4A談義にひねり王子白井も参入・扉を開くための極意 | ほりきりのブログ

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 体操界からもうひとり、ひねりのスーパースペシャリスト、白井健三氏が羽生の4回転半ジャンプについて語ってくれた。
 航平さんと羽生くんがあまりにもラブラブな間接対談しているものだから、白井も混ざりたかったのかな。
 ひねりに関しては第一人者。より専門性の高い持論を展開してくれた。
 が、専門的で具体的すぎて、初見ではさっぱりついていけない。なんだこれは。内村と羽生も難しかった。白井も宇宙人か?君らは宇宙語話してるのか?これはいっこずつ細かく読んでいかないと、運動音痴の私の脳では理解できん。
 しょうがない、白井の話をひとつずつ、突っ込みながら読んでいこう。
 2回に分けたインタビュー、一気にいくぞ。(めっちゃ長くなりました、ごめん)



 【羽生結弦4回転アクセルの扉】

 白井健三さんからのメッセージ(1) 「ひねり」からみた成功への新発想


――羽生選手がいま「4回転半」という世界に挑戦しています。「回転」という視点から、4回転アクセルの可能性をお聞きできればと思います。

 羽生選手の4回転アクセルへの挑戦は、本当にかたずを飲んで見守らせていただいています。体操もフィギュアスケートも、ひねり(横回転)をどう生み出し、どうコントロールするかが共通するものがありますし、体操の視点から色々なことを考えながら見ています。

 ひねりのスペシャリストの視点はとても楽しみです。

 
――白井さんは現役時代に、自らの名「シライ」がつく新技を6種類もしました。3回半ひねり、4回ひねりなど、当時の常識をくつがえす高速回転の技です。体操界では、横回転のことを「ひねり」といいますから、フィギュアスケートでの4回転ジャンプとの共通点はあるでしょうか?

 体操の場合は、縦回転とひねり(横回転)の両方をしていますが、軸足があり、軸手があり、回転をコントロールするということは同じです。また回転が多くなるほど「どうやって回転を起こすか」を考えていくところも似ていると思います。僕のひねりは右回転で、右が軸手。羽生選手のジャンプとはちょうど反対回りです。体操もフィギュアスケートも、回転の理論は共通すると思います。

 フィギュアスケートは横跳びに跳んでいきながら横回転する。体操の技は多くは宙がえり(縦回転なのかな?)しながら横回転する。横に回るという点で共通する。あれ、白井の回転方向ってスケートの逆だったんだ。気がつかなかった。


――空中姿勢も、白井さんは脚を組むタイプで、スケートとほとんど同じですね。空中姿勢は、技にどんな影響があるのでしょう。

 空中姿勢や腕の位置というのは、選手によって違います。脚は組まずに揃える選手もいます。腕も、軸を細くしようとして肘を畳む選手も、肘を張ってバランスを取る選手もいます。フィギュアスケートも空中姿勢の手や顔の位置は、選手によって違いますよね。羽生選手は肘が出ているので、回転軸のバランスをとるタイプでしょう。腕を畳めば回転軸は細くなりますが、軸はブレやすくなります。回転(速度)をとるか軸をとるかで、選手によってバランスが異なるでしょう。

 ネイサンは腕を畳む。それこそ跳ぶ瞬間に即畳む。そこがネイサンのジャンプの秘密だと織田さんが力説していた。でもそれはネイサンの個性。軸は犠牲にしても回転速度をとるんだ。だから軸はぶれやすい。
 羽生は肘をあげる。それで鉄壁の軸を作る。あの腕はきれいな軸で跳んでいくための羽生の翼。
 白井は選手それぞれにやりかたに違いがあるのだとちゃんとわかっているんだね、驚いた。


――羽生選手は、とにかく回転そのものが美しく、回転軸がブレることもありません。それは空中姿勢でも分かるんですね。

 羽生選手は、アクセルの前にかなり顔を止めてから跳ぶ、というイメージがあります。体操でも、技が連続するときに頭が動いてしまうと、理想通りの回転に入れなかったりしますし、頭の位置は大切でしょう。僕も、技の開始から終わりまで、頭の位置がズレないのを強みにしていました。ただ、4回転までは「顔を動かさない」がセオリーですが、4回半ひねりに挑戦するときは、顔を動かすんですよ。

 すんごいよく見てるな。羽生の顔が動かないなんて当たり前だと思っていたけど、それが理想的なジャンプの肝なのか。
 で、白井が4回転半のときは顔を動かすって?4回転半?


