本日(12/24)はクリスマスイブである。
日本では、クリスマスは「恋人同士が過ごす日」と、どうやら相場が決まっているようであるが、
私が言うまでもなく、本来はイエス・キリストの誕生を祝う日であり(※厳密に言えば、それも違うようだが)、
外国と日本では、随分と「クリスマス」の捉え方が異なっている。
ところで、私が大好きなサザンオールスターズには、「クリスマス」を題材にした名曲がいくつも有り、
それらの「サザンのクリスマス・ソング」については、以前このブログでも記事に書いた事が有る。
しかし、今回は「2022 クリスマス特別企画」として、私が昔から妙に印象に残っている、あるサザンの楽曲を題材にして、それを短編小説として、書かせて頂きたい。
その楽曲とは、1985(昭和60)年のサザンオールスターズのアルバム『KAMAKURA』に収録されている、『死体置場でロマンスを』という曲なのだが、この曲は一度聴いたら忘れられない、物凄いインパクトが有った。
何しろ、1つの曲が、まるで一編の短編小説のような、「物語」になっているのであり、それが私にとっては、非常に印象に残った。
この楽曲の主人公である恋人同士は、ある時、信じ難いような恐怖体験をする事となるが、私は、いつか、この楽曲を題材にして、「小説」を書きたいと思っていた。
という事で、今回は『死体置場でロマンスを ~香港の夜の恐怖~』と題して、「原案:桑田佳祐」の「短編小説」を、ご覧頂こう。
<第1章『古い手帳』>
私は、都内の某大学で、文学部の「助手」を務めている。
私の仕事といえば、専ら、埃を被った古い文献を読み漁り、資料をまとめ、
私の「上司」である大学教授の研究の手伝いをする事である。
その教授の専門は、中国の近現代史であり、特に1930年代の上海や香港が、その教授の主要な研究テーマであった。
私自身、勿論そのテーマには興味は有ったが、何しろ大学教授の助手という仕事は、薄給である。
「こんな給料じゃ、やってられねえよ…」
率直に言って、私にはそんな不満が鬱積していた。
そんなある日の事、私は、その大学の図書館で、1冊の古い手帳を発見した。
「何だろう、これは…?」
妙に心惹かれた私は、その手帳を開いてみた。
すると、その古い手帳には、何やらビッシリと、細かい文字が書き込まれていた。
どうやら、この手帳に文字を書き込んだ人物は、かなり几帳面な人だったようであり、
どのページにも、キッチリと文字が書き込まれていた。
私は、その内容に興味を惹かれた。
何故かといえば、この手帳が書かれたのは、
ちょうど、私達の研究テーマである、1930年代の香港だったらしいという事がわかったからである。
「へー、この人は香港で過ごしていたのだな…」
私は、ページをめくり、この手帳が書かれたであろう時代に、思いを馳せた。
すると、あるページを見た時、そのページに書かれている文字が、物凄く乱れている事に気が付いた。
それまでの、他のページに書かれていた、整然とした文字とは、明らかに異なっており、非常に動揺した気持ちで書かれていたように思われた。
「一体、何が有ったのだろう…?」
私は、ますます興味を覚え、読み進めて行くと、そこには世にも恐ろしい体験が書かれていた。
この手帳に文字を書いていた人は、どうやら貿易商の男だったようだが、この男は、かなり酷い目に遭ったらしい。
そのページには、以下のような顛末が書かれていた。
<第2章『1930年代 ~華やかなりし香港』>
1930年代の香港といえば、英国の植民地であり、
当時の香港には、世界中の国から、沢山の人達が集まり、街は活気に満ち溢れていた。
香港は中国の中にありながら、まるで欧米諸国のような雰囲気であり、
ビジネス・チャンスを求めて、ありとあらゆる国の人達が集まる、自由闊達な街だったのである。
私も、この時代の香港には非常に興味が有ったので、こんな薄給でありながら、大学の助手として、研究材料としていた。
さて、件の手帳の男であるが、彼は貿易商として、忙しく世界中を飛び回るような人物だったらしい。
この手帳に、手記が書かれた頃、彼は仕事で香港を訪れていた。
なお、手帳に書かれた文字は英文だったが、どうやら、この男は日本人のようだ。
彼は、妻子を日本に残し、1930年代の香港に渡って来ていた。
「香港の街は素晴らしい。毎日、とてもワクワクしながら過ごしている」
