのかな?
本当に?ってね
私の頭の中も心の中も複雑
でも諦めきれない
もしかしたらって思うから
やめられないというか
やめたくない
そこにあるのは
多分信じていたいんだと思う
本当はそうじゃないっていうことを
だから何度だって立ち向かえるのだと思うし
やり直せるんだと思うんだ
多分
というより
きっと