――実は、白井さんは練習で「4回半ひねり」を成功させているそうですね。「4回ひねりと」「4回半ひねり」は、どんな技術の違いありましたか?

 4回ひねり(4回転)までは、僕は軸を大切にするので、顔や、先行する右肩は動かさないようにしていました。着地するためには回転軸が大事だから、幼少期からそう習ってきました。でも4回半になったときに、軸を大事にしている暇がなかったんですよ。自分の耐空時間のなかに4.5回を入れるのに、その密度を考えると、どうしても時間が足りない。4回ひねりまでは、跳んだあとまず軸を作って、それからひねりはじめる時間があるのですが、4.5回となると軸を作る時間も潰さないと間に合わない。それでどうやったかというと、跳んだ瞬間から、先行しているほうの右肩で思い切りひねりをかけて、顔も(回転方向に)動かしちゃったんです。

 たぶん4回転半回ったことのある人類は白井と羽生だけなのか!これは大変な経験談だぞ。
 あと0.5回まわすためには軸を作る時間を入れたら間にあわない?跳んだ瞬間からひねりをかけて顔も動かす。
 これって内村が言った、先に上体を回すと体がついてくるっていうのと同じだね。体操界からの視点はそこなんだ。


――幼少期から習ってきた方法を変えるのは、発想の転換でもあり、勇気も必要ですね。

 もちろんそうです。僕は「4回半ひねり」に挑戦して、いろんなやり方で失敗しました。最初は「4回まわった最後にプラス半回転する」というやり方で、良い軸に入れたときに4回半ひねろうとするんですが、どうしても回転が間に合わなくて着地で横に転がっていました。フィギュアスケートでいうステップアウトをしてしまうんです。それで、踏み切りと同時にまわり始めるという回転のかけ方に変えてみたときに、初めて立ったんです。今まで染みついてきた感覚どおりに、めちゃくちゃ良い蹴りが入ったとか、良い軸が取れた、と感じるときほど、新たな技はできません。ちょっと自分のなかで「ヤバイ」と思うくらい変な感覚のときに、新しい技が成功するんです。

 羽生も3Aと同じジャンプではない、4回転の延長線上ではない、って言ってた。スケートでも体操でも同じなんだな。
 しかし、ステップアウト… うん、そうだね。(なんでも知ってるな)
 踏切と同時にまわり始めるというのはだな、体操のマットではどうなるかわからんのだけど、スルスルの氷の上でそれをやると、たぶん下で回るな。うーむ…
 自分の中で「ヤバい」と思うくらいの感覚っていう表現好きだ。そのくらい異次元のぶっとんだ技なんだと、よそながら感じることができる。


――「4回半」は「ヤバイ」感覚だったのですか(笑)。

 しかも4回半ひねりを成功したのは、まだ高校生で筋力がなく、宙返りの高さがない時期でした。ですから、高さとか耐空時間を増やしたのではなく、どこまで回転の密度を濃くしていくか、という考え方で成功しました。もちろん高さを出していかないと成功しない技もあるとは思いますが、高さや耐空時間で「4回半」を求めなくても、やり方があるなと思いました。

 え、成功したのは高校生?(いや確かに高校時代から代表入りしてたが)それ以来やってないってことかしら?高さや滞空時間でなく回転の密度で回る。ではそれは体の軽さで回転速度を維持するロシア少女のジャンプと同じ感覚なのでは?(安藤さんが4S跳んだのもほぼジュニアのときだけ)
 大人の筋力をつけてから高難度に挑む男子フィギュアとは違うのかも。


――「4回半ひねり」の世界と「4回転アクセル」が繋がる可能性についてお聞きしたいです。まず羽生選手の4回転アクセルの場合は反対回りなので、左肩を開くということですね。