と、手帳には書かれていた。
仕事も順調で、香港での暮らしにも慣れた男は、次第に、香港の夜の街に繰り出し、夜な夜な、華やかな香港の夜を楽しむようになった…という事が、几帳面な字面で書かれていたが、要するに、
「公私ともに、極めて順調」
といった様子が伺える。
<第3章『チャイナ・ドレスの女』>
先程、1930年代の香港は、まるで欧米諸国のような雰囲気だった…と述べたが、
その頃、一気に欧米の文化が流入した香港や上海などの都市では、
若い女性達が、伝統的な中国の服装を、欧米風に大胆にアレンジした、
「チャイナ・ドレス」
が、大流行していた。
それまでの常識では考えられないような、大胆な服装を見て、
「目のやり場に困る」「若い娘が、はしたない…」
といった、非難の声も上がっていたが、若い娘達は、そんな批判など、どこ吹く風といった様子で、
颯爽と「チャイナ・ドレス」を着こなし、青春を謳歌している…といった様子であった。
その頃の日本は、昭和初期の時代にあたるが、
やはり、欧米の最先端の文化を取り入れた、所謂「モダン・ガール(モガ)」が現れ、
彼女達も、楽しげに街を闊歩していたが、期せずして、日中の若い女の子達が、ファッションやお洒落を楽しむという事に目覚めた時代だったのである。
そして、あの手帳の男も、
「この頃、香港の街にも、チャイナ・ドレスなる物を着こなす、若い女達が沢山現れ…」
という事を、書き記していた。
<第4章『甘く危険なロマンス』>
手帳の男は、すっかり香港の夜の街での「夜遊び」に、ハマってしまったようで、
「この頃、毎日が楽しくて仕方が無い。香港の夜は頗る刺激的なり」
といった文言が、しきりに書かれていた。
その頃の香港には、沢山のナイト・クラブが有り、
そこでは、当時、大流行していた「ジャズ」の音楽が溢れ、若い男女が集まり、楽しい一夜を過ごしていた。
手帳の男も、毎晩のようにナイト・クラブを訪れ、どうやら遊び惚けていたらしい。
「無理もないよ、楽しそうだもんな…」
私も、手帳の男が、ドップリと「夜遊び」にハマってしまう、楽しさがわかるような気がした。
私が、この男と同じ立場であったならば、きっと同じ事をしていたに違いないと、私は思った。
そんなある日の事、手帳の男は、訪れていたナイト・クラブで、ある女と出逢った。
その女も、流行りの「チャイナ・ドレス」に身を包む、「イマドキ」の若い女の子だったようだが、
手帳には「目の覚めるような美人」との記述が有った。
どうやら、手帳の男にとって、その女は「どストライク」の、好みのタイプの女性だったようである。
「その女の名前は、リルといった。歳は18歳。美しい容姿であり、忽ちにして心を惹かれた」
と、手帳の男は、その女について描写していた。
手帳の男は、その女の名前を「リル」と書いているが、もしかすると、それは「偽名」かもしれない。
何故かといえば、その頃、『上海帰りのリル』という、有名な歌謡曲が有り、
手帳の男は、その女の名前を、この歌から取ったのかもしれない…と、私は思った。
だが、一応その女の名前は「リル」として、更にこの話を続けて行く事とする。
ともかく、手帳の男と「リル」は、意気投合し、すっかり親しくなった。
夜な夜な、逢瀬を重ねた2人は、熱烈な恋人同士となったが、
当初、手帳の男の方が「リル」にのぼせ上がっていたものの、その内に「リル」も本気になってしまったようである。
だが、先程も書いた通り、手帳の男は日本に妻子を残している身である。
従って、これは「不倫」という事になるが、手帳の男も「リル」も、もはや自分の気持ちを抑えられなくなっていた。
「この2人、どうなってしまうのだろう…」
いつしか、私も固唾を飲んで、手帳をめくりながら、2人の「危険な恋」の行方を追っていた。
<第5章『クリスマスの夜』>
手帳の男と「リル」は、すっかり「ラブラブ」な恋人同士となったが、
最初は、人目を忍んで逢っていた2人も、いつしか、すっかり大胆になっていた。
2人は、ダンス・ホールで、誰憚る事なく、ピッタリと身体を寄せ合い、毎夜、幸せな時を過ごしていた。
そして、クリスマスの夜も、2人はダンス・ホールで過ごしていた。
この頃、香港でも「クリスマス」の習慣は、人々の間で定着しており、
特に、熱々の恋人同士にとっては、それはそれは、楽しいひと時となっていた。
