誰も私を知らないし興味がないだろうからここで晒してみても文句は言われまい。

読んでくれている人に不快感を与えることはしたくはないが、一応、デリケートな話題となる為嫌な予感がする方は退場をお願いしたい。



そう、シモノケ。

モノノケのような響きであり、何ならある一種のモノノケであろう事になんの異論もない。

そのモノノケは私の体には頭部を除き存在しない。いや、存在はする。倒しても抜かれても奴らのしぶとさは山の頂を目指すアルピニストの忍耐力に負けも劣らない。なので私は迫り来る敵をこれでもかこれでもかと倒している戦士である。


私がモノノケを倒し始めたのは、二十歳の頃であった。友人と湘南の海に行くこととなり、前日に急いで処理を施した。その頃は手入れも何もせずにマングローブの如く思い思いに将来を求め彷徨うモノノケを放置していたのだ。

だが湘南の海にわたしの存在感たっぷりなモノノケ達は遠慮願いたい。これで完璧と若かりし頃の私は名物しらす丼よりも新鮮だと己を誇張し堂々と海を楽しんだ。

透明度がマイナスに近いあまり綺麗ではない海にはやはり罠が仕掛けられていた。海水だ。海水のミネラルがモノノケの屍の跡を先祖代々の恨みと妖怪塩水シミシミ攻撃を仕掛けてきた。悶絶、の一言である。書いていて懐かしく、若かりし頃の私を思いながら微笑みを浮かべている私は、歳を取ったのだろうか。


それからも私は飽きずに懲りずにカミソリを愛用している。

一度脱毛器を使ってみたのだが、引っ越しを機にどこかへ引退し去っていったのだ。行き先も告げずに。なので手軽で成果が即わかるカミソリを私はいまだに愛用している。


またヨーロピアンの彼も同じように処理をしている。脇毛はアマゾンの湿地帯化しているのだが彼のモノノケもやはり頭角を見せる前に一網打尽。戦略を駆使した彼に勝つ術はない。だが他の体毛は蚊が皮膚に到達できないほどの、豊島区並みの密度を誇る。それなのにシモはちゅるんちゅるんなのだ。


という私たちのシモの ケモノノケ事情を今回は暴露させていただいた。