娘の中学卒業式が行われました。
結局、通えたのは2か月ちょっと。何度も通いたいという気持ちで学校へ足を運んでいましたが、無理でした。
最後の最後、卒業式の連絡も学校から来ないし、進路の確認すらない。
こちらから電話して初めて「連絡しようと思ってたんですよ」と担任教師。
卒業式数日前にそれはないだろ、生徒だと思ってるのだろうか?という怒りしか浮かばなかったです。
校長も「問題のある子へのアプローチ」「レジリエンスの重要性」とアピールしつつ、その為に行動している姿勢はゼロでした。
娘が自分の中学校の名前を漢字を書けないという事があり、私は、校長や担任に「これが貴方がたの仕事ですか?」と言ってやりたかった。私なら、そんな仕事は絶対にしない。
もう少し不登校児童にたいする登校しやすい配慮や、ほっておかない定期連絡、訪問、クラスでの取り組みがあったなら、結果は違っていたと思う。
教育基本法では、学校教育は「人格の形成」であり、国民全員がそれを行う義務を負う。
と書かれていて、公務員法では全力でそれにあたらなくてはならないと記載がある。
なのに、今の学校は「学校へ行った児童のためのもの」であり、不登校児童の教育を受ける権利や、学校の義務も守られていない。
教師は本当に子供達の未来を考えているのだろうか?自分の仕事の安定と保護者からのクレーム回避、出世だけなのではないか?
実際、不登校児童に係わって、教師の評価があがる評価制度にもなっていないだろう。
民間企業に勤務する我々は顧客の為に必死にサービスを施す。
そうした仕事意識、情熱が全く感じられない。
また、教師が考える不登校の原因と不登校児童が回答した原因とは正反対との記事がある。
34万人に達する全国の不登校児童はこうした教育現場の怠惰、教師の質、教師の評価精度、教育の仕組みの崩壊から生じていると思う。
