人は一人ひとりが異なった個性を持っています。

同じ両親から生まれ、同じ環境に育ち、同じ教育を受けた双子の兄弟であっても個性は異なります。

なぜでしょうか。

おそらく、個性というものは、先天的(生まれる前から存在する)部分と、

後天的(生まれた後に身に着く)部分が入り混じっているからではないでしょうか。

先天的な部分とは、魂に刻まれた過去世の経験や癖と、

今世生まれてくるときに抱いてきた魂願によるものと思います。

個性とは、言い換えれば、「魂願を成就し、使命を果すためにある能力」

と言うことができると思います。

しかし、自分の個性に目覚め、個性を発揮して使命を果たして行く人は

とても少ないようです。

それは、後天的に身に着いてしまった個性(価値観)に囚われて、

先天的な個性の発揮を阻むようになるからだと思います。

極端な例を挙げれば、マザーテレサのように人を分け隔てなく愛することができる個性を持っていたとしても、その人が、社会的地位や財産を増やすことに囚われていれば、

持って生まれた個性を発揮する場がとても少なくなってしまうでしょう。

私たちが生きているこの世界は、一人ひとりが十分に個性を発揮すれば、

すばらしい世の中を作ることができると思います。

もし、あなたが指導的立場にある方(経営者、管理職、教育者)であるならば、

勉強や業務の成績だけに囚われた指導はなさらないで下さい。

その方の個性の輝きを見る目をもってください。

そして、その方の個性の輝きを表面に出す指導を心がけていただきたいと思います。

個性を埋めてしまうようではあまりにももったいないではありませんか。

吉田松陰という方は、わずかな期間で明治維新の指導者を多数指導しています。

これは、松陰が、それぞれの個性の輝きを引き出す指導を行ったからだと言えるでしょう。

この結果、木戸孝允、高杉晋作、伊藤博文などは、自分の魂願に目覚め、個性を発揮して使命を果たして行くことができたのです。

個性の輝きをもっと発揮させないとほんとうにもったいないことだと思います。