刑事訴訟と民事訴訟の違い~名誉毀損編 | Hornozaurusのブログ

刑事訴訟と民事訴訟の違い~名誉毀損編

相撲界が揺れてますねー。
日本相撲協会が講談社らを相手どって、名誉棄損による損害賠償と謝罪広告の掲載を求め、
民事訴訟を起こすことを決めたそうです。

協会側の弁護士は
 「刑事訴訟か、民事訴訟か、訴える方法は2つありましたが、
刑事訴訟にすれば、こちらは手が出せないし、1、2年は放っておかれるかもしれない。
だから、まず民事でやり、いろいろな証拠を取りそろえて刑事でも、ということになった」
と言っていました。

今日はこれを題材に久々法律ブログを書いてみます。
お題は、名誉毀損における刑事訴訟と民事訴訟の違いについて
長いです。
が、読めばニュースがより深くわかるようになる!
…かも。シラー


1.名誉毀損された場合に、訴える2つの方法
 
 ・刑事訴訟 その目的は、相手に刑罰を受けさせること。
                 (法定刑は3年以下の懲役・禁錮または50万円以下の罰金)


 ・民事訴訟 その目的は、相手から(被った損害と慰謝料)を取ること。
                +相手に自分の名誉を回復させる(例えば謝罪記事の掲載)こと。                  

刑事訴訟と民事訴訟はどちらか一方だけでなくどちらも利用することが出来ます。


2.手続きの進み方

まず、刑事訴訟の場合
以下のように手続きは進みます。

①被害者が告訴
②警察・検察による捜査
  ↓証拠が揃ったら
③公訴提起(被告人を検察官が訴えること)
④裁判開始 検察官VS被告人
⑤判決   (「有罪」、「無罪」など)

告訴とは、 被害者が、警察に、「犯罪にあった!捜査して犯人を訴えてくれー!」って頼むことです。
(正確には、被害者・法定代理人が、捜査機関に対して
犯罪の被害を報告してその処罰を求める意思表示のこと。)

名誉毀損罪は告訴が必要な犯罪(親告罪)とされています(刑法232条1項)。
殺人罪とは違って、告訴がなければ裁判も、捜査もされない

なぜ、告訴がいるのでしょうか?

刑法上親告罪としては他に強姦罪、器物損壊罪があります。
強姦罪は被害者のプライバシー・名誉保護のため、
器物損壊罪は被害が比較的軽いことから被害者の意思を無視してまで訴訟をする必要がないため、
親告罪とされています。

で、名誉毀損罪はというと、
被害者の意思を無視してまで訴訟をする必要がなく、
訴訟を行うことでさらに被害者の名誉が侵害されるおそれがあることから、
親告罪とされています。
上2つの併せ技といった感じですね。

というわけで名誉毀損罪の場合は告訴がなければ捜査は行われません。
被害者が構わない以上裁判する必要もないわけです。

また、訴えるのはあくまで検察官であって被害者ではありません。
いくら被害者が裁判しろと言っても、証拠不十分では検察官は起訴してはくれません。

次に、民事訴訟の場合

①裁判の前に、直接(内容証明等で)、名誉を毀損してきた相手に対していろいろ請求できます
↓    (お金払え、記事撤回しろ、訂正記事載せろ、等々どんな請求でも。)
↓    
↓  ここで相手が応じるならば、わざわざ裁判する必要はありません。
↓  一件落着~。
↓  まぁでも、相手もそこんとこよ~くわかった上で記事を載せているわけですし、
↓  今回のようなケースでこれは現実的ではないですね。

↓ で、民事訴訟ということになるわけです。

原告が訴え提起
③裁判開始 原告VS被告
④判決   (「被告は原告に~円払え」「原告の請求を棄却する」など)

民事訴訟の場合は訴えるのは検察官ではなく、争っている当事者のうちのどちらかです。
今回の場合、被害者側が訴えるので原告となります。
対する出版社側が被告。

民事訴訟では証拠集めるのも裁判所で攻防を繰り広げるのも、警察とかは手伝ってはくれません。
全部自分でやるしかない点、刑事訴訟とは大きく違います。

このように刑事訴訟と民事訴訟は全く別々の独立した流れで進んでいきます。
先に挙げた弁護士発言の意味がよく分かるようになったのではないでしょうか。


3.訴訟の中身

今まで手続きを見てきたので、今度は実際裁判で何が問題になるのか、みてみます。

まず、刑事訴訟の場合

刑法第230条1項(名誉毀損罪)
公然事実を摘示し、人の名誉を毀損した者は、その事実の有無にかかわらず、
3年以下の懲役若しくは禁錮又は50万円以下の罰金に処する。


公然」とは、不特定または多数人の認識しうる状態をさします。
たとえば、駅前で拡声器を使った場合はもちろん、
近所の2~3人にだけ話した場合でも広まっていくおそれがある以上「公然」にあたります。
被害者1人しかいない家におしかけて罵る場合は「公然」とはいえません。

事実を摘示」するとは、人の評価を低下させるに足りる程度の具体的事実を告げることをいいます。
姉歯建築士は構造計算書を偽装している、等
みんなが知っているため、人の評価を低下させる恐れが全くない事実を告げても
「事実を摘示」したことにはあたりません。

