地平線のブログ
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役者をやってみて学んだ"演技"

 まぁフリーで俳優の仕事をやり、学んだ事を改めて考えてみる。

 素人さんは元より、新人俳優でもたまに履き違えている事があるのだが、"セリフを上手く言う事"が演技だと思っている人が多い。でも演技の本質はセリフを喋っていない時にこそある。そこを出来ていればセリフは自ずから自然に出てくる。

 何を言いたいかと言えば、"役作り"の事である。結構良く聞く言葉なので大体の人は聞いた事があるだろうが、実際にどういう行為を"役作り"と呼ぶのか知っている人はどれだけいるのだろうと。

 前に役者として参加した映画の現場でこういう事があった。
 恋人同士が公園のベンチで喋っているシーンだ。彼女の方が一方的に喋っていて彼氏の方が「はいはい、分かったから落ち着け」となだめるという場面。
 そのシーンの前のショットとして、2人が話している場面をロングショット(遠景)で撮影するというものだ。

監督「…というワケだから、その会話に繋がるセリフをアドリブで何か喋っててちょうだい」
主演女優「えーと? 何喋ればいいんでしょう、監督ーww」
一同「(笑)」
監督「…"君の役"なんだから、彼女の事は君が一番知ってなきゃいけないだろうw」

 そう、これだ。
 自分が演じる役は、自分が最もよく知っていなければならない。脚本に書いてある事だけを読むだけでは薄っぺらな演技になってしまう。だから脚本に矛盾しないように、"脚本に書いてない事まで考え、想定して読む"のだ。
 例えば昼下がりに道を歩いているシーンだったとする。素人はここでただ歩いてしまう。これでは駄目である。昼下がりだとしたら、午前中に何をやっていたのかを考える。脚本に書いてなかったとしてもだ。何故ならば、同じ昼下がりでも「昼前に起きたばっかり」と、「早朝から運動をしていた」ではテンション・表情・歩き方が違うはずである。

 更に言えば脚本に書いてあるセリフから人物を読む事が大切。マンガやドラマなどを長く観てくると、「こういう状況になったら、このキャラならこうする」とか、「このキャラはそんなセリフ絶対に言わないw」とか分かってくるだろうと思う。つまり"キャラクターが構築され、一人歩きを始める"のだ。
 そう、"役作り"とは、脚本に書いてある行動やセリフを深読みし、"キャラクターを構築して、一人歩き"をさせる作業の事を言うのだ。

 そして次のステップは、自分の中で"構築したキャラクター"を、自分の肉体で表現する事。これが最も難しい事。この世にいる役者の全てが心がけている事であり、絶対的な答えは無いだろう問いである。
 もちろんカメラに写されているのは自分の姿である。しかしそれは"自分であって自分であってはならない"のだ。前のステップで自分が構築したキャラクターと、ここでは一体化する必要がある。

 「自分以外の人物を作り上げ、顔の動きから指先まで全ての面で自分を排除し、"その人物の動き"を意識する。そこまでを完璧にした上で、完成した映像では"まるでその人物がそこに存在するかのように"自然に見えなければならない」
 小津安二郎の作品などで多く主演を張った原節子の言葉である。
 この「自然に見える」というのを履き違えてしまっている人が多いのもまた事実。冒頭で言ったように「セリフを上手く言う事が演技だと思っている」人が多いのだ。すなわち"役作り"の作業をせずに、"自分自身として"セリフを"自然に喋っている"。これを心無い人は"ナチュラルな演技"とか言っているが、これは原節子が言うところの"自然"とはまるで別物だと思う。
 この辺の勘違いは、演技の勉強を余りしてこなかったアイドルなどがぽんと主役を張ってしまうトレンディドラマの影響が大きいと思う。若い役者さんの中にはトレンディドラマばかりを見て役者を志す人も案外多いからだ。
 でもトレンディドラマで主役をやるアイドルというのは、まずアイドル本人のイメージを全面に出すため、"役作り"の工程を経ていないし、イメージとかけ離れた役をアイドルがやる事はまず無い。それを"演技"だと思ってしまうのは大きな間違いだと警鐘を鳴らしたい。

 前にも言ったように、自分以外の人物をそこに構築するのだから、悪人をやるならば観客に嫌われるように演じ、浮浪者の役を演じたならば観客にコイツ気持ち悪いと思わせなきゃ駄目だ。


 まぁ、偉そうに語ったが、いざ自分はどうかと言われると自信は無いし、今言った事を「自分は完璧に出来るよ」と言う役者さんはいないと思う。
 しかしそれを常に心がけ、少しでも完璧に演じようとする信念が大事なのではないかと思う。というより新人俳優の半数近くが、それを理解していないと今までの経験で思うのである…。