私は、小学生・中学生の頃、先生の言うことをよく守り、

親の言うことをよく聴く真面目で模範的な子供でした。

通知表の評価も良く、両親から誉められることがとても楽しみでした。

今、あの頃を振り返り、冷静に自分を見つめてみますと、

「いい子」を一所懸命演じていたように思えます。

「いい子」を演じると、先生や両親から誉められ、認められるからです。

病弱で、痩せた体形、体力が他の子に比べて劣る自分を守ってくれるのは、

先生や両親なのです。

「いい子」でいなければ、先生や両親から守ってもらえなくらると思っていたのです。

この傾向は、社会に出てからも続きました。

会社では、上司に好かれる社員を演じました。

上司の言うことには常に賛成し、「はい」と答え、仕事をこなしてきました。

しかし、「いい子」を演じるのは精神的に疲れます。

だから病弱だったのかもしれません。

社会に出てからも、肩こりがひどく、40歳のころには心臓の不整脈を発症しました。

今でも「いい子」を演じようとする傾向は多分にあります。

「この世界で生きていくには、力や地位のある人に守ってもらわないと生きていけない」

と思い込んでいたからです。

自分の人生において、こうあらねばならない自分を作り続けてきたのです。

ねばならない生き方は、ほんとうに大切なことを見失います。

ねばならない自分を解放し、ほんとうに大切な生き方をしていきます。