言葉で表現することが難しくて。


表に出せないものがたくさんある。


私が思っていること。


それら全てを出すことは難しい。


ちなみに私はスピリチュアルをスピリチュアルって思っていない。


これは前からずっと言ってるから何度か 私のブログを見に来てる方からしたらもしかしなくとも耳タコかも知れないね😅


またスピリチュアルが良くも悪くも普通ではないものとして見られているこの世の中に疑問の目を向けてる。


そういう特別な世界観で語られるスピリチュアルは好きではない。


これは邪推かも知れないがむしろ特別視するあまりそれを逆手に取られ搾取されるきっかけを作り出し、更には胡散臭さを倍増させ怪しいもの等として捉えられる要因のひとつなんじゃないかと私は考えている。


スピリチュアルを知って嫌だなと思ったことの中にアセンションがある。


なぜなら。


もっと自由であっていいはずなのにまるで答えが決定されているかのような雰囲気を感じるから。


ご丁寧に教えてくれているだけとも取れるけど。


私は考え方が捻くれてる所があるからそうは思えなかった。


予め提示された答えがあってそのうちのどちらかを選択させられているように私の目には映っている。


これは単に私が偏った見方をして良くない捉え方をしているだけとも言えるけど。


でも思う。


答えなんて本当はそれぞれにあるものだから流れだってどうなって行くかなんて誰にも分からない。


自分で好きに答えを出して構わないのに何故か方向付けるような話ばかりが多く感じる。


どうして選択した先の道の流れが決まってしまうの?と疑問が浮かぶ。


捉え方を変えればどうして流れを話す必要が出て来るの?


大切なのは❝どこの意識に行くのか❞なの?


本当に?


本当に必要なのって自分を知って、自分を生きて、その中で意識って変わって行くものであって。


そういうのって人の意識次第で変えられる。


それなのになぜ、先の流れを伝えて❝どちらが良いと思いますか?❞って問い掛けるの?


どちらを選んでも良くて、どっちを選んでも最高の未来と言うのなら。


流れを伝える理由とは?


そうしたら先入観を持たせてしまうってことに気付かないのか。


三次元の印象と五次元の印象。


三次元意識の世界は従来のまま物質主義、競争社会、比較社会、お金重視、権力、ステータス等と言ったものが重んじられ、善と悪、光と闇と言ったように対立した世界が続き争いは終わらず最終的には破壊され終わりを迎えるとよく聞く。


一方で五次元意識の世界は従来とは違い、精神世界を重んじる愛と思いやりと調和等に満ちた世界で、争いはなくより人は進化を遂げその中でそれぞれの良さを活かし合いながら互いを尊重し生きて行くと言ったようなことを聞く。


こうやって話を聞いた時に人はどう思うのだろう?


こう言われたあとにどちらの世界観がお好みですか?と言われたら、、、ね?😅


もちろん全ての人が争いを好まないとは思わない。


戦いに身を投じることが好きな人だっているだろうから。


ただほとんどの人は後者を選ぶと思う。


私は思うんだ。


本当に人類を信じてるなら。


このやり方で良いのかって。


これじゃあ本当に自分が答えを出しているのか判然としない。


だって本当に自分の想いに従って生きないと学びにならないから。


私が誤解、誤認、曲解してるのかな?💧


それだったら本当に申し訳ないけど。


どうしても理解出来なくて。


すごく嫌悪感を持ってしまう。


何かしら嫌な未来の話をされた時だって嫌なら自分で意識を変えれば良い。


それだけで未来は切り変わって行く。


急な目に見える変化は訪れないけど明確に自分がどうなりたいのか、どんな世界に生きていたいのかと強く思うことで世界線は変わる。


たとえ方位磁石が同じ向きを指していたとしても辿り着く先は意識次第で別の場所になる。


スピリチュアルについては本当に詳しくないので足りない部分があるおそれ大だし、知らないだけで本当は既に言われているかも知れないけど、そう言うことを伝える人が少ない気がしている。


