「でも、これはトウブモグラのことだからな、オレは行くけど部外者のオマエを危険にさらすことはできないよ。」

レヴィが崖の光景に魅せられていた事など知る由もないギルは、レヴィの身の上を案じてそう言う。だがレヴィは受け付けない。


「そんな水くさいこと言わなくていいぢゃん!それにボクを連れてくと、呪文を知ってるから窮地に強いよ、お得だよ。」

 レヴィは、置いていかれまいと必死で自分を売り込んだ。


「でも、オマエは争いは嫌いだって言ってたんじゃなかったか?」

「いや、そんな事は言ってないよ。」

「いや、前に言ってたぜ、何事も話し合いで解決できるナンチャッテ~。」

(うっ・・!)


 痛い所を突かれたレヴィは、顔を赤くしてムキになった。そうだった。レヴィはもともと争い事が嫌いなのだ。まして殺し合いなぞ。


「平和を愛する諸動物の公正と信義に信頼して、とか何とか言ってたんじゃねーのかぁ?」ギルは追い討ちをかけた。からかうのを止めないようだ。


「うるさいっ!」ついにレヴィは逆ギレした。


ついにと言ってもその間わずか数秒だが。
 膨れて、ぷいっと横を向くレヴィの顔色を下から覗き込むように、ギルがフォローする。

「まぁそう膨れんなよ、実際オマエは説得でカラスを動かしたんだからな、あれは大したモンだったぜ。」

 さすがギルはレヴィよりもお兄さんだ。レヴィをなだめるのが上手い。

単純なレヴィの頭はすぐに切り替わるのだ。


「だってボクには武力なんて無かったもの。こんなにチビだし、まだ子どもで力もないし。あの時は必死で訴えるしか無かったんだ。でも、そうでなくてもやっぱり暴力はダメだよ。」


「じゃあ、オマエは殺し合いそのものはどう思ってんだよ?オレら動物の世界は、食うか食われるかだぜ?軍隊アリをやっつけなきゃ、こっちがやられちまうんだぜ?」


 ギルはただ単にレヴィをからかっているのではなかった。ギルはお兄さんだ。こうやって、この先レヴィを巻き込むかもしれない民族の戦いに、レヴィの心の準備が出来ているかを試していたのだ。


「ボクは殺し合いは嫌いだ。だから話し合えるなら最後まで話し合う。」

「そうだな。でも、話し合いで折り合わなかったら?」

「だったらむしろ、食われた方がいい。」

「相手が一方的にふっかけて来てもか?」

「うん。だって、暴力に暴力で対抗したら、一緒になっちゃうぢゃん。」
「でも、食われるのがオマエじゃなくて家族だったら?」
「・・・。」


 レヴィはあらためて考え直していた。しばらく考えた後にこう言った。

「家族のためだったら・・・やっぱりボクは武器をとるかな。」そしてすぐに言い添えた。

「それに・・・。」

「それに?」

「もう戦いが始まっていて、仲間が戦っているのならボクも戦う。」

「それって主体性が無いんとちゃう?主義信条に反するんじゃねーのか?」


 ギルの反論に、レヴィは真直ぐに答えた。

「主体性が無くてもいい。正しくなくてもボクはいい!でもボクはそうすると思う。実際にそうしてきた。これまでも、これからも!」きっぱりとそう言った。


 ギルは「そうか。」とだけ答えた。


 ギルの心は暖かだった。同族でもない小さなホリねずみのレヴィが、モグラのギルのことを家族同然に思っているのだと、心が熱くなった。

 レヴィは、実際に戦いに参加してくれなくても良いのだ。そうではなく、共に戦うと心の底から思ってくれる、それで充分だ。この小さなホリねずみの気持ちが嬉しかったのだ。レヴィを守らなきゃならない、そしてまたレヴィの一族に何かがあった時には、自分も命をかけて戦おうとギルは固く心に誓ったのだった。


二匹はどちらからともなく、すっくと立ち上がった。そして向かった。崖を目指して。(つづく)