 体操とフィギュアは前提が違うので、あくまでも素人の目線からの話になってしまいますが、羽生選手であれば、左肩を開いておいて、右手で回転を思い切りかけるイメージです。トリプルアクセルは、踏み切るときに左肩は開かず、前方に振り上げた右手に向かって跳んでいますよね。右足を振り上げた瞬間に、左肩を開かないようにすることで回転軸を右側に保っているんです。これだと右手だけで回転を起こしていますが、でもそこで左肩を開いておいて、そこから回転を生むことで、通常以上の回転力が得られます。

 そのやり方は普通のジャンプ、トウループからルッツまでのジャンプはそうやって跳ぶんだってね。アクセルは体の反動を半分しか使えないからだからこそ難しいのだと羽生が解説したことがあったよ。私それ聞いてびっくりしたもん。


――左肩から回転を起こしたら、右側の回転軸に移れないイメージですが、いかがでしょう?

 左肩は最初だけ使えばいいと思います。最初に開いておいて、回転の強さを生ませておいて、跳びあがってから開いている時間をきわめて短くなるように、すぐに右肩が左肩に追い付くという感じ。最初から右に軸を作るんじゃなくて、左肩で回転を起こした、そこの回転軸に右肩が入って行くというやり方です。

 ここは内村が言ってたところかな。跳ぶときのラインが一直線できれいすぎる。だから完璧な軸が作れるわけなんだけど。ここでもうちょっと早く上体をひねれないかと、本当に内村と白井は同じことを言ってるね。体操における真理なんだな。


――強い回転が生まれるイメージは分かりました。軸の作り方がかなり変わりますね。

 僕の場合は、「4回半」のときは「軸を作りにいく」という考え方ではなく、「そのとき作った軸を、着地で直す」という感じでした。空中に出たあとはもう諦めちゃう。空中で「軸がこっちに曲がってる」と感じ取っておけば、着地のときにどの脚をどっちに出すか決めて、対応できるんです。空中で軸を作ったり、直したりすると、4回半まわる回転速度を担保できませんでした。

 たぶん羽生もそうやって1000回氷の上に叩きつけられていると思います。
 どの脚をどっちに出すかーーいや、スケートは右足1本なんで…


――体操は両足着地ですが、スケートは片足着氷なので、着氷で直す難しさもあります。(あ、野口に言われた)

 羽生選手の場合は、股関節の使い方がとても上手いですよね。平昌五輪のフリー、最後の3回転ルッツを、かなり頭が下がっている状態でも片足で着氷していました。あんなとっさの対応は、他の選手にできない、羽生選手の強みです。ですから「着氷した瞬間にあれくらい幅広い降り方で、瞬時に対応できるんだ」ということを羽生選手自身が分かっていれば、軸にこだわる割合を少し減らせると思うんです。「軸を作らなきゃ」とばかり思っていると、回転をかけるのが遅くなったり、踏み切りで力を入れられなかったり、さまざまな影響が出てくる。やはり思い切り跳んで、思い切り回しておいて、着氷の瞬間のどれだけ軸を戻せるか、と考えたら、違うバランスが見つかるんじゃないかな、と。彼ならば、その対応能力がありますから。

 あのルッツは奇跡だから~~ 私たちファンの見えない手が必死に支えたから~(羽生もそう言ってくれたから~) あの着氷をスタンダードに求められても困るかも。


――理論的には可能な気がしてきました。でもアクセルのセオリーと違いすぎて、驚きのアイデアです。

 アクセルで左肩を開いてはいけないのと同じで、体操のひねりも、子供に教えるなら「肩は開かない」と教えます。でも、それは一般的にやっちゃいけないことであって、やろうとしているのは普通ではないこと。普通ではない技術を使わないと、4回転アクセルはおそらくできません。教科書通りの跳び方だから、みなさんがトリプルアクセルをできている。でも4回転アクセルは、羽生選手は新たな教科書を書かなければならないし、書けると思います。

 4回転半は普通じゃないんだ。人間のやる技じゃないんだ。内村も言ってたー
 普通じゃない技は普通にやってたらできない。これは真理だ。(でも白井先生は子供たちに基本に忠実に教えてんだね)
 4回転アクセルについては羽生が教科書を書くーーなんてかっこいい表現なんだ白井~~


――普通ではない技術。羽生選手なら“普通”の概念をうちやぶる力があると思います。

 まだ誰もやったことのない技なので、どんなやりかたも正解です。だからモノゴトはもっと簡単なこと。すでに皆がやっている技は、審判の先生方も分かっているので、ある程度「好まれる実施」というのがあります。でも新しい技は、やった本人が正解です。だから羽生選手のやった実施が、4回転アクセルの正解、となりますよね。誰も到達したことのない世界への挑戦です。応援しています!