何も知らないから思うことなのかも知れないんだけどアセンションとか、手放しとか、統合とか、二極化等と言った言葉に翻弄されているみたいに見える。


世界が変わるなんて簡単に言うな!とか、無責任な発言するな!とかそういう声もありそうだけど。


この世界は意識が全て作ってるから。


自分の意識次第で如何様にでもなるんだよなぁ。。。


それが現実化するのには時間を要するけれど。


でも仕組みとしてはそうなんだよ。


既にそれを知ってる人だって多くいるはず。


だから想い一つで世界は変わるから未来なんて決まってない。


私はそれをもっと強く伝えてほしいと思ってる。


これらを物理世界で体現しようとすると量子力学ってのが使われるのだろう。


量子力学って元々どんな所から始まったのか分からないからこんな書き方になってます。


体現しようとしたのか、それとも結果として体現することになったのか、どっちか分からないから。


なんにせよ面白いよね。←ぜーんぜん詳しくないけど😂



ちなみに今回はまだ続きます。


私は思う。


こんなことだってあり得るって。


三次元意識の世界は従来のまま物質主義、競争社会、比較社会、お金重視、権力、ステータス等と言ったものが重んじられ、善と悪、光と闇と言ったように対立した世界が続き争いは終わらず最終的には破壊され終わりを迎えるとよく聞くけど、本当にそうなるのかなって。


意識のあり方なんて一瞬一瞬変わるのになんでずっとこのままだと思うの?


三次元意識の世界だってこのままずっとこの世界を生きるとは限らないじゃない。


五次元意識の世界は従来とは違い、精神世界を重んじる愛と思いやりと調和等に満ちた世界で、争いはなくより人は進化を遂げその中でそれぞれの良さを活かし合いながら互いを尊重し生きて行くと言ったようなことを聞くけど、これもずっとこの意識でいられるとは限らない。


この意識になったからそこで終わりってわけじゃないでしょう?


そもそも意識は変化するものだから。


意識を変える、意図するだけで世界は変わって行く。


そうなのであれば三次元や五次元って区別する必要ないと思うのだけど?


だから私は三次元の意識の世界、五次元の意識の世界って分かれること自体がよく分からない。


どちらの世界もあってどちらの意識も持ったまま常に意識のグラデーションの中を生きてるのではなく?


グラデーションのどこに意識を持って行くかってそれだけの話で、三次元の意識の世界と五次元の意識の世界ってはっきり明確に分かれることってないんじゃないのかなって思うんだけど?


それに三次元の意識を選択した人はずっと三次元の意識を生きるとか聞くけどなんでそうだと分かるの?と言うより言い切れるの?


どうしてそこの意識止まりになるわけ?


なぜそこから抜け出すことが出来ないって決めてしまえるの?


なんで可能性を否定するような言い方をするのか。


私にはまるで分からない。


どうして三次元の意識の人たちがずっと三次元の意識のままだって言えるの?


変わって行くことだって十二分にあり得るじゃない。


それから五次元を推奨したい理由は分かるけど。


気を付けないと三次元が悪くて五次元は良いと取れなくもない。


そう言うことじゃないのは分かってる。


それでもそう見えてしまう部分があるのは否めないから本当に勘違いさせないようにそこは強調して伝えて行かないとダメだよね。


他にも五次元意識だからって慢心していれば意識の在る位置は落ちるでしょうし。


五次元意識になったからずっとその世界に生き続ける、或いは居続けるってのもよく分からない。


そんな保証どこにもないし。


五次元意識の世界に行ったら五次元の世界を軸にした意識のグラデーションの中を生きると思ってるのかな?


だから三次元意識の世界の人は三次元意識と言う世界の中での意識レベルが高い所と低い所を行き来するみたいな?


つまりどんなに意識が高くてもそこは三次元意識の世界だから三次元は三次元のまま変わらないってこと?


そんな変な話ある?


と言うかそれだとその意識の場に閉じ込められてるようにしか見えないし。


アセンション自体を否定することにも繋がるからそんなことあるわけない。


だって従来の三次元の世界から五次元の世界に移行出来るんだもの。


他にも別の理由を考えることも可能だけどそれでも最終的にそんなふざけた話あるわけないって答えに行き着くからやめとく。


話を戻すけど五次元意識が至高だとも思わない。


あんまりレベルとか書きたくないけど、それより更に高いレベルの見方だって出来るだろうし。


なんかさ、アセンションの話を聞いてると所々違和感を感じる。


整合性が取れてないように思える。


なので何を伝えたいのか。


私からするとさっぱり分からない。


結局何がしたいわけ?


高次元の存在ってのは人間にどうしてほしいのさ。


そう言う思惑を感じる。


でも私はそのどうしてほしいを聞いたとしても。


自分が思うことと違うものであればやらない。


私が思ってることと一致するなら協力してやって行こうかって感じ。


偉そうに見えるかも知れないけど自分軸ってそう言うことなんじゃないの?


私はこのように解釈してるけど。