昨日、私はホームレス寸前まで経済的に困窮した経験があることを書きました。


世界を見れば、住む家はなく、着るものもなく、食べるものさえ乏しいような極貧の人々が10億人いるといわれています。

その方たちに比べれば、私の貧困なんてたいしたことはないかもしれません。


正直に言って、私は貧困のときは「不幸」だと思っていました。

しかし、アフリカの食料難民を支援するNPOの方たちのお話を伺うと、難民の子供たちは、「兄弟や、友達がいるから幸せ」と言うそうです。


いままで、貧困の経験がない人は、始めて貧困になったとき「不幸のどん底」に落ちたように思えるのですが、物心ついたときからずっと貧困の人は、これが普通で、その中から幸せの種を見つけ育てていることが分かりました。



彼らにとって、貧困は不幸でもなんでもなく、ごくわずかな食料をみんなで分かち合って食べることに「幸せ」を感じるのです。

親の愛に育まれ、兄弟や友人と助け合って生きていくことに「幸せ」を感じているのです。


そのように考えると、「貧困」そのものが「不幸」ではなく、貧困生活の中にも「幸せ」は存在しているということです。

貧困生活の中でも「幸せ」を見つけることができるか、できないかだけのことなのです。