あたり一面にスイカズラの花が咲く草地を分けて、二匹は駆けた。

草むらに一本の線ができて、やがて消える。走る彼らの後を、黄色い小さな花がおじぎで見送る。それからツルバラの茂みを抜けて、夕陽が沈む方向へと一目散に駆けていった。


 低い松林を過ぎたら、いきなり視界が開けた。


 180度見渡す限り、水、水、水。広大な湖が、沈みゆく夕陽の面影を湖面に受けて、あやすように揺らしている。

 夕陽の名残が水面に長く尾をひいている。ひときわ大きく膨らんだ夕陽は真っ赤なドレスを広げて、せりに乗って降りてゆくオペラ歌手のようだった。今がクライマックスだ。

崖の際まで進み出たギルとレヴィは肩を並べて、放心したように日没の瞬間を見つめていた。


 それはもう、この世のものとは思えない美しさだった。レヴィの頬には知らぬ間に、つーと涙が流れていた。


 やがて光は世界を闇に明け渡し、暗がりがシルバーメタルの侍従を連れてやってきた。

見上げると、たくさんの星たちが控えめにも鋭く清らかに夜の世界を守っていた。


「こんなに美しい風景がこの世にあったなんて。」レヴィがそう言うと、ギルも、

「ああ、オレ生きててよかったと思うよ。」と、珍しくも真面目に答えた。


 トウブモグラたちは、こんなに美しい土地を手に入れるのだ。ここに自分たちの王国を築くのか!そう思うとギルの心臓はひときわ大きく高鳴った。


「ねぇ、君のお仲間たちはまだ到着していないようだね。」

「ああ、なにせ足踏み同然のスローな前進だからな。まだ先頭集団も崖の岩場のあたりじゃないかと思うよ。」


 レヴィもおそらくその辺りだろうと思った。彼らがやって来るまでには、まだしばらくの間があるようだ。


「でもさ、こんな理想郷のような土地なのに、どうして崖から飛び込まなくちゃならないんでしょ。」

 レヴィが言い出すまでもなく、ギルはずっとその事を考えていた。


二匹はどちらからともなく、2、3歩そろそろと歩を進めて崖の下の湖面を覗きこんでみた。だが彼らの眼下には、岩に当たってささやかに砕ける小さな白い波があるだけだ。


「10年後の凶事は、まだ始まっていないみたいだな。」

「うん、間に合うってことだね。」


 太陽が沈みきると、やがて湖の向こうに人間たちの街のあかりが浮かび上がってきた。赤やオレンジや黄色の小さな光の群れはホタルのそれとは違ってくっきりと明確で、色も大きさもさまざまでそれはそれは美しかった。

 とっぷりと日が暮れた後も、景色に見とれながら同じ場所でギルとレヴィは話し込んでいた。


 どれほどそうしていたのだろう。会話が途切れて、少しの間ができた時だった。


 ざわ、ざわ。

背後の森がざわついている。


 ギルとレヴィは振り返ったが、黒い森が横たわっているだけだ。

何者かが草を分ける音はあたり一面から、まあるく彼らを取り囲むように、しだいに大きく聞こえてきた。近づいてくる。


 ざわ、ざわ、ざわ、ざわ。

彼らは身構えた。(つづく)