城攻めと称してよくいく史跡。

築城するには様々理由があります。
①戦いの拠点にするため。
鎌倉、南北朝時代、室町は特に、弓矢と剣や槍による戦いが主。守りやすい山城が人気でした。
複雑に広がる尾根がある山などは、曲輪とよばれる守りの拠点が作りやすいため、堅い守りになります。

吉田郡山城(安芸高田市)などは複雑な曲輪があることでも有名。


写真は、龍野古城。見事な山城です。
時代があとになると、山の上より政務がしやすい麓に城が移されました(^∇^)

安土桃山時代、鉄砲が普及してくると、
鉄砲の戦いがしやすい平城や平山城がでてきます。


写真は赤穂城。
鉄砲狭間もお洒落です(^∇^)
赤穂47士でも有名な赤穂藩ですね^ ^

②政治の拠点とするため。
大名は、治水やまちづくりなどの政務もありました。
戦国以降、安土桃山から江戸にかけて戦が減ると共に求められる性質でもあり、便利の良い平野部につくられる平城、守りの面でも作事でも盛り土の手間を防げる平山城の形もふえました。


写真は福山城(^∇^)
再建天守です。守りも重視しつつ、交通の要衝に立地。政務にもうってつけ。水野勝成さんが有名。

③拠点をまもるための城
戦いは、単独の城だけでは負けてしまいます。
支城とよぶ城は、🏯本拠の周りにつくられます(^∇^)
仮の拠点とするため、
元々あった小山を利用する一時的なものもありました。
高屋城のように、がっつり古墳を利用したものもあります。

写真は猪崎城。
福知山城の支城です(^∇^)

簡単ではありましたが、実際いってみて分類していくと見えてきます(^∇^)
表にもかいていきますが、分類していくとまだまだ見えてきそうですね(^∇^)