幸運なことに2度も、天の川を見ることができた。
ひとつは、小学校の冬休み。母の実家、新潟に遊びにいっていたときだった。当時は雪が多く、2階まで雪が積もっていた。ある夜、雪も雲もなく満天の星空に。窓を大きく開け空を見上げてビックリしたことを今でも鮮明におぼえている。あまりの星の多さと、手を伸ばすと届きそうに感じるということに。
しだいにその光景になれてくると空の中央がぼんやりとしていることに気づいた。
「これが、天の川なんだ!」
と感動した。
ふたつめは、昨年息子とバングラデシュの田舎を訪ねた時。
ボランティア活動を追えてこぎ舟で河をわったとき、なんにもすることがないので、ぼんやりと空を眺めた。
そこには、新潟の空と同じ天の川が、雄大に流れていた。
自然の神秘にふれたとき、自然に対する畏敬の念と、自分の存在について深く考えさせられる。そんな思いがします。
ひとつは、小学校の冬休み。母の実家、新潟に遊びにいっていたときだった。当時は雪が多く、2階まで雪が積もっていた。ある夜、雪も雲もなく満天の星空に。窓を大きく開け空を見上げてビックリしたことを今でも鮮明におぼえている。あまりの星の多さと、手を伸ばすと届きそうに感じるということに。
しだいにその光景になれてくると空の中央がぼんやりとしていることに気づいた。
「これが、天の川なんだ!」
と感動した。
ふたつめは、昨年息子とバングラデシュの田舎を訪ねた時。
ボランティア活動を追えてこぎ舟で河をわったとき、なんにもすることがないので、ぼんやりと空を眺めた。
そこには、新潟の空と同じ天の川が、雄大に流れていた。
自然の神秘にふれたとき、自然に対する畏敬の念と、自分の存在について深く考えさせられる。そんな思いがします。