 ギルは驚愕の光景を見てしまった。


 それは都市建設の風景に、長年のもやもやが晴れて救われた気分になっていたギルを、一瞬の内に奈落の底につき落とした。

 夜になり陽が落ちてから、崖の淵からモグラたちが次々に湖へ飛び込んでいたのだった。あの高さから飛び降りるとひとたまりも無いのは明らかだ。

 高い崖の上から、次から次へと身を投げるモグラたち。昼間、一生懸命に開拓に専念していたモグラたちが、なぜそんな事をしているのかギルにはまるで分からなかった。


 よく見ると、湖面には赤い絨毯が広がっている。何かが口を開けて次々と落ちてくるトウブモグラを飲み込んでいるのだ。

 目を凝らしても、暗すぎて湖面の様子はよく見えない。次々に飛び込む小さなモグラたちと、ぱっくりと口を開けている得体の知れない巨大な何者か-。


 やがて、赤い色は口を閉じ、そのまま湖底へと姿を消した。後には飛び込みそこねた者たちが崖っぷちで所在なげにたむろしていたが、その内に諦めたのか一匹二匹と静かに家路についた。


 そこまで話し終えた後、ギルはぼんやりとその時の気持ちを思い出そうとしていた。
せっかく見つけた答えだった。けれども、意味という答えは、もっと大きな謎を連れてきた。

(なぜ、なぜ、なぜ!)ギルは、問い続けるしか無かった。


 大勢のモグラの中に自分の姿を発見することはできなかった。自分はどこに居たのだろう。まだ開拓村に到着する前なのか、それとも大勢の労働者の中だったのか。あるいは崖から飛び降りて餌食となったモグラの中に居たのかもしれない。かび臭い屋敷の小部屋の椅子に腰掛けて、ギルはずっとそんな事を考えていたのだった。


 そこまで話し終えたギルだったが、レヴィは返す言葉を失っていた。一度はトウブモグラの未来に嬉々として喜んだレヴィだったが、またもや黙り込むしかなかった。


 崖から飛び降りるたくさんのモグラたち。意味が分からない。なぜ、自分から飛び込まねばならないのだろうか。レヴィは自分の見た、おびただしい数のモグラの死体を思い出していた。あの場面と何か関係はあるのだろうか。でもあれは過去のこと。しかもホリねずみ達の話だ。ギルが見たのはトウブモグラの未来の話だ。


「行こうよ!その崖へ!」

レヴィはためらわずに言った。


 10年後に起こることは、今からなら間に合うかもしれない。もしも、もう始まっている事だとしたら、それこそ一刻も早く止めなくては。レヴィはそう思っていた。もちろんギルも同じだった。


 二匹の思いは同じだった。いずれにしても湖に潜む怪物の正体を突き止めなければなるまい。そしていずれはこの怪物に挑まなければならないだろう。ホリねずみであるレヴィは、自分はトウブモグラの未来と関係ない存在なのかもしれないと思っていた。でもそれが、あの窓から過去と未来を眺めてしまった自分たちの共通の使命であるように感じていた。

ホリねずみレヴィの旅

 レヴィは恐れてはいなかった。権現村では死の恐怖を味わい、軍隊アリと戦ってたくさんの勇姿を見た。この頃のレヴィには、危険を承知で仲間を助けることはごく当たり前のことに思われていた。


 だが、実はそれだけではないのだ。ギルの話は衝撃的ではあったものの、レヴィはある事に魅せられていたのだ。

 それは湖の風景だった。大きな湖、天上の楽園。人間の住む街の灯り!見たこともない世界だった。それが、どれほど美しいものなのか自分の目で確かめたいとレヴィは強く思っていたのだった。(つづく)




 ギルが見たものとは。


 屋敷の窓辺から外を眺めるギルの眼下には、トウブモグラの相変わらずの行進が広がっていた。光景は行列の最先端部分を写していた。


 トウブモグラたちは森を抜け、大きな湖のほとりにそそり絶つ崖の手前に辿りついていた。彼らはもはや若者とはいえない年齢に達していたが、長年の行進で鍛えられた肢体は精悍そのものだった。彼らの背中は炎天を歩き続けて黒光りしている。