 新しい技はやった本人が正解。どんどん名言が出てくるぞ。
 そうか、だれも教えられないことをやってるんだ。オーサーもブリアンも教えられないんだな。だからたったひとりでがんばってる。応援せざるを得ないよな~



 【羽生結弦4回転アクセルの扉】

 白井健三さんからのメッセージ(2) これは新技『ハニュウ・ジャンプ』


――第1回では、白井さんが「ひねり=横回転」の視点から、4回転アクセルを考えてみました。第2回は「新技を作る」という視点で語っていただきたいと思います。

 新技を作るというのは、体操では大きな課題となる部分です。技の難度が上がっていくと、「ここから先は普通の人じゃ無理」となる。「普通の人ってなに?」ということ。それを超えていけるかが大事なんです。「普通」の延長では成功しません。羽生選手にとっても、4回転アクセルという大きな壁がある。4回転ルッツまでは幼少期から積んできたことの上にあったとしても、4回転アクセルは違う土台を作るという作業になってくるのではないかな、と思って見ています。

 違う土台を作るーー土台だって。ファウンデーション。オーサーが言ってたやつだ。(化粧じゃないんだよ羽生くん)クリケットで徹底的にやってきて築き上げた土台。その上に違う土台を作る。
 やっぱりクリケットではできなかったんだ。今まで2年やってきてできなかったんだもん。コロナのせいでやむをえず、クリケットから離れて自分のホームで自分ひとりのリンクで作り上げている。なんかこれすらも神の采配のように思えてきた。


――白井さんは、これまでに6つ「シライ」の名が付いた新技を成功させています。新技を作っていくというのは、どんな感覚でしたか?

 例えば跳馬になりますが、リオデジャネイロ五輪で「3回半ひねり」を成功させました。やはりオリンピックですし、自分の限界となる最も難度の高い技を披露したかったんですね。従来あった技は、後方への3回ひねり(後方への縦回転+横の3回転)です。まず台に手を突いたら後方への縦回転をつけて、そのあとひねる(横回転)という意識で行います。跳馬としてはそれがセオリーなんです。でも、3回転半するには、それじゃ間に合わない。ひねり(横回転)を優先させないといけない。それで、セオリーを捨てました。

 オリンピックだから自分の限界となる最も難度の高い技を披露したいものなんだ。
 だったらきっと4年前ループもルッツも我慢したことは羽生にはきっとつらいことだったろうな。特にループは自分のプライドのジャンプだったし。それもまた金メダルのために「捨てたもの」のひとつだったろう。
 ならば今度こそ、自分の限界を披露したいよね。4Aやりたいよね。
 大切なもののために捨てたものーーセオリーも捨てるのか?


――伸身ユルチェンコ3回半ひねり、いわゆる「シライ2」ですね。セオリーを捨てたとは?

 手を突いたと同時に、縦回転とひねり(横回転)を同時に入れたんです。ひねり(横回転)を同時に入れると、縦回転の力が弱くなってしまいます。その分は、脚を宙返り方向(後方)に回すことで補っていました。もちろん、精度を考えればセオリー通りが良いのは分かります。子供に基礎を教えるのであれば、まず縦回転をするんだよって教えます。でも3回転半は、基礎的なことを言っている暇がない。できるためには手段を選べない、人が邪道と言おうとも成功させないといけない、という信念がありました。そして成功させられれば、それが正しいということになるんですから。

 私は体操のことは詳しくないけど、跳馬の場合手の力も使えるよね。手を突いて跳びあがるときにひねるんだね。手のつき方の角度とかでも工夫できるのかな。跳馬ならできそうに思える。あ、床のタンブリングもそうか。手と足と顔と体とすべてのバランスでひねることになるんだね。あー、やっぱ氷の上から跳びだすスケートって特殊なことしてる気がする。
 できるためには手段を選べない。なんかすごく常識外な感じがしてきたぞ。