「ねえ、このままずっと、2人で過ごして行きたいわ…」
「ああ、僕もだよ…」
きっと、手帳の男と「リル」は、そんな風にして、甘い囁きを交わしていたに違いない。
だが、そんな2人の運命は、突如、暗転してしまう。
その時、2人は気が付いていなかったが、2人の背後に、そっと忍び寄る男の影が有った。
<第6章『暗転』>
「動くな」
突然、手帳の男の背後で、くぐもった男の声が聞こえた。
「動くな。少しでも動くと、殺すぞ」
その声は、ゾッとするような冷たい声で、そう言ったかと思うと、
いつの間にか、手帳の男の背中に、ナイフを突き付けていた。
「私の背中に、朝鮮人の男がナイフを突き付けていた」
と、手帳には書いてあるが、この辺から、手帳の文字は、明らかに震えている。
そして、「朝鮮人の男」には、もう1人の仲間も居り、「リル」にもナイフを突き付けていた。
手帳の男も「リル」も、あまりの恐怖に、すっかり身が竦み、声も出せないようであった。
「おい、このまま部屋を出ろ」
ナイフを突き付けられた2人は、他の客に気付かれないよう、そのままダンス・ホールの外に連れ出されてしまった。
手帳の男と「リル」は、「朝鮮人の男達」に、ナイフを突き付けられながら、
無理矢理、ダンス・ホールの外に連れ出されると、そこには、車が停めてあった。
そして、その車の前には、いかにも怪しげな中国人の男が立っていた。
「怪しげなカンフー男が、私達を待ち受けていた」
と、手帳には記されている。
「カンフー男」は、サングラスをかけ、表情を読み取る事は出来ない。
だが、その手には拳銃が光っており、
「お前たち、騒ぐと殺す」
と、その男は冷然と言い放った。
そして、手帳の男と「リル」は、車に押し込められたが、
2人の傍らには、それぞれナイフと拳銃を持った「朝鮮人」と「カンフー男」が居り、勿論、2人は声を出す事も出来なかった。
車は、そのまま猛スピードで走り去って行った。
<第7章『地下室』>
車は暫く走った後、急ブレーキで止まった。
手帳の男と「リル」は、一味によって、車から連れ出されたが、
どうやら、そこは沢山の倉庫が並ぶ、港のようだった。
2人は、一味によって、乱暴に腕を掴まれ、引きずられるようにして、その倉庫の一つに連れて行かれた。
倉庫には地下室が有ったが、その地下室に、手帳の男と「リル」は、無造作に投げ込まれた。
「痛いっ!!」
床に叩きつけられた2人は悲鳴を上げた。
「そこで、暫く大人しくしてな」
2人を地下室に投げ込んだ一味は、2人を嘲笑うように言い捨てると、そのまま何処かへと消えてしまった。
「リル」は、あまりの出来事に、ガタガタと震えていた。
「ここは何処なの!?一体、あの人達は誰なの!?」
彼女は涙ぐみ、金切り声を上げて、手帳の男に詰め寄った。
「そんな事を言われても…」
手帳の男も、何が何やら、サッパリわからなかった。
「何で、俺達がこんな目に遭わなければならないんだ…」
彼もまた、途方に暮れていたのである。
<第8章『月光』>
手帳の男と「リル」が投げ込まれた地下室には、灯りも無く、真っ暗だったが、
やがて、少しずつ目が慣れて来ると、僅かな光を頼りに、
遠くの方に、香港の港の灯が揺れているのが見えた。
「ここは、一体、何処なんだ!?犯人は一体、誰なんだ!?」
手帳の男は、それこそ気が狂いそうな思いだった。
今日はクリスマスである。
今頃は、「リル」と楽しい一夜を過ごしていた筈だったのに…。
まさか、こんな目に遭うとは、少し前までは、彼らは全く夢にも思っていなかったであろう。
「リル」は、すっかり悲嘆に暮れ、両手で顔を覆い、泣きじゃくっていた。
「これは、悪い夢だ。夢なら覚めてくれ…!」
手帳の男は、祈るような思いで、そんな事を思っていた。
クリスマスの香港の夜は更け、空には美しい月が出ていた。
だが、その月の光が、信じ難いような、恐ろしい物を照らしている事に、彼らは気付いた。
地下室の奥には、かつて人間だった物…白い骸骨が転がっていた。
「キャーッ!!」
「リル」は恐怖で悲鳴を上げ、手帳の男に抱きついた。
手帳の男も、恐怖のあまり、腰を抜かしそうになったが、それは、紛れもない骸骨である。
「俺達、ここで殺されてしまうのか…」
考えたくもない事だが、そう思わざるを得ないような光景である。
2人の運命は、果たして、どうなってしまうのであろうか?