 崖の手前側、森の際あたりで、先着のトウブモグラたちが土木作業に勤しんでいた。それはもう大変な数のモグラだったが、このモグラ溜まりに、新しく到着したモグラたちが続々と加わってゆく。先着の老モグラたちに後から到着した新着モグラたちがどんどん加わって、全員一丸となって一心不乱に穴を掘っている。都市建設作業にあたっているようだった。


 湖の向こうに日が沈みかけて、一帯をオレンジ色に染めた。やがてあたりは漆黒に包まれ、前方はるか向こうに人間の住む街の光が見えた。空も湖も真っ暗で境目が分からない。人間の街のチラチラと輝く灯りが、黒いキャンバスの中央で空と地の境界を分けていた。

 その一角は夜空の星が一塊で落ちてきたようでたいそう美しかった。広大な湖を見下ろすこの場所は、背後に森を控え、天上にひときわ近い楽園に思えた。


 到着間もないモグラの顔の中に、ギルは懐かしい面影を見つけた。ギルの同僚だ。軍隊アリ征伐に及び腰になり、それでも勇敢に戦った後、立派な戦士となった彼らは、見事な髭までたくわえて列を先導していた。

 ギルは仲間の成長を嬉しく眺めた。よく探せば集団の中に四角いメガネも見つかるに違いない。ギルは行列の中に未来の自分の姿を探していた。


「ふぅん、トウブモグラの行列は、新しい都市を建設する為だったんだね!」

そこまで聞いて、レヴィが口を挟んだ。


「うん。議論に明け暮れていて、ヒミズモグラにのっとられた我々は、ずっと意味の無い行進を続けていたんだが、こういうことだったんだな。新しい土地を開拓するためだったんだな、やっと分かった。」

 ギルは、この光景と、これまで自分が知っていた限りの民族の歴史を重ね合わせてストーリーを纏めようとしていた。レヴィに説明しようとしているのだが、本当のところは、誰かに説明することで自分の頭を整理していたのだ。


「トウブモグラたちは、繁栄を貪った挙句に、ヒミズモグラたちに領土を奪われた。それも平和とは何かを論じている間に、だ。そして、オレの爺さんは賢者デロイの神託を仰いだってワケだな。デロイの留まるな、先駆者は森へと進めの言葉に従い、森を抜けた。その先に別天地を探しあてたってワケだ。」


「やっと新天地を見つけたのかぁ、よかったじゃん!」

レヴィは素直にモグラの仲間たちの行く末を喜んだ。


「うん。それに、オレが長い間探していた意味がみつかったのかもしれん。ふつう行動には目的ってモンがあるよな? だけどオレらの行列には目的が見えんかった。他のヤツらは、考えずにただ命令に従って歩いていたけど、オレには無理だったんだよな。だから一人、ひたすらモグラの行進という無意味な行動の意味を考え続けていたんだ。」


 そうだった、そうだったと、うなずきながらレヴィは聞いていた。レヴィがギルと初めて出会った草原での夜、ギルが語ってくれたお話をレヴィは忘れる筈もなかった。

 ギルは続けた。


「でも、分かる筈はないよな、仲間全員、誰も分からずにやってるんだから。デロイに聞くくらいしか方法はない。でも、デロイは決して語らないから同じだ。だからオレらが意味を掴もうとしたら結果から辿るしかないんだよな。そして結果は未来を待つしかない。でも俺は、屋敷の窓から未来を見たお陰で、意味を掴むことができた。そして行動はちゃんと結果に結びついてるんだってことが確認できた。」


「そうかー、答えが見えなくても続けていればその先には、ちゃんと未来が開けるってコトだよね、そうだよね、よかったねーっ!

 レヴィは手を叩いて喜んだが、それにしてはギルの顔色は優れない。


「いや、それだけなら良いんだが・・・」

 ギルは、「まぁ、続きを聞いてくれや。」と言って一旦中断した未来の話に戻っていった。(つづく)