――この「セオリーを捨てたアプローチ」というのは、第1回でお聞きした「4回半ひねり」と共通しますね。

 羽生選手の4回転アクセルもやはり、新技です。間違い無く「ハニュウ・ジャンプ」と言えます。新しい技を作ってきた身からすると、この4回転アクセルというのは、いままでできていた技に少し足す、という考えだと、回転が間に合わない気がします。なので、体操と同じ考えが使えるかは分かりませんが、左肩を使って、踏み切りと同時に回転のモーションをかけはじめるやり方もあるかな、と。顔の位置も、4回転まではかなり右を意識していますが、4回転半だけは回転方向に先行させるほうが、回転が早くかかると思います。もちろんこれは体操の視点での意見ですが。

 アクセルさんが跳んだのはきっと1回転半です。3回までは普通のジャンプでも4回転半は人間技じゃない。新技なんだね。クワドハニュウでお願いします。


――新しい技に挑むというのは、新しい技術だけでなく、新しい概念を作る、大きな作業なのですね。

 そうですね。4回転ルッツや4回転ループ、トリプルアクセルなどで「良い」とされてきたことを、成功者として保守的な気持ちもあるので、良いと思い込みたい部分もあると思います。でもこれまで良いとされてきたことが、果たして4回転アクセルにとって良いことなのかどうかは、誰も分かりませんよね。良いとされる4回転アクセルはどんな跳び方なのか、それすらも、羽生選手が新たに決めていいことだと思います。

 そこにたどり着くまでにたぶん羽生は3年かけた。もっと早く言ってあげてほしかったなあ。でも自分で実践して確認しないと理解できないかもしれないしな。同じ道をたどってきたものだけがわかる感覚を白井も羽生も共有していると思う。


――「良いジャンプ」という視点になると、4回転までの羽生選手のジャンプは、出来映え(GOE)で「+5」を狙える「良い」ものです。まさにお手本といえるジャンプを跳んできました。

 そこは、競技として面白い部分だなと思います。体操では、ルールという枠からはみ出ずに美しい技と総合力で勝っていったのが内村航平さん。はみ出て勝っていったのが僕なんです。僕は、羽生選手とは正反対で、人と同じ技をやっても美しくできなくて、技の難しさで離していくしかなかった。だから難しい技に挑戦するという気持ちではなく、その技をやらないと自分が日本代表にいる意味がないと思っていました。審判が可能だと思っている範疇を超えていくことが、自分が選手として残るために必要でした。自分の技に名前がつくというのは、そういう世界だったんです。

 オールラウンダーの極みが内村で、スペシャリストの極みが白井。
 人と同じ技をやっても美しくできない。これはどれだけ努力しても、そこまでの至上のレベルにいくと、それぞれのセンスとか資質の問題になっちゃうのかもしれない。誰もができるわけでない完璧に美しい実施ができるからこそ内村はキングなのだから。
 そのカウンターとして白井が難しい技、新技に挑まなければ存在できなかったというのは、白井、大変だったなと言ってあげたくなる。
 内村の引退会見でウチムラという技が残らなかったこともまた、オールラウンダーとしてありなのかなと言っていた。内村の言葉と白井の言葉は、二人の体操における立ち位置として並んで納得できるものだった。
 白井の立場は、羽生がSEIMEIで次元の壁を突破したあとに、若手がしゃにむに高難度ジャンプに走ったのと一致すると思う。他の人がやらないような難しいジャンプを跳ばなければ上にいけない、羽生に勝てない。
 羽生は内村タイプなんだよ。お互いそこもわかっていてあんなに共鳴しあっている。なのに、そのオールラウンダーの極みが、誰もやったことがない人間技じゃない新技に挑戦しているんだ。これって、高難度技にすがるしかないスペシャリストにとっては、やってられねーなんじゃないかな。


――羽生選手は、内村さんのように総合的な強さ、美しさを兼ね備えた選手です。新技のために、セオリーから外れていくリスクもあるかも知れません。

 羽生選手にとって今、「4回転アクセルを成功させた姿をみなさんに見せたい」というのがプログラムの中心にあるなら、4回転アクセルに関しては、今までと全く違う考えのジャンプ理論を確立していいと思います。ルールに沿って跳ぼうというのではなく、自分が初めて跳んで、そこからルールができるという考えです。教科書からの引用は1つもいりません。そこは羽生選手本人が一番分かっていると思います。

