高橋佳子先生の「魂の学」によれば、

目の前に現れる現実を「試練」として感じるということは、

「魂が抱く願い」と「現実」との間にギャップがあるからです。

「現実」をこのままほってはおけない、

何とかしたいと思うから「試練」と感じるのです。

魂の願いがなければ、ギャップを感じることはなく、

現状のままでも苦にならないのです。

ですから、「願いがあるから試練が来る。」のです。

そして、「試練を乗り越えることが願いを実現すること。」といえるのです。

私が今「試練」と感じていることは、

・家族と本音で語り合うことができない。

・私だけでなく、世界的に訪れている経済的苦難を何とかしたい。

・地球温暖化などの環境破壊の進行を止めたい。

この試練に対する魂の願いとは、

・美しい地球を子供田v費に残したい。

競争の社会から共生の社会へ変えていきたい。

そのために大勢の仲間と本音で語り合い、協力して実現していきたい。

その第一歩が社会の最小単位の家族から始まるのです。

今、訪れている困難や苦痛を他人のせい、政治家や社会のせいにしないで、

自分の魂の願いが引き寄せた試練であると捉えること、大切です。

他人のせいにしていては、自分の人生の主導権を他人に任せてしまうのと同じです。

試練を引き受け、乗り越えていこうとすることは、

人生の主導権を自分に取り戻すことでもあるのです。