だが、ここで事態は思わぬ急展開を見せる。
<第9章『電話』>
その時、急に電話のベルが鳴った。
2人はギョッとして、その方向を見たが、2人は気が付いていなかったものの、実はこの地下室には電話が有ったようである。
「何で、こんな所に電話が…。それに、一体、誰からなんだ…?」
暫く、彼らは電話のベルが鳴るのを、そのまま放っておいたが、電話のベルは一向に鳴りやまなかった。
手帳の男は、仕方なく、電話の受話器を取った。
「もしもし…もしもし?」
彼は、恐る恐る、受話器に向かって問いかけた。
「あなた。久し振りね。元気だったかしら?」
受話器から聞こえて来たのは、彼が思いもよらなかった人物…何と、それは彼の妻の声であった。
「お、お前!?何で、お前が…」
あまりの事に、彼は驚愕してしまったが、彼の妻の声は冷静だった。
「あなた、私が何も知らないとでも思っていたの?全部、お見通しですからね…」
妻は、夫の浮気も全て知っていたのである。
そして、あの一味は、どうやら全て、妻の差し金だったらしい。
妻は、夫の浮気の事を知った上で、この「誘拐劇」を仕組んでいたのであった。
「ちょっと待ってくれ!!これには深い理由が…」
手帳の男は、必死で抗弁しようとしたが、もはや彼の妻は、そんな言葉には一切、耳を貸さなかった。
「言い訳なんて、聞きたくないわ。可愛い彼女と、ずっとそこで楽しんでいれば?それじゃ、メリークリスマス…」
妻はそう言い捨てると、それっきり電話を切ってしまった。
「もしもし!!おい、何でこんな事を!?」
手帳の男は、受話器に向かって呼び掛けたが、もはや「ツー、ツー」という、電話が切れた音しか聞こえなかった。
彼は、その場で、へたり込んでしまった。
彼の傍らでは、「リル」も呆然とした様子で佇んでいた。
彼らのクリスマスの「火遊び」の代償は、どうやら、高くついてしまったようであった…。
<終章『死体置場でロマンスを』>
手帳の手記は、そこで終わっていた。
つまり、手帳の男と「リル」が、その後、どうなったのかは、そこには書かれていなかった。
手記を読み終えた私は、しばし呆然としてしまったが、
「この手帳に書いてある事は、本当の事なのか…?」
と、思った。
だが、書いてある事は真に迫っており、とても迫力が有った。
それを思うと、全くの絵空事というわけでもなさそうだ。
ふと気が付くと、図書館の窓の外には雪が降っていた。
「そうか、今日はクリスマスだったな…」
手帳の男と「リル」にとっては、散々なクリスマスになってしまったが、
今日は、世界中の恋人達が、楽しく幸せに過ごして欲しい…と、私は思ったものである。
…という事であるが、この短編小説の元になった、
1985(昭和60)年のサザンオールスターズのアルバム『KAMAKURA』の収録曲『死体置場でロマンスを』の歌詞を、ご紹介させて頂こう。
なお、この楽曲は、1983(昭和58)年に刊行された、赤川次郎の小説『死体置場で夕食を』のタイトルから、桑田佳祐がインスピレーションを得たものと思われるが、その事も併せて、ご紹介させて頂こう。
『死体置場でロマンスを』
作詞・作曲:桑田佳祐
唄:サザンオールスターズ
君と二人 踊る都 憧れの香港 Disco
恋を語る その後ろに 忍び寄る KOREAN Boy
いきなりナイフのようなもんで 背中に身を当てた
早手のような外人 セクション
二人はラチされた
何も知らぬ 他の客は楽しげに 快感 Fever
外に出され 待ち受けるは怪しげな Kun-Foo Boy
嘆きのテイで声になんない
車は走り去り
あげくの果て妙なBasement
投げ込まれた二人
そこに見たのは白い T-Bone T-Bone
月の光に浮かぶ T-Bone T-Bone
何ゆえこんな目にあうの?
誰かと人違い
夢なら醒めてよ
まだこの娘にゃ手をかけてない
心乱れ 腰は震え 涙ぐむ Virgin Baby
港の灯が 遠くに揺れ ここはどこ? 犯人だぁれ?
これさえなきゃ 今頃
どこかで デキていた
割に合わぬ交換条件
命にゃ変えられぬ
そこに見たのは白い T-Bone T-Bone
月の光に浮かぶ T-Bone T-Bone
異国で悲劇のストーリー
このまま帰れない
夢なら醒めてよ
まだこの娘にゃ何も入れてない
電話の声はなんと女房
血の気が引く思い
浮気の現場 隠密行動
すべてが読まれてた
そこに見たのは白い T-Bone T-Bone
月の光に浮かぶ T-Bone T-Bone
さすがに見事な Focus
見逃すはずはない
夢なら醒めてよ
まだこの娘は 抱かれてくれない