 白井は繰り返す。誰もやったことのない技に教科書はない。自分でジャンプ理論を確立していい。この言葉はコーチに頼らず自分で積み上げている羽生の後押しになるはずだ。


――その「新たな理論」を導き出すために、羽生選手は回転の要素を細分化し、試行錯誤しています。いまは「回転軸を作る」ことと「思いきり回す」ことを別々に取り組んで、その2つを合わせたら4回転半まわれる、というアプローチで取り組んでいるそうです。

 体操のひねり(回転)も同じです。「軸を作って跳ぼう」と思っている時点で、自分のパワーの7割しか出ません。たぶん羽生選手も「思いきり跳びたいけど、軸を作るためにはこのくらいの跳び方で調整しておかないと」という気持ちですよね。僕の場合は、4回半ひねりのときは、「軸を作る」という意識をいったん捨てて、空中に出てからのことを考えずに10割の力で回していく、という意識に変えました。

 うーん、羽生はそのぶん回す段階からもう一段あがって、また軸に戻っているような気がするよ。回して、かつ降りる、ということに注視する段階にきているからこそ、実戦投入になったんだと思う。ファイナル、国別、全日本と段階踏んで見せてくれてるけど、ぶん回しの質が変わっている気がするもの。(羽生のこの「ぶん回す」という表現はど素人にも感覚を感じることができてとても気に入っている)
 

――4回転アクセルは前に飛び出てから回転するので、空中で軸を移動させるタイムロスからは、どうしても逃れられない気がします。

 羽生選手のアクセルを見ると、右脚を振り上げるモーションが大きいですよね。高さを出そうとしていると思います。フィギュアスケートの特性上、どうしても大きくなってしまうなら仕方ないけれど、わざと大きくしているなら、もうちょっと高さより回転のほうを重視してもいいのではないかな、と思います。もちろん体操でのアイデアなので、試してみて変だったらすぐにやめたほうが良いですが。

 どうも羽生の言うことろでは飛距離と回転数が一致してくれないみたいなんだよね。そこの難しさは内村もやったことないけどわかるって言ってたし。だから滞空時間を求めるのは高さしかない。羽生のジャンプの高さは異常だもん。
 高く跳んで滞空時間をとって、回す。そこであの大きく振り上げる右脚はどうしようもないのかもしれない。


――回転数を増やすのに、「高さ」か「回転速度」かという話ですね。

 もともと、選手ごとの跳び方の違いには、注目しているんです。「高さ」への比重と「回転」への比重が、人によって違います。ロシアの女子選手は、右足を振り上げませんし、両手も手を前に振り出してない。腕の使い方を見ていると、高さよりも回転のほうに比重を置いた跳び方です。彼女達を見ると、「両手を、下から前に出さなければならない」という概念はなくなります。そうならば、踏み切った瞬間に、開いていた左肩に右肩を追い付かせる、という腕の使い方もアリになってくるのかなと思います。

 ロシア女子まで研究してんですか~ これって現役の頃から?今コーチで教えるため?どっちにしてもすげーな。
 羽生も筋力のない女の子たちがどうやって4回転を跳ぶのか研究してたっけ。(アカチエワとか?)
 両手を前に振り上げなければいけないことはない、それなら跳んで軸を作りながら回るための翼をより早く作ることができるかな?でも成年男子が安定して跳ぶには十分な滞空時間(高さ)は絶対に必要だけどね。難しい問題だなあ。


――左肩を開いておいて、そこに右肩を追い付かせるというのは、トウループやルッツだと行う選手がいますね。

 ロシアのアリョーナ・コストルナヤも、肩の使い方は、そういった移動を行っていますね。3回転ルッツなどは特に、左肩が開いている時間をとって、右肩を追い付かせる跳び方です。もちろん4回転になるとすぐに追い付かないといけないのでタイミングは違いますが、左手に右手が追い付いて回転を起こしています。

 だからルッツとかまではそういう跳び方なんだってばー。ってコストルナヤまで見てるの?


