『ありがとう』の普通 | 普通な日常記

『ありがとう』の普通

こんばんわー
今日もライフスタイル的な普通をひとつ
ではテンポ良く本題(・ω・)



『ありがとう』を伝えるのは普通である。



…ここで日本語に関して普通のひとこと。
『伝える』と『言う』はまるで意味が違いますネ。
伝える は どこか感情とか意志がこもってそうなそんな動詞
言う は淡々とした作業を思わせるようなそんな動詞

何だかもう言いたい事は伝わった気がしますネ

近頃お礼の際『ありがとう』という言うだけになっていませんかね。
感謝の気持ちを『ありがとう』という言葉に置き換えて伝えてますかね。
それが今回の普通です。

かといって言われる相手も『ありがとう』を聞くのが普通になってるのかもしれません。
段々と『ありがとう』の言葉が只のマナーという外殻をまとった物になっているような…
勝手に言葉その物の意味を伝えきれなくなっているような…

そこで最近読んだ『ありがとう』に関する書物の一部を紹介ね。
ある人が中学校に講演に行ったときの話。

以下引用

講演が終わり司会者が「質問,感想はありますか?」と会場をうながす。
とポツリと手が挙がり「ありがとうございました」と男子学生が言った。
そしてまたポツリと手が挙がり…というふうに ゆっくり間をおいて挙がる手に激しく心を揺さぶられ始めていた。
(省略)
で 5人目くらいにまた手が挙がった。
会場がざわっと揺れ、声がもれる。
その中をその子は無表情で演壇の前まで歩いてくると私の目を ヒタ と見て言った。
「ありがとうございました、………話が聞けて良かったです。」
それだけ言うとピョコンと頭を下げて席へ戻り始める。
すると会場中から大きなあたたかい拍手がわき起こった。
(省略)
そのあと控え室に戻ると先生方や役員の母親たちが顔を紅潮させ校長先生などは目に涙をためている。
「いやァ。あのT君がなァ。はじめてしゃべったんですよ。驚いたなァ。ハァ」
はじめて…!
無表情に礼を言ったT君に大きな拍手が出た理由を私はここで初めて知ったのだ。
病弱で なにか大手術を受けたというT君は この3年間 手を挙げて発言したことがクラスの中でもなかったのだという。
(省略)
それを聞き今度は私が泣き笑いになってしまった。



はて
純で大変良いハナシでしたが
このハナシで『ありがとう』の言葉が与える物を感じてくれたと思います。

今からスパらしー感情表現に努めてみてはいかが。