「魂の成長のために、この世に生まれてくるようだ。」と書いてきましたが、
魂はそんなに未熟なのでしょうか。
自分の魂がどれほどのレベルなのか分かりませんが、
悟りの境地には程遠いレベルであることは確かです。
極みまで人々を愛したイエスのレベルには遠く及びません。
やはり、まだまだ未熟な子供のレベルで、
これからも成長し続けなければならないようです。
ところで、カルマという言葉をご存知でしょうか。
「魂の未熟」のことを言うのだそうです。
カルマがあるから、それを克服して魂の成長を図ろうとする「魂願」が生まれるのです。
魂願もカルマも共に魂の中に混在しているようです。
魂願は、カルマを克服しようとし、
カルマは、魂願の実現を阻もうとするようです。
魂願は魂の中の光であり、カルマは闇の部分であるといえます。
魂願のエネルギーは、愛、やさしさ、癒し、勇気、挑戦する力を発揮し、
カルマのエネルギーは、怒り、不満、恨み、妬み、逃避、怠惰、傲慢な自分を
作り出す力を持っています。
魂の未熟を知り、これを克服し、魂の成長を願う私は、
カルマのエネルギーが出てこないように心を整えていきたいと思います。