――スケートの場合、回転はエッジで起こすと習ってきましたが、実際には手の使い方も大きいのですね。

 回転においては、上半身は一番重要ですよ。体操のひねり(横回転)は、ほぼ上半身でコントロールしています。ひねり(回転)を生み出し、軸をコントロールし、回転速度を決めるのは、腕です。脚では変えられません。脚は高さを出すために使っている道具です。理屈はスケートも同じ。脚はきっかけを作るけど、回転をコントロールするのは上半身です。

 ひねりのスペシャリストからのひねり理論は徹底している。ひねりの肝は上半身であると。内村もそう言っていたが、白井の話はより具体的だ。
 回転をかけるということに関してはスケートも理屈は同じ。まったく異論はない。違うのは踏み切る場所が床が氷かだ。氷は滑る、という特色をいかして跳ぶ。氷の上に降りて流れて体重も流さなければとてもあんなジャンプを降りることはできない。(逆に体操の着地って、マットの上にあんな高いところから落ちてくるなんて、怖いっしょ)


――ロシアの女子では、手を上げて4回転やトリプルアクセルを跳ぶ選手も現れています。軸が細くなるので、とても回転速度が速いです。

 空中で手を上げてるってことは、もうセオリーは全く関係ないですよね。とにかく、速く回転できれば良いわけです。体操で新しい技を作ってきた身としては、他の人の意見を聞きすぎると分からなくなっていくので、自分の感覚を一番大事にしつつ、ちょっとでも良いなというものは取り入れていけば良いと思います。捨てるもの、取り入れるものを、羽生選手ならはっきり決めていけますから。羽生選手はいま北京五輪を控えて、プログラムの完成度や細かい部分を詰めていく、思い詰めやすい時期。だから遊び半分で、手の使い方を変えてみたり、今までと全く違う感覚のジャンプをやってみる、という程度の気持ちもアリだと思います。たとえばクワドアクセルで両手上げていたら、かっこよすぎますよね(笑)

 最近ロシアの若手が(男女問わず)両手を上にあげて揃えてジャンプを跳ぶことが多い。以前変形ポジションが加点につながったときにむやみやたたらとタノジャンプをしていたのと違って(あれは片手上げのシェーとかも多かった)タケノコどころかロケットみたいな手の型だ。あれは体を細長くして強制的に細い軸を作っているのだと思う。あれでうまく跳べるのならばそれでいい。(腕を上に持くという動作には余計なアクションと時間が必要だとは思うがね)
 最初は変だと思われても、スキージャンプのV字飛行のようにそれがスタンダードになるということもあるだろうし。どれがやりやすいかは人それぞれ。
 羽生の場合はそんな無理な動作しなくてもきれいな軸がとれるから必要ないだろうけど。彼のタノジャンプは、たとえばセカンドジャンプとかで、ちょっと回転緩めてアクセントをつけたりするものだから、目的がそもそも違うし。
 白井が言いたいのは、今までの常識にとらわれる必要はない、良いと思うものはなんでもやってよし、ということだと思うよ。
 それより、白井、ロシアの両手上げジャンプまで知ってるのか。なんでも見てるな。体操のひねりの研究でそこまで異競技細かく見るのか。すごすぎるな。


――目から鱗の話ばかりでした。羽生選手がクワドアクセルの扉を開けたとき、どんな世界が見えるのか楽しみになってきました。

 新技をやるには、決断する勇気が必要です。それを背負えるのは羽生選手にしかない力です。技術の進化というのはシンプルなことで、羽生選手は「4回転5種類目までできたなら、なんで次をやらないの」という考えのはず。「4回転半は無理だろう」なんて言う資格は、誰にもありません。僕は絶対に、羽生選手ならできると思って見ています。

 白井かっこいい。そのとおりです。もっと言って。
 羽生はちゃんと4回転5種跳んでる。フリップも跳んだって。試合でやる機会がないだけだ。(4回転が5種だってことも知ってるのか…)そしたら次はアクセルだよね。体操選手でもそこは当然だと思うんだというのがうれしかった。
 白井も誰もやらない技に挑戦してきたパイオニアだから、羽生の挑戦も同じ気持ちで応援できるんだろうな。白井に言われると、すごく後押しになるような気がするよ。

 

 