名誉を毀損した」とは、事実を摘示して人の社会的評価が害される危険を生じさせること。
ここで重要なのは、実力を伴わない名声であっても社会的評価として存在している以上、
それを剥ぐ行為は「名誉を毀損した」といえる、ということです。
今回の場合に当てはめれば、もしたとえ朝青龍が八百長をしていたとしても、
横綱には一定の社会的評価が存在している以上、
八百長を指摘する行為は「名誉を毀損した」にあたってしまうわけです。

これってちょっとやばいですよねー。
本当の事書いても名誉毀損罪じゃぁ、あまりに救われない。
ってなわけで、救済既定が存在します。


第230条の2 
前条第1項の行為が公共の利害に関する事実に係り、
かつ、その目的が専ら公益を図ることにあったと認める場合には、
事実の真否を判断し、真実であることの証明があったときは、これを罰しない。


公共の利害に関する事実」とは、その事実を摘示することが公共の利益と認められること、をいいます。
今回の場合は何せ国技なので問題なく認められそうですよね。

目的が専ら公益を図ること」とは、まぁ、文の意味そのままです。
主たる動機が、恐喝目的・他人を陥れる目的・被害弁償目的・読者の好奇心を満足させる目的
などでなければよいわけです。
今回はどうもこれも認められそうな感じ。

となると、問題は最後のひとつ。
真実であることの証明」があるか。

判例では、たとえ真実と証明できなくても、
行為者が確実な資料・根拠に基づいて事実を真実と誤信した場合には、
故意を欠くため処罰されない、としています。
つまり今回の場合、出版社側が八百長があったことを信じていて、かつ、
それについて確実な資料・根拠を提出できるのであれば無罪になる!
もし告訴がなされ刑事訴訟になれば、ここが最大の争点となることでしょう。


では、民事訴訟の場合


民法第709条 
故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。


これは名誉毀損だけでなく殺人や交通事故の場合にも使われる一般的な条文です。

まず、行為者の「故意」「過失」は必要。
それから「他人の権利又は法律上保護される利益」の「侵害」。
今回の場合は名誉を毀損する行為のこと。
それから「損害」の発生。
最後に、条文には書いてありませんが、名誉毀損行為と損害との間に因果関係も必要となってきます。
これらの立証に被害者側が成功すれば、名誉毀損行為があったと認められます。

ただ、民事訴訟の場合、刑法230条の2のような規定がないのです。
これは、さっきと同じように、やばいのです!
というわけで、民事訴訟でも刑法230条の2にあたる場合には
名誉毀損行為があったとは認められないとされます。
となると、刑事訴訟でも民事訴訟でも、今回の場合争点は同じところにかかってくるでしょう。
出版社側が記事について確実な資料・根拠を提出できるか

ところでさっきからやばいやばいといってますが、刑法230条の2にはちゃーんと法律的な存在理由があります。
それは、表現の自由を保障すること!
真実を告発することが犯罪に当たってしまうのでは表現の自由はかなり制約を受けることになります。
名誉も重要な人権ですが、表現の自由も憲法21条1項で保障された重要な人権。
どっちもまもりたい!
そこで、名誉を保護する一方、刑法230条の2で表現の自由を保障することとしたのです。
この、表現の自由をまもる、という刑法230条の2の目的は民事訴訟にもあてはまるため、
条件をみたしていれば名誉毀損行為があったとは認められないことになるのです。

さて、名誉毀損行為があった、と裁判所に認めてもらえれば、
民法709条により生じた損害について損害賠償できます。
つまり、加害者からお金が取れる!

わけなんですけど…。
709条の「損害」は財産的な損害のみをいうのです。
精神的な損害は請求できません。
財産的損害とは、名誉毀損がなかったら得られたであろう収入とか。
ちょーっと今回の場合は算定しにくいですよね。
本場所の入場者数が減って売り上げが減るとか懸賞金が減るとか?
一方の精神的損害とは、被害者が精神的に受けた打撃のことをいいます。
例えば交通事故で顔に傷を負った場合には、これによる精神的なショックが精神的損害です。
今回の場合の損害賠償のメインはこちらでしょう。
そこで精神的な損害を請求するため、次の条文を併用することになります。

第710条 
他人の身体、自由若しくは名誉を侵害した場合又は他人の財産権を侵害した場合のいずれであるかを問わず、
前条の規定により損害賠償の責任を負う者は、財産以外の損害に対しても、その賠償をしなければならない。

でも、名誉毀損の場合、お金取るだけじゃぁ名誉回復は図れません。
謝罪の記事を書かせたい!
そのため名誉毀損の場合に限って特別に、加害者側に何らかの行為をさせることまで認められています。

第723条
他人の名誉を毀損した者に対しては、裁判所は、被害者の請求により、損害賠償に代えて、
又は損害賠償とともに、名誉を回復するのに適当な処分を命ずることができる


以上、刑事訴訟と民事訴訟の違い、名誉毀損編です。
ニュースを読み解く手助けになれば嬉しいです!ねこへび