 いやー、すごかったですね。内容が大容量で密度も超濃い。記事を2回に分けてた意味がわかったわ。はいりきらなかったんだね。ああ疲れた。
 でもひとつひとつかみ砕いて読んでみたら、やっとわかったよ。宇宙語じゃなかった。ちゃんとひねりの極意を素人にもわかりやすく伝えてくれているよ。

 つまり、ひねりは上半身だと。ひねりを生み出し、軸をコントロールし、回転速度を決めるのは腕だと。だからより多く回るためには早く回転をかけろ。そのためには上半身から先に回転をかけて体はあとから持ってこいということだよね。
 内村のアドバイスをさらに具体的に細かく語ってくれている。さすがひねりに関しては世界一のスーパースペシャリストだわ。そして説明がうまい。白井先生、これはいい指導者になれるわ。

 ただし、この体操の極意がスケートにそのまんま応用できるとは限らない。基本の原理は同じでもやり方や条件が違うから。そこは内村も白井もよくわかっている。その上で、体操ではこうだよ、スケートに活かせることあるかな、と話してくれているんだ。
 顔や腕や体を先に回そうと無理にもっていこうとすると、それを氷上でやると、たぶん下で回ってしまうと思う。氷の上だから。羽生はいくら練習しても下で回るやり方では跳べないって言った。(練習してみたのがすごいし、ちょっと不憫でもある)だけどそれを最小限にとどめて、気持ち早く起動することで今までよりも早く回れる技術があるかもしれない。事実羽生は内村のアドバイスをすでに陸ではできそうと言っている。そのときの「グンッ」ていう感覚がより早い回転に活かせるかもしれない。きっといろいろ試してる最中だと思う。絶対ワクワクしてる。

 ネイサンのように体に巻き付いた腕も、ロシアっ子のロケットのように上にあげた腕も、やり方は人それぞれ。でも私は羽生の高く遠く跳ぶための翼がとても好きなんだけどね。一番いいやり方を会得できるといいな。

 しかし、白井、本当にスケート詳しすぎ。体操の研究の一環として見ているんだろうけど、それにしてもすごい。ジャンプだけに特化して解説してくんないかな。隣に織田がいて演技全般の解説してればいいでしょ。ジャンプ特別解説として、成功や失敗の要因とかきちんと説明できそう。まじで聞きたいわ。


 そして白井は羽生の背中をおしてくれるようなすごい名言をたくさんくれている。


 ちょっと自分のなかで「ヤバイ」と思うくらい変な感覚のときに、新しい技が成功する
 4回転アクセルは、羽生選手は新たな教科書を書かなければならないし、書けると思います
 新しい技は、やった本人が正解です。だから羽生選手のやった実施が、4回転アクセルの正解、となります
 人が邪道と言おうとも成功させないといけない、そして成功させられれば、それが正しいということになる
 羽生選手の4回転アクセルもやはり、新技です。間違い無く「ハニュウ・ジャンプ」と言えます
 良いとされる4回転アクセルはどんな跳び方なのか、それすらも、羽生選手が新たに決めていい
 自分が初めて跳んで、そこからルールができるという考えです。教科書からの引用は1つもいりません
 新技をやるには、決断する勇気が必要です。それを背負えるのは羽生選手にしかない力です
 「4回転半は無理だろう」なんて言う資格は、誰にもありません。僕は絶対に、羽生選手ならできると思って見ています


 これらは全部、回転のかけ方の極意とは別の、新技に挑戦するものの心得だ。
 内村とはまた違う、常に新しい技に挑むことで自分の存在意義を主張してきた男からの、貴重な金言だわ。(どっかに書いて飾っておきたいくらいね)


 異競技の人がここまで言ってくれる。なんてありがたいことだろう。もうこれくらい競技を極めた人たちは競技の枠を超えてわかりあえるものがあるんだなあ。すごいなあ。
 こんなにもたくさんの人が熱いエールを送ってくれてるよ。みんなできると信じてくれてるよ。


 たくさんの人が思いを送ってる。羽生がそれを受け取ってくれている。思いを集めて力に変えてくれる。みんな、いっしょにがんばろうね。
 4A、絶対、跳ぶよ!


 野口氏、今回はすばらしい仕事でした。(いいときは褒めるわよ) 今後もいい「インタビュー」